2014/05/04

記念碑に込められた感動的なメッセージ in Warsaw




ワルシャワ「集荷場」

記念碑ーモニュメントーは、それぞれ記念する対象者・対象物のストーリーを語るシンボルであるが、果たして記念碑に込められたメッセージを、記念碑を見ただけで汲み取れる人はどれくらいいるのだろうか?

残念ながら、私は記念碑を見ただけでは、それが示す背景や思いを汲み取れる人ではない。アートみたいなものだと思う。アーティストは自分が表現したいものを言葉ではなく非言語的な形にするけれども、私はもともと鈍感なタイプなので、作品を言葉で説明してもらわないとわからないのだ。

なので、ポーランド・ワルシャワにある集荷場 (ワルシャワ・ゲットー)の跡地に建てられた記念碑をたまたま一人で見かけた場合、間違いなくスルーしてしまっただろう。

しかし、今回はワルシャワの無料ウォーキングツアーに参加して、説明をしてもらったので、よく理解できた。そして不覚にも涙を流してしまった(ちょっとだけだけど)。

Free walking TOURという団体が提供している無料ツアーは(時期によって異なるけれど)4つあり、集荷場を訪れるのは、Jewish warsawツアー中のことである。(ちなみに他3つは、Communistツアー、Old Townツアー、Alternativeツアー。私は4つ全てに参加してしまったけど、どれも素晴らしかったです。)

ポーランドは歴史的にユダヤ人が多い地域であり、そのためナチスによる被害も相当な物だった。ホロコーストが始まる前までは、ワルシャワにいたユダヤ人は当時のワルシャワ全人口の約30%に及ぶ35万人以上。しかし、ホロコーストにより現在ワルシャワに住むユダヤ人はほとんどいない。

Jewish warsawツアーは、そのワルシャワに住んでいたユダヤ人達の足跡ー彼らがどのようにしていなくなってしまったのかーと、それを示す記念碑を辿るツアーである。

このツアーで学んだこと。

1940年11月にワルシャワでユダヤ人ゲットーが作られたこと。そこにユダヤ人達は強制移動をさせられ、ゲットーが作られる前にもともと住んでいたポーランド人も、違う場所に移動させられた。

環境の悪いゲットー内で、ユダヤ人達は次々と死んでいったが、それでもナチスが望んでいた数には達しなかったため、もっと手っ取り早い方法として、ホロコーストが1942年から行われたこと。

ユダヤ人を助けようとした勇敢なポーランド人がいたこと。ジャン・カルスキ(Jan Karski)は、ナチスの絶滅収容所の実態を目の当たりにし、それを世界に訴えようとした人物である。イレーナ・センドラー(Irena Sendler)は、ゲットーにいる約2500人のユダヤ人子供たちをゲットー外に連れ出し、かくまった人物である。

それと同時に、積極的にナチスに協力したポーランド人もいたこと。当時ユダヤ人を助けようとする人たちは、家族ぐるめで、死刑になるということだったから。

こういう話を聞きながら、記念碑や跡地を回ると、なんともその場所からのメッセージがひしひしと伝わってくる。

特に私が一番感動したのはツアーの最後の場所となった、集荷場(Umschlagplatz)。ここはナチスがユダヤ人をトレブリンカ強制収容所に移送するために利用した鉄道駅の跡地。

集荷場の跡地に作られたユダヤ人追悼のモニュメント
Warsawtour.plより

ユダヤ人達は、最初の頃は強制収容所に連れて行かれると殺されるという噂を聞いても、さすがにそこまで残酷なことをされないだろうと信じ、言われたままにゲットーから強制収容所への移動を行った。しかし、時が経つにつれ、やはり噂は本当だと気づく。まだ生き残っているユダヤ人達は、最後の抵抗として1943年4月19日に武装蜂起を敢行(ワルシャワ・ゲットー蜂起)。しかし抵抗むなしく、 5月16日にはユダヤ人たちの終わりを告げた。その5月16日まで、この集荷場から、トレブリンカ強制収容所行きの電車が出発していた。

この跡地に、ワルシャワ・ゲットー蜂起から45年後の1988年、ホロコーストで亡くなった人々を悼む記念碑が建てられた。この記念碑についての無料ツアーのガイドの説明は以下の通りである。

「入り口の上にある半円形の中には、折れた木が描かれています。この"折れた木 (a broken tree)"というのは、ユダヤ人たちにとって、"粉々にされた人生(a broken life)"という意味を示します。モニュメントの中に入ってみましょう。四角い壁に囲まれて、列車の中にいる感覚になりませんか?この場所から、ユダヤ人達は強制収容所へ列車に乗って連れて行かれました。目の前の壁には、犠牲者30万人以上のユダヤ人を代表した、448つのユダヤ人たちの典型的な名前が彫られています。さて、入り口と反対側の壁の間に縦に細長い隙間があります。この隙間からは、立派に育った、折れていない木が見えます。折れた木が絶望の象徴であるならば、この立派な木は、未来と希望のある人生の象徴です。ここで未来への希望を見いだしたところで、このツアーを終えたいと思います。」

この“壁の隙間から見える立派に育った木”の話を聞いたところで、私は「なんて感動的なメッセージ性を持った、アーティステッィクな記念碑なんだろう」と興奮した。私は基本的にハッピーエンド的な話が好きなのだ。あまり暗すぎる話には耐えられないのだ。

この集荷場にくる前までに、他の跡地や記念碑を訪れ、話を聞き、少し気持ちがどんよりとしていたところで、最後の最後に、この、“死へ向かう出発地”という最悪な場所で"未来への希望"を表現した記念碑に出会うと、「ああ、世の中まだ捨てたもんじゃないな」となんだかよくわからないけれども、そんな気持ちになる。

ワルシャワの集荷場にある亡くなったユダヤ人のための記念碑は、私が初めてそのメッセージを理解した記念碑となった。




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