2014/10/10

ドバイのバルコニーから世界を見渡す






1年前のちょうど今頃、私はドバイにいた。

大学を卒業し、社会人になる直前に、もう二度と行く機会は相当ないであろうインドへの旅行中に、
3日間、ドバイに立ち寄ることにしたのだ。

なぜ急にドバイかって?

私も『ドバイ』なんという、中東にあるアラブ首長国連邦の1部分のことなんて、気に留めたことはなかった。

でも、イタリア留学中に出会った、私が当時好きだったイタリア男がドバイに短期留学をした、
という話を聞き、しかも彼がドバイ好きだと知り、ドバイに行ってみたくなったのだ。

くだらない理由だが。

そんなくだらない理由で来てみたドバイだが、私の好きな場所の1つとなった。
というよりも、ここで働きたいと、本気で思った。

ーーーーーー

私は今、ドバイに何年も住んでいる、スウェーデン人女性建築家のアパート23階のバルコニーの椅子に腰掛けている。目の前には、世界一高いビル、ブルジュ・カルファがそびえ立つ。
このアパートも結構な高さがあるはずだが、ブルジュ・カルファはそれよりも遥かに高い。

今日は、ドバイ滞在の最終日だ。 インドへの旅に戻る前に、今夜はバルコニーからドバイ・ファウンテンのライトショーを楽しむ。ただの噴水だけなのに、なぜかとっても楽しめる。
世界一の高層ビルのすぐ側にある、世界最大の噴水だけあって、23階からの眺めでも、水しぶきがよく見える。

ショーの公演は1回5分。終わった後少し経てば、また再開される。私はそれを何度も何度も繰り返し眺める。この眺めはなかなかゴージャスだ。この夜景を見ている私は、間違いなくリッチな人々の仲間入りだ。

ブルジュ・カルファを見上げながら、ドバイ・ファウンテンを見下ろしながら、ある曲を思い出す。

"Moon river, wider than a mile.....There's such a lot of worlds to see......"
(ムーン・リバー、1マイルよりも広い。見るべき世界がたくさんある。)

『ムーン・リバー』 といえば、ニューヨークの曲だ。オードリー・ヘップバーンがニューヨークを舞台にした映画『ティファニーで朝食』でアパートのバルコニーで歌っている曲だ。だから、ドバイのための曲ではない。

しかも、『ムーン・リバー』の歌詞って意味不明。全然ドバイ向けの曲ではない感じ。

でも、このちょっとメランコリーで、でもリッチで優雅な感じの曲調で、”見るべき世界がたくさんある”と歌詞にある曲が、今私がハイエンドのダウンタウンドバイにあるアパートのバルコニーに座っている心境を語っているのだ。

私がドバイで会った人たちは、今まで知り合うことのなかったような人たちだ。
そして彼らは、私が経験したことのない、憧れを抱かせる生活を送っている。
ように見えた。

アパートの1室を貸してくれたスウェーデン人女性に誘われて、ディナーに参加した夜。
彼女の友達が集まっていたが、とても国際的だった。

建築家のスウェーデン人女性。
エンジニアのエジプト人男性。
コンサルタントのシリア人男性。
何をしているのか忘れてしまったが、レバノン人女性。
そして、こちらも何をしていると言っていたか忘れたが、途中から参加してきたアメリカ人女性。

彼らは全員、30代・40代のように見受けられた。

全員違う国籍の人々が集まると、英語での会話となる。全員とても流暢な英語を話す。
そして、違う国籍の人々がその夜何について話したかというと、まぁ、色々と知的なトピックについて議論していた。

例えば、香水について。彼らの知り合いに香水の香りを配合するフランス人男性がいるらしい。彼はなかなか、その分野で成功しているという。

そこで、レバノン人女性が言う。
「彼がフランス人だから、パフューマーとして成功したのよ。フランス人というブランドがあるもの。これが例えば中国人とか、違う国の人だったら、成功するのは難しいと思うわ」

これに対して、スウェーデン人女性建築家が言う。
「そんなことないと思うわ。例えば日本人とかが香水の香りを作ったとしても、成功するはずだと思うわよ」

こんな知的そうな、少なくとも香水のパフューマーに関する話題なんて、日本のレストランのテーブルから聞こえたことなんてない。

私は隣に座って、シーシャを吸っているシリア人男性に言う。
「ドバイって、ニューヨークやロンドンよりも、もっと国際的に感じる。もっと安全だし、人々ももっとオープンだと思う」

シリア人は答える。
「そうだね。ドバイはとても安全だよ。それに、そう、ニューヨークやロンドンよりも国際的だ。向こうでは、人種同士で固まる傾向があるけれども、ドバイは人々が交わっているから」

これにより、私はドバイを、ニューヨーク・ロンドンを超える国際都市と認定し、 私もここで国際人になるのだと思いに耽ったのである。

それにもう一つ。

ドバイに着いてからの3日間、デパートでも、サファリツアーでも、タクシーに乗る時でも、出会う人たち何人もから、
「ドバイに仕事を探しにきたの?」
「ドバイで働いてるの?」
と質問されたのである。

こんなことは初めてだ。
特に「仕事を探しにきたの?」なんて質問をされることは、とても不思議だった。

でも、ドバイに仕事を求める人たちが多いと気づく。
ここで成功するということは、リッチになるということ。
『ドバイ・ドリーム』である。

だから、この3日間で「私もここで働くんだ」なんて思ってしまったわけである。
砂漠の中に浮かぶ、リッチな生活を思い描いて。
 ーーーーーーーーー
その1年後。

私はドバイではなく、インドで働いている。

ドバイでの仕事はなかなか見つからなかったから、地理的に近いインドに来たというわけ。

4時間で行ける距離にあるから、ちょくちょくドバイに行って、コネクションを作って、
ドバイでの仕事を待とうという思惑だ。

でも、誤算であった。

これは私の心理的問題なのだが、地理的に近づくと、そこへの興味が薄れてしまうのだ。
こう、いつでも行ける、と思うと、結局行かずじまいになる、というような。

インド4ヶ月目だから、もうそろそろドバイに行こうとは思うけれど、なかなか腰が重い。

それに、ここインドに住んでいると、ドバイに出張に行く日本人に会うことが多いのだが、その人たちのドバイの、少なくともビジネスに関するイメージは、あまりよくない。ビジネスのやり方が、陰気だと言う。どういう意味かはわからないが。

そして、大事なこと。
ドバイにはインド人が多く住んでいる。

ここインドで大量のインド人を見かけているから、インドの外では、あまりインド人に会いたくないな、なんて、意味不明なことを考えてしまう。

もちろん、誰と過ごすかは、自分で選べるのだが。

そんなわけで、私のドバイへの忠誠心は薄れているのだが、それでも、やはりドバイはメルティング・ポットだと思う。 ドバイは、自分が世界と繋がっていると感じられる場所なのではないかと思う。

そんなことを信じて。私はインドの次に住む国を探している最中である。



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