2015/11/12

騒がしい夜には想像力を使って




IndoVacations.netより

パンッ!

パンッ!

外で、そんな音が鳴り響き、誰かが撃たれたのではないかと不安になり、外を確認しそうになる。

でも、すぐに思い出す。

(あぁ、そういえば、もうすぐディワリの日だっけ。あの音は爆竹だな。)

"ディワリ"とは、インドでいうところのお正月で、その日がある週は皆お祭りモードになる。前日には、床にランゴリという砂絵を描いたりする。そして、当日には皆して爆竹とか花火とかを使って、盛大に超騒がしくお祝いするのだ。



で、あのパンッ!という音は、誰かがフライングしてか、もしくは当日の予行練習として爆竹を放った音なのだ。

こういう時期には、あえてインド在住日本人たちは、インドの正月を祝うことはせずに、インド国外への"脱出”を試みる。つまり、国外休暇を取る人がほとんど。

外国人たちが、ディワリの日にわざとインド脱出をするのは、ただ単に、「超超うるさいから」と「外の空気が異常に悪くなるから」である。

わたしは、あえてこの時期にはインドに残る。これで2回目。正確に言えば3回目だ、昔にインドに来た時がたまたまディワリ時期と被ったから。

別にディワリのお祭り騒ぎが好きな訳でもないのだけれども、なんとなく。
だから、インドにいるからと言って、誰かと祝う訳でもなく、一人、自宅に避難する。

"避難"という言葉は本来はふさわしくない。何しろ、ディワリはお祭りなんだから。
でも、私は思わずにいられない。

今、私は戦火中、こっそりと避難してるのではないだろうか?

だって、夜に外から聞こえるのは、銃声・爆発音の嵐なのだから。

ドン!

ヒュゥゥゥゥ〜〜〜〜!

ドカン!

ドン!

ドン!

ドカーン!

バン、バン!

パンッ!パパンッ!

ヒュゥゥゥゥ〜〜〜〜!

しかも、家の窓の外から、火の明かりが差し込んでくるのだから。

フツーに、怖いんですけど。

きっと、インド人たちは、実際の戦争が起きても、あんまり怖がることはないでしょうね、この音に慣れているのであれば。

もしくは、ディワリの日を狙ってテロが起きても不思議ではないでしょうね、テロリストたちは誰にも怪しまれずに、行動できるでしょうから。

何だかちょっと、外の音に腹立たしさを感じて、そんな皮肉じみたことを考えてみる。

ちょっと、ディズニーのカリブの海賊の「ヨーホー、ヨーホー♪」っていう曲を頭の中で流していると、会社の取引先からお祝いメールが届いていることに気がつく。

"May the festival of lights. Fill your life with the glow of happiness and the sparkle of joy. Wising you and your family a very happy and prosperous Diwali."

"光のお祭り"ね・・・

うーん。どっちかっていうと、”音のお祭り"って言ったほうが、正しいと思うんだけど。

急に家の近くで大きな爆発音が起こり、周りがパッと明るくなったものだから、外に出てみる。

隣の家の家族が花火を打ち上げているところだった。
子供がイエーイ!って喜んでいる。

私もついつい花火を眺めながらも、考えてしまう。

インドの花火って、本当に残念。音はうるさいのに、綺麗な形にならなくて、パッと散ってしまう。もし私が花火師だったら、ディワリの時期だけにインドに来て、超大儲けするだろうにな・・・やっぱり、世の中、手に職よねぇ。。。

私は花火師にはなれないけれども、ぜひ誰か花火師にインドに来てほしい。
で、花火とはこういうものなんだよ、って教えてほしい。
そしたら、きっと、子供たちはもっと喜ぶと思う。

2015/10/09

年月が経つごとに分かってくる、「インド人あるある」




住んでみると、見えなかったものが、見えてくる・・・
インドの都会に住む私が気づいた、「インド人あるある」をご紹介。
  

インド滞在1日目:

インド人は、カレーがとにかく好き。


インド滞在3日目:

インド人は、「はい、そうですね」という時に、首を傾ける。

その仕草が、つまりはYES。


インド滞在4日目:

インド人は、「はい、そうですね」という時に、首をゆらゆら揺らすこともある。

その仕草も、つまりはYES。


インド滞在1週間目:

インド人は、 停電が起きても、何事もなかったように作業を続ける。


インド滞在3週間目:

インド人は、携帯で電話中に、短い距離を行ったり来たり、ウロウロ。


インド滞在1ヶ月目:

インド人は職場で、昼休み中に、誰かと一緒に短い距離を行ったり来たり、ウロウロ。


インド滞在3ヶ月目:

昼休みをウロウロしているのは、宗教的理由ではなく、運動のため。
(でも、あまりにもノロノロ歩いているから、効果はないと思う・・・)


インド滞在4ヶ月目:

インド人は、蚊を手で殺すのが苦手。
(手で殺して、血が手についたら、デング病にかかってしまうと信じてる。)


インド滞在半年目:

インド人は、世界遺産にあまり興味がない。(あるインド人の発言:「外国人は世界遺産を目的にインドに来るみたいだけど、インド人は、遺跡とか興味ないよ。それより、海とかヤマトかレジャーアクティビティーのほうが全然良いね。」)

だから、インドはヨーロッパと違って、街並が綺麗ではないのでしょうか。


インド滞在7ヶ月目:

ヒンディー語で"チャロ"という表現以外にも"チャレイ"と使うこともある。
※ チャロ/チャレイは日本語で「行こう」。「チャロ」は相手が一人の時に、「チャレイ」は相手が複数人の時に使うらしい。


インド滞在1年目:

インド人は、会話の途中で「キー、キー、キー」と言う。
(例「That lady told me キー I should have visited her office in the morning. But I was supposed to キー・・・・」)

多分、その意味は、ヒンディー語で、文の接続詞の"that"という意味か、「あのー」とか「そのー」とかいう意味だろう。これは私の勝手な憶測。。


インド滞在1年1ヶ月目:

地元のインド人は、リキシャに乗る時に、値段交渉はしない。
最初から、この距離はいくらだと分かってるから、降りる時に無言でお金を渡して去る。リキシャ・ドライバーも、特に何も言わない。


インド滞在1年3ヶ月目:

インド人のコミュニティーの結束力は、やはり強い。
これについては説明する必要なし。


以上!



2015/09/24

荒っぽい感じ(?)がカッコいいニムラナ・フォート



Neemrana Fort(ニムラナの要塞)は、インド・ラジャスタン州のニムラナに位置する。

全くもって、外国人一般観光客には有名ではない場所。
で、超オススメの穴場スポットかと問われれば、うーん、そこまででも・・・
もし、フォートの近くに行く機会があれば寄ってみてください、という程度。

とりあえず、ニムラナの位置はコチラとなります↓↓


デリー国際空港から車で約2時間半〜3時間。
デリーの外れの近郊都市グルガオンという場所を通り越して、ジャイプール方面に進み続けると、途中にニムラナがあります。

実はニムラナは、デリー近辺で働く日本人にとっては、そこそこ有名な場所。
というのも、ニムラナには日系企業の工場が集まった、日系工業団地があるから。

ニムラナの唯一の観光スポットが、ニムラナ・フォート。
だから、日系工業団地で働いている日本人は、日本からの出張者がニムラナに来た際には、ニムラナ・フォートに連れて行くらしい。

この要塞は、1464年に建てられ、その後時を経て、ホテルへと変化した。(超ザックリとしすぎな説明。。。)だから、今は宿泊することができる。オススメはしませんが。

わざわざフォートを訪れるためにニムラナに来る価値はない、と私は断言してしまうものの、結構お気に入りの場所ではある。というもの、円形劇場があったり、石造りがなかなか荒っぽくて、かつ、オシャレな感じだったりと、渋めなものが好きな私にとっては、結構ツボなのだ。

撮った写真もなかなか絵になってる感じもするし。
日帰り旅行としては、悪くない。









一冬の恋、ある2月の思い出






1.

『一夏の恋』という表現は、日本だけなのか、それとも、世界共通のものなのかはわからない。一夏の恋というと、一時的に燃え上がる恋、あとに後悔か侘しさが残る、アバンチュールな響きしかない。桑田圭祐がよく歌っているように。

でも、ここインドの殆どの地域では『一夏の恋』なんてあり得ない。だって、夏は気温が平気に40度越えになるから、恋どころか、何もかもする気が起きなくなる。だから、インドで恋をするのであれば、秋から冬にかけての時期だ。南の地域だと冬らしき冬は存在しないが(つまり、一年中恋なんてできない、のかも)、少なくとも私の住むデリーあたりは、10月中旬あたりから秋っぽくなり始め、徐々に涼しく、寒くなっていき、冬は冬らしくなる。気温も下がり、外をほっつき歩きやすくなるから、自然と出会いも多くなる、ということで、恋に落ちやすくなるのだ。

実際に私が彼に想いを寄せたのは、冬の時期だった。

そして、"一冬"の恋— 一夏の恋と同じように、ほろ苦い結末を迎える、でも後悔はない、恋— を経験することとなった。


2.

多分彼に最初に会ったのは、まだ私もインドに来て間もない頃で、夏もまだまだ終わりそうもない頃だった。 仕事の関係で会ったのだが、仕事も慣れずに緊張していた私は、全く彼の存在を気に留めることはなかった。

次に彼に会ったのは、仕事関係ではない、とある飲み会の場で。インドでは違う会社の人たちが集まって飲み会を開くことが多い。その飲み会も毎月開かれるが、主な趣旨は「インドでの孤独死を防ぐために、月一で皆と顔を合わせること」である。ただし実際は、お酒の大量摂取で誰かが死んでしまうのではないかと、心配してしまうような飲み会だった。

私は相当人見知りなのだが、そのせいか、すぐに自分に取って害がない人を嗅ぎ付けて、その人とだけは比較的すぐに打ち解ける傾向にある。そんな性格だからか、一目惚れもしやすい。と言っても、相手が男の場合は、大抵の場合、自分の判断が間違っていることが多いのだが。

今回も、私は彼に一目惚れした。ビジネスとは関係のない飲み会の場だから、緊張せずに話すことができた。彼の何に惹かれたのか、決定的なことはわからない。でも、誰にでもオープンで、豪快で、自由な人柄と、私からしてみれば憧れの経験を持っているという事実に興味を持った。彼との話はとても楽しかったし、彼も私に好意を持ってくれている、なんて会ったばかりだから好意もへったくれもないのに、勘違いした。

だから、もっと彼のことを知りたいと思った。とりあえず、最初のステップとして、飲み会から帰ってきたあとに、Facebookで友達申請を送る。

承認された後、すぐに気づいた。

彼は既婚者だったということ。
そして子供がいること。

どの写真からも家族の仲の良さが滲み出ていて、素敵だった。

その瞬間、意外と私は冷静で良識ある行動を取った。人生の中でまともな恋などしたことがなく、周りの常識など気にせずに行動をとることが私は残念ながら頻繁にあるのだが、この時ばかりは、非常に思慮深い判断をした。

既婚者には興味ない、と。

一目惚れだったとは言え、やっぱり彼のことを一瞬でも好きになったから、一瞬だけでも傷ついた。勝手に失恋した気分になった。

それでもやっぱり、既婚者には興味がなかった。

だから、彼のFacebookの写真から垣間みられる彼の今までの経験に対する憧れは消えはしなかったが、彼に抱いた想いはすぐに忘れようと決めた。


3.

そして、彼と会わない日も、彼との間に何もない日も、彼のことを思い出さない日も続き、インドの暑すぎる夏もようやく収まろうとし、私はトルコ旅行中にトルコ人とアバンチュールを楽しみ、インドではインド人に見た目だけで一目惚れをし、幼稚な恋愛感情を持て余し、失恋とは全く言い難い痛い経験をした。こう書くと相当な月日が流れた、という感じだが、実際は1ヶ月ちょっとの間の話である。

インド人男とのデートなんて二度とごめんだと思った矢先、年の終わりに彼と以降頻繁に会うきっかけとなった出来事があった。彼と会う機会が増えたのだが、やっぱり恋愛感情とは関係無しに、彼のことは好きだった。 彼の人との接し方も、今まで自由に誠実に生きてきた経験が滲み出た見た目も、話し方も、匂いも好きだった。

それに、今回ははっきりと分かった。彼も私に対して好意的な感情を持ってくれていると。別に不倫をしたいとかそんなドロドロのものではなく、ただ単に私のことが好きなのだと。

だから、「ただ単にお互いに好き」ということで、別に何の問題もないとは思ったけれども、それでも彼がどこかで酔っぱらった時に私によこしてきた、酔っぱらった感じのメッセージにはぞっとした。別に卑猥なメッセージでも、何かをほのめかしたメッセージでも何でもない内容だったのだが、それでも彼の家族に対して悪いことをしているのではないかと不安になった。だから彼のメッセージをその日は無視した。

彼のことを好きな気持ちは、それはもう恋愛感情ではないのだから、そのまま持っていても良いと思ったが、それと同時にあまり彼と仲良くなりすぎてはいけないと、頭の片隅に書き留めた。


4.

だからかは分からないが、私はまた違う人に恋をした。今回はインド人ではなく、独身の日本人に。今回こそは、きっと上手く行くだろうと思った。だって、その人のことは一目惚れで好きになったわけではなく、徐々に好きになったから。それに、その人も私のことが好きなのだろうと思った。だって、毎日連絡を取っていたし、私の誕生日とクリスマスの日にも会って一緒に過ごしてくれたし、2人での日帰り旅行に誘ったらついてきてくれたから。特に毎日メッセージが来るということは、私の今までの幼稚な恋愛経験に基づくと、相当私のことが好きだという意思表明だと思った。

私はもうその人のことを恋愛対象として好きなのだから、彼と別のところで、友達の一人として会うことは何の問題はない。ある出来事を機に、彼はよく私をホームパーティーに誘ってくれた。主催者は彼ではなく、彼の知り合いであることが多かった。毎週彼は誰かのホームパーティーに私を誘ってくれ、結果私は毎週彼と会っていた。

それと平行して、私が今恋愛対象を持っている人と連絡を取ったり、数回会ったりしていたのだが、徐々に気づいてきた。徐々に疑問が生じてきた。 私はその人の恋愛対象ではないのではないかと。ただ単に体目的か、よくわからないけれども、キープの対象なのではないかと。

その人の小さい言動—基本的に優しいけれども、私が試してみたいことでも、その人がやりたくないことなら、上手いこと言って回避するとか、口だけで行動に移してくれないとか、私をその人の友達の集まりとかイベントがあっても呼んでくれないとか、日本人のくせにボディタッチをしてくるとか—そんな小さい言動だけれども・・・彼だったら、私にそんな態度をとらない。

彼はいつも私を色んなところに誘ってくれるし、色んな彼の知り合いに紹介してくれる。そんな彼と比べたら・・・あの人は私のことを大切にしてくれていないのだと感じた。そしてその疑問は本当だったと、私は現実を受け入れなければいけなくなった。


5.

その人と日帰り旅行から帰ってきて、彼に誘われたホームパーティーに向かうまで少し時間があったので、その人の家で少し時間を潰すことにした。その日帰り旅行中に、彼に対する疑問が少し生じたものの、その時はまだ、私の勘違いだろうと信じ込んだ。その人の家に行ったのも、その人は私のことが好きなはずだから、きっと今日何か言ってくれるのだろうと期待していたし、まぁ、私もその人に惹かれているからキスぐらいしてもいいかな、なんて思ったからである。

実際、キスはした。服はお互いに脱いでないけれども、キス以上のこともした。でも、その人は私に何も言ってくれなかった。私が「何も『つき合う』とかそういうことを言わずに、こんなことをすると、大抵関係が1回で終わってしまう。日本では、『つき合う』と決める前にこういうことをするのは遊びだと皆が言っている」と伝えても、「好きだ」なんてことを言ってくれなかった。代わりにその人が言ったこと。「これで最後ではないし、もしそういうものだとしても、大体関係は1回だけでは終わらない」と。その時は何を言われているのか理解できなくて、多分、この人は次回私に想いを伝えてくれるのだろうと都合のよい解釈をした。

でも、その人が言ったことは、そのままの意味だった。私はどうやら、とても正直すぎる、不誠実なことをその人に言われていたらしい。らしいっていうか、今考えれば、どう考えても不誠実で酷いことを言われていたのに、どうして私はいつもその場で目が覚めないのだろうか。本当にバカだ。


6.

私たちは違う日に最後まで試してみたのだが、結局、最後の最後まで、その人は私に好きとは言ってはくれなかった。つまり、そういうことだった。その人はただ遊びたいだけだった。

その後もなぜかメッセージのやり取りをその人とは続けているが、一度私が会おうかと誘い断られた後は、私からも何も誘わず、もちろんその人も何も誘わず、ただ単に自分がどこを旅行しただとか、誰と会っていたなのかを報告され、私はいつこのやり取りが終わるのかと様子を見ているのである。連絡が途切れないということは、好きだということだという私の中の仮定は見事に破られた。

結局のところ、有言実行が大事。態度で誠意を示してくれる人が、恋に落ちるべき相手なのだ。当たり前のことなのに、どうして気づくのにこんなに時間がかかるのだろうか。

その人との宙ぶらりんの関係を彼に話したことも、相談したこともないが、彼は薄々気がついていたらしい。「もし私があの人とつき合っているのであれば、今後はその人も一緒に誘うようにする」と。残念ながらそういう関係ではないので、「そこまでの関係ではないし、あの人も忙しいみたいなので」と言うしかなかった。もし彼に相談したら絶対に私の味方になってくれるだろうが、何だかそういう恋愛の話をするような仲では私たちはなかった。それに、その人との関係を話したら、彼とはもう頻繁に会えなくなるのではないのかと心配だった。


7.

また一つ、くだらない恋に破れ落胆する日々の中、インドの冬は和らぎ、まだ2月のくせに気温は暖かくなっていき、私たち海外に位置する日系企業で働くサラリーマン・サラリーウーマンにとって大事な時期がやってくる。

2月の終わりから3月にかけて、ボチボチと人事異動の発表がされる。それに伴い、私たちは、誰が日本に帰任し、誰がそのまま違う国に移動し、誰がインド国内で異動し、誰が留まるのか分かるのだ。

もしインドで働いている日本人駐在員男性が、日本帰国の指令を受けたのであれば、95%の確率で安堵の表情を浮かべることになるだろう。なぜなら、インドで働くサラリーマンの95%くらいの人たちは、早く日本帰国、少なくともインド任期終了を目指してインドで働いているから。

独身でインド生活をまっとうした人たちは、これがチャンスとなるだろう。日本に帰れば、若返るはずだから。そして、出会いも増えるだろうから。

単身赴任のお父さんは、帰任になればもちろん喜ぶだろう。家族のもとに戻れるのだから。

家族と一緒に来ている人たちは、それはもう、家族ぐるみで喜ぶだろう。もうこれ以上、PM2.5だとか、衛生問題だとか、交通問題とかに悩まされる必要はなくなるのだから。ドライバー付き車の生活から解放され、自分で好きなところに歩いて行ける。子供たちも外で遊ぶことができる。もし日本に戻れるならば、もっと自由な行動ができる。

そして、日本から新しい人がインドにやってくる時期でもある。

未だ独身なのに会社の都合でインドに異動を言い渡させられる可哀想すぎる駐在員(to be)。

単身赴任でやってくる男性。家族なしで大変だと言いながらも、ささやかな自由を手に入れられる。ここインドでの自由は限られていたとしても。

単身赴任のお父さんを追いかけて、区切りの良い時期にやってくる家族。

などなど。

私はここ1ヶ月この件についてソワソワしていた。もし、私の会社の頼れる上司2人が帰任になってしまったらどうしようか、と。そして、もし彼がインド国内異動になってしまったらどうしようか、と。家族同伴できていた上司2人は、仕事だけではなく、プライベートでもホームパーティーに時々呼んでくれたりとお世話になっている。まだまだインドでの経験が浅い私にとっては、いてくれないと困る人たちだ。そして彼のほうは・・・もともと家族が来るかどうかが議題だったところ、それ以前に国内異動になるかどうかという議題が挙った。彼の存在が私の日常生活で当たり前のものになっている今、彼がいなくなることは私にとっての非常事態であった。

私の上司2人は帰任することが決まり、これについては私は頭を悩ますしかない。仕事の観点から言っても、新しい人が私の上司になっても当分頼りにならないだろうから、とても困る。誰に助けを求めれば良いのかわからない。

まだ幸いだったのは、彼がインド国内異動をしないと分かったことである。


8.

彼にとって良いニュースは、家族がもうすぐインドにやってくることだ。一番正しいシナリオだ。

私は・・・彼にとって本当に良かったと思っている。特に、仲がすごく良い家族ならば、場所がどこであろうと一緒にいるのが一番だから。だからそれ以外に、何も言ってはいけないし、思ってはいけないのだと思う。

家族が来たら、もちろん家族との時間を優先するから、ホームパーティーに参加なんて頻繁にできなくなる。もう彼とは毎週末に会うことなんてないだろうし、連絡も取らなくなるだろう。きっと私は平気だろう。

そのうち彼の家族に会う機会があるだろう。家族の絆と愛情を見ることだろう。でも、きっと私は嫉妬しないだろう。

でも、 どうしても、どうしても、思わずにいられないことがある。私だけ、取り残されている、帰る場所なんてない、と。

単身赴任のお父さんたちが家族を迎えるにあたって、子供の学校入学の手続きをしたり、日本から届いた家族の荷物の段ボールが家に置いてあったりするのを目にする。その段ボールを見た時、涙が勝手にこぼれ落ちてきた。

待っていてくれる、心配してくれる、大事に思ってくれる家族がどこかにいる。どこにでもついてきてくれる家族がいる。家に帰っても、一人ではない。

私にも、そんな家族を見つけられるのかしら?

自分では気づいてなかった大きく空いた穴に気づかされて、もともと持ってなんかいない大切なものを失った気分になる。


9.

彼は私に言う。「良い人を見つけないとなあ」と。良い人と恋に落ちて、良い旦那さんを見つけないと、と。全くもってその通りである。そろそろちゃんとした恋をしないといけない。

でも、私にできるのかしら?

周りとの距離を保って、周りに干渉しないで、自分の自由を確保してきた私が、孤高で自由な精神を持ちながらも、周りに対して寛容さと責任を持つ彼みたいになれるのかしら?彼は良い具体例を見せてくれたけれども、私はそうなる方法を学んでいない。

ちゃんとした恋ができるか? 私は自分に対してYESと答えたい。

多分、私はこれからも、同じ過ちを繰り返すだろう。

多分、当分私は一人孤独になるだろう。

でも、私は少しずつでも学んでいるし、彼との出会いで、まずは大きな一歩、真面目な恋をしなければいけない、と学んだ。


10.

誰になんと言われても、私は本当に彼のことが好きだったし、彼も私のことが本当に好きだった。私たちはこのことについて何も話したこともなければ、行動に移したこともない。何も話すことも、行動に移すことも必要なかったから。

きっと、これを恋と呼ぶことは間違っているのかもしれない。 誰にも責められずに済むためにも、これをただ単に友情と呼ぶか、もしくは私の一方的な常軌を逸した妄想と呼ぶべきなのかもしれない。でも、それは違う。

もしこれが本当の恋ではないのであれば、せめて、ある冬に起きた、ほろ苦い一冬の思い出、一冬の恋と名付けたい。一気に熱して冷めた後に後悔が残る一夏の恋ではなく、一冬の恋は、とても静かで、自然に消え去り、教訓のひと欠片だけがうっすらと残るものであると。


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この文章を書いたのは今年の2月の終わり。

あれからいつの間にか夏になり、雨期が訪れ、再び夏に戻り、暑苦しい日々が続いた。

そして、ようやく夜に涼しくなってきて、つかぬ間の秋と、その後に訪れる冬はもうすぐやって来るのだろうと感じる。

そう、去年みたいに。

この半年間、意外にも、時期外れの日本帰任となった人たちもいた。
ある人は去り、新たな人がやってくる。
来ては去る人たちを眺める私は、ここインドに留まったまま。
「次は私も、きっと・・・」と思いながら。

この半年間、私はやっぱり未だに同じ過ちを繰り返し、一人孤独に過ごしている。
まるで、学んだ教訓をすっかりと忘れてしまったように。
あるいは、学んだ教訓なんて、本当はただの勘違いだったと嘲笑うように。

それでも、夜中にバルコニーで冷たい風を受けていると、あの冬の日々を思い出さずにはいられない。


分かってる。私は恋をしなきゃいけない。


【"I Need To Be In Love" by Carpenters】







2015/09/14

『ティファニーで朝食を』の弾き語りシーンに憧れて




私の階の踊り場から下を見下ろすと、こんな風に寝てるブタちゃんを見かけることがあります。

私の今住むインドのお家は3階建ての一軒家だ。

フロア全体で1つの家庭の部屋となっていて、1階に大家さん、2階に私が住んでいた。3階は、私が住み始めてから数ヶ月間、空き家となっていたが、数日前、日本人男性が引越してきた。

兼ねてより、どうせ誰かが上の階に引越してくるなら日本人のほうがいいと思っていたため、日本人がやって来て、良かった。

そして、新住居人が男性だと知った私は、ちょっとだけワクワクしていたのである。

というのは、オードリー・ヘップバーンの映画『ティファニーで朝食を』の有名なシーンを再現できるのではないか、なんて妄想をしていたから。

有名なシーンとはもちろん、オードリーが自分の部屋の窓際で『ムーン・リバー』を歌っているところ、オードリーの上の階に住んでいるハンサムなアメリカ人男性が(後にオードリーと結ばれる)それを聞きつけて、オードリーに声をかける、というロマンチックなシーン。

【クリップシーン】オードリーの弾き語り『ムーン・リバー』



私が今住んでいる場所はインドで、映画の舞台ニューヨークみたいに煌びやかな場所ではないけれども、緑豊かな一画に位置しており、まあまあ、ロマンチックと言えなくもないのだ。

そして、家のドアの前が踊り場スペースとなっていて、私がもし踊り場スペースに腰掛けて弾き語りをすれば、上の階にいる人が、自分の踊り場から見下ろして、私を見つけることができるような設計となっているのだ。

とは言っても、私はギターを持っていなければ、弾き方も知らないのだが。

ギターの弾き語りではなくても、映画のシーンのようなご近所さん付き合いみたいなものができるのではないかと、思っていたのだ。

ああ、それなのに。
どうして現実はこうも上手くいかないのでしょう。
現実に起こったのは、こういうことです。

数日前に、男性が私の上の階に引越してきました。そして、昨夜、夜中12時過ぎに、その男性は私の部屋の階に降りてきて、ドアの向こうから「すみません」と声をかけてきました。私の部屋の明かりがついているのがわかったからです。私は「こんな夜中に何の用だ」とちょっとイラっとしながらも(もうこの時点でロマンチックではない)、ドアを開けました。すると、彼は私にこう言いました。

「今風呂場の水が全く使えなくて、大家さんに電話しても、もう寝ているのか、電話に出ないんです。シャワーを貸してもらえますか?」

・・・・・・・・・・・・・えーっとねぇ・・・・・・・・・・・

「それは無理です。」

無理に決まってるよね。今何時だと思ってるの。大家さん寝てるの、当たり前だよ!私はまだ起きてるけど、こんな夜中に、見ず知らずの男に風呂場なんて貸したくないよ!そもそも、シャワーを浴びることって、

「急ぎの用事ですか?」

「急ぎではないですけど、寝る前にシャワー浴びたいな、って・・・」と答える男性。

シャワーくらい、1日くらい我慢してよ、ここはインドだから水が止まることだってあるんだよ!と言いたいけれども、私は言わない。なぜなら、私はとってもお人好しだから。

シャワーを浴びたがっている彼に、私は20リットルのボトル・ウォーターをあげ、「これ使っていいですよ」と言うのである。

20リットルの水を持って階段を上がるのは大変だろうが、そんなこと、私には関係ない。

ドアを閉め、自分のベッドに寝転がり、オードリーの弾き語りのシーンをYouTubeで見る。

あーあ、何か本当に残念だったなぁ。何かいいこと、どこか別の場所で、起こってくれないかなぁ。

もし何も良いことが起こらないのであれば、少なくとも、もう上の階の住人が夜中に私を煩わせてきませんように。私をこれ以上ガッカリさせませんように 、と願うばかりである。




2015/09/13

大人の恋は色々?『ニューヨーク恋物語』



1988年に放送されたトレンディードラマ『ニューヨーク恋物語』。

私が生まれる数年前のドラマだけど、舞台がニューヨークということで、すごく気になってたドラマ。

DVD化されていないから、ずーっと観ることができなかったけれども、YouTubeで誰かがアップしていたので、遂に観ることができた。いつ動画が消されるか怖いから、2日間で全11話を一気に観てしまった・・・

で、観終わった私の感想。


えーっと、えっと、一言で言うと・・・・



すごい!! こんなドラマ、あったんだ!!    って感じ。

 

全然ストーリーも出演者も知らないで(田村正和が出てるのは知ってたけど)観始めたけど、まさか、こんなに大人が、大人らしく、大人な恋をするドラマだなんて想像していなかった。

ドラマのタイトルが『ニューヨーク恋物語』だから、ロマンチックでハッピーエンドな恋愛ドラマなのかなー、って思ってたら全然違った。

ロマンチックかもしれないけど、好きな人同士が結ばれるハッピーエンドなストーリーでは全くない。

ま あ、確かに、恋愛は必ずしも上手くいくものではないけど、でもドラマとか映画では普通、ハッピーエンドが基本でしょ?少なくとも、主人公の恋はハッピーに 終わるでしょ??しかも、"トレンディードラマ"って、ヒップでポップな感じなイメージだから、ハッピーエンドな感じじゃないの?

(↑何しろ、私はトレンディードラマ世代の人ではないので、トレンディードラマがどういうのかよく分かっていません。ご了承ください。。)

というわけで、観ている最中に、私の頭の中で何度も?マークが浮かんだ。

このドラマ、一筋縄ではいかなくて、見事に私の予想を何度も何度も裏切ってくれた。

例えば、「このドラマの主人公はこの人なんだろうなー」って見始めた時に思ってたら、最終的には違かったり、「この人はこの人と恋に落ちる展開になるんだろうなー」って予想してたら、全く違かったり。

うーん、やっぱり自分と違う世代のドラマのストーリー展開を把握するのは難しい。。

ストーリーを要約するには、あまりにも登場人物同士の人間関係・恋愛関係が常に変化して、訳が分からなくなるほどなので、代わりに登場人物を紹介します。(登場人物の紹介は簡単。だって、8人しか出てこないから。)


【登場人物紹介(左から順)】

① リツ子:田村正和演じる田島(⑤)の元恋人&元不倫相手。ニューヨークで田島に再会し、昔の頃を思い出す。今でも田島のことが好きで、一緒になりたいと思 うものの、最終的には田島を忘れることを選ぶ。さやか(②)の母親。「母親になっても女でいたい」という、ちょっとパリ人っぽい考え方をする女性。

②さやか:コロンビア大学に通う学生。田島にケチャップをかけられたことがきっかけで出会い、ちょっと恋に落ちる。ものの、田島の元恋人が自分の母親(①)で、田島のせいで母親が傷ついていたことを知り、興味はすぐに失う。心が真っすぐな、良い子。

③坂入さん:NYの幼稚園の先生。里美(⑥)のことが好きだけれども、最終的には上手くいかない。優しいだけが取り柄の、故にその優しさで人を傷つけるダメ男。

④ 明子:説教大好き、気性が激しい、相当ぶっ飛んでる女性。里美(⑥)を頼りにNYにやって来る。なぜか田島のことが好きになり、なりふり構わず、田島につ くす。ものの、最後には、いつまでたっても片思いでしかならないと、田島から離れることを決める。このドラマの主人公。

⑤田島:ちょいワルを通り越して、ちょー悪なダメ男。なのに、女性登場人物5人のうち4人を惹き付けてしまう、イタリア男もビックリの色男。このドラマの主人公。自分で「俺に近づくな」と言っているように、深入りすると、明子(④)のようになります。

⑥ 里美:証券会社でアシスタントとして働く、キャリア志向の強い女性。トレーダーとなるために、コネを持つ男性と関係を持ち、這い上がって成功を収める。坂入さん(③)のことが本当は好きだが、自分のキャリアは捨てられないと、坂入さんを諦める。一番現代女性っぽい。

⑦小池:特に夢もなくNYにやって来て、どんな仕事をしても長続きしないダメ男。美姫(⑧)のことが好き。

⑧ 美姫:里美(⑥)のルームメイト。田島に一目惚れをし、関係を持つものの、自分を愛してはくれないと気づき、別れる。小池(⑦)のことは好きではないが、ダメっぷりが可哀想でつき合い始める。小池を捨てようと思うものの、最終的には小池との結婚を決意。


こんな感じだけど、私の人物紹介を見ると、男性陣の紹介の仕方が酷いかも・・・

でも、そう、このドラマって、女性が成長するストーリーがメインなのではないか、って感じる。私が女性だから、そういう風に見えるのかもしれないけれども。。

田 島を好きになってしまった女性たちは、みんな、辛い恋を経験して成長している。例えば、さやか(②)は、ママが昔、田島と不倫してて傷つけられても、未だ にママが田島のことが好きだということが理解できなくて、「そんなの恋じゃない!」と、ママと田島に反発する。(私も、「そんなの恋じゃない!」って同じ ように思った!)でも、田島の気持ちや、ママと田島の関係を知るにつれて、ママの気持ちを理解し、「色んな恋があるのね」と言えるようになるまで大人にな る。(私も、「色んな恋があるのね」って納得し始めた!・・・いいのかな??)

明子(④)も、田島に片思いして、そ の思いをめいいっぱいぶつけたことで、大人の女性に成長したみたい。したみたい、というのは、私には明子の気持ちとか行動とかがよくわからなかったから。 でも、最後に明子が田島に「あなたに会えて良かった。NYに来て良かった」って言った時、明子成長したなー!って感動した。それに、明子がNYに来た時は 一人で外を歩けなかったのに、徐々にバスの乗り方とかも分かり、仕舞いには街を颯爽と歩けるようになる姿を見れたのは嬉しい。

だから、このドラマは主に女性向けのドラマだと思う。

そして、大人のドラマでもあると思う。

当 時のNYの街は、茶色っぽくて(多分、当時のカメラの画質の問題かも)、けだるい感じ。登場人物たちは、夢を追ってるだけではなく、夢が破れても希望を持 ち続けようとしてる。そして、彼らは年齢的には若くなく、若作りしようともせず、ほろ苦い大人の恋をしてる。台詞のやり取りも、ヨーロッパ人みたいだっ た。

こんなドラマ、私、2000年代で観たことない!!!

当時の若者たちは、相当、"大人の恋"っていうものに、憧れていたのかなー?
けだるくて、ほろ苦い恋が、トレンディーだったのかしら??

でも、そういうのに憧れるのも、なんとなくわかる。

だって、田村正和が、すっごく格好良かったもの!古畑任三郎とは違うのね。

実は、この田村正和を観て、あるアメリカ人俳優を思い出した。

それは・・・


ミッキー・ローク。

ただのミッキー・ロークではなくて、映画『ナインハーフ(9½ Weeks)』に登場するミッキー・ローク。

この映画でミッキー・ロークが演じる役どころも、『ニューヨーク恋物語』の田島みたいにダメ男で、最終的に女性に愛想をつかされるのだが、田村正和同様、非常にチャーミングでセクシー。

よ く考えると、この映画も気怠い感じのNYを舞台にした大人向け恋愛映画。女性がダメ男を捨てるので、ハッピーエンドではないから、『ニューヨーク恋物語』 と少し似てる。1986年に公開された映画だから、『ニューヨーク恋物語』も、もしかしたら少しだけ『ナインハーフ』に影響を受けてるかも!? 




主人公の女性を演じるキム・ベイシンガーもすっごく格好良くて、憧れ♡

こういう気怠い、影があるようなドラマや映画って、その時代を反映しているのかなと思う。今のNYは、あまり暗いイメージがない。すっごく青く澄んでいて、オープンな感じ。

NYで生きていくのは、今でもすごく大変そうだけど。

もし日本のテレビ局がNYで新しくドラマを作りましょうとなったら、きっと『ニューヨーク恋物語』とは全然違う雰囲気のものになるに違いない。

観てみたい気もしないでもない。


追伸
もし影があるような海外ロケでドラマを撮影したかったら、ぜひ、インド・ニューデリーを選んでください。今ならまだ、茶色っぽくて、ちょっと危ない雰囲気もあって、かつ日本人もたくさん住んでいる場所なので、なかなかホットです。




シャワーと、オペラと、フレディーと





オードリー・ヘップバーン主演の映画『ローマの休日』に続いて、私が好きなローマを舞台にした映画は、ウッディ・アレン監督の『ローマでアモーレ』。

『ローマでアモーレ("To Rome with Love")』は、ローマに住んでいる人たちと、旅行に来た人たちの人間模様を描く、(ロマンティック)コメディー。日本の映画館で、上映中に観客の笑い声が聞こえていたのが、今でも記憶にあります。日本人を声が出るほど笑わせてしまうくらいの、痛快なコメディー。

ここでは、特に笑いを多いに提供してくれる2人の登場人物—ジェリーとジャンカルロ—と爆笑シーンについて紹介します。

奇抜過ぎる演出で評論家と世間に干されたアメリカ人のオペラ舞台演出家、ジェリー(演:ウッディ・アレン)は、 ローマに旅行に行った娘がイタリア男と電撃結婚をするということで、妻とともにローマにやってくる。そして、娘の婿となるイタリア男の家に訪問した際に、その父親で葬儀屋のジャンカルロ(演:ファビオ・アルミリアート)に出会う。

ジャンカルロは「ちょっとシャワーを浴びてくる」と風呂場に向かう。すると、オペラを歌う素晴らしい歌声が聞こえてくることにジェリーは気づく。ジャンカルロが、シャワーを浴びながら歌っているのだ。ジェリーは衝撃を受け、新たな夢を抱く。ジャンカルロ主演のオペラを演出するぞ、と。

【クリッププシーン】シャワー越しの歌声に胸打たれるオペラ演出家



一緒にオペラ界で一花咲かそうと、乗り気ではないジャンカルロを説得し、オーディションを受けさせたジェリー。だが、審査員の前でのパフォーマンスは散々なものであり、ジャンカルロもジェリーも落ち込む。なぜ、あんなに素晴らしい歌声だったのに…とジェリーが残念がるところ、周囲は「シャワーを浴びながら歌っている時は、誰だって歌がうまくなるもんよ」とあしらう。

「ああ、そうか。確かに、僕もシャワーを浴びている時は、歌がうまくなる気がする…」と納得するジェリー。しかし、それでは終わらなかった。

ジャンカルロにシャワーを浴びながら、歌ってもらえばいいんだ!と、"シャワーオペラ"の計画を立てる。

ジェリーに乗せられて、観客が集まったミニコンサートで歌うこととなったジャンカルロ。舞台には、透明ガラスのシャワー室が運ばれ、タオルを腰に巻いたジャンカルロが登場。そして彼はタオルを外し、体を洗いながら、熱唱する。大事な部分はちゃんとガラスが白く塗られているので隠れている。最初は怪訝に思う観客も、彼の(シャワー越しでの)歌声に感動し、拍手喝采となった。

【クリップシーン】観客の前でシャワーを浴びながら熱唱する全裸の男


((ちゃっかり真面目に聴き入る観客の姿にも笑えてしまう!))

調子に乗ったジェリーは、ジャンカルロを主演としたオペラ『道化師』(ルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲)を演出し、歌劇場で公演。周りの役者たちが 普通に演じる中、ジャンカルロはシャワーを浴びながら歌い、演じるという奇妙過ぎる演出で、ジェリーはローマの評論家からも酷評される。一方のジャンカルロは評論家から大絶賛を受けた。。。

【クリップシーン】シャワーオペラのクライマックス!



というもの。

由緒正しきオペラを、全裸の男性を使って、ここまで面白おかしく仕上げたウッディ・アレンに脱帽。ほぼ、ブラック・ジョークに近いが・・・

さて、実際のオペラ『道化師(I Pagliacci)』とはどういうストーリーなのかというと、他のオペラの例に漏れず、ドッロドロの憎愛劇となっています。

とあるイタリアの村にやってきた旅芝居一座。その中には、座長であり、劇で道化師を演じる予定のカニオ、座長の妻であり劇中でも道化師の妻を演じるネッダ、ネッダに密かに恋する醜男で、道化師の召使いを演じるトニオという者がいた。ネッダはカニオに飽き飽きしており、村にやってくるごとに逢い引きを重ねていた愛人シルヴィオと遂に駆け落ちをする約束をした。ネッダに愛の告白するも振られたトニオは、腹いせにカニオに告げ口をする。妻が駆け落ちをしようとしていると知ったカニオは、「愛人の名前を言え」とネッダに迫る。拒むネッダ。仕事なんてしていられる状況ではないが、もう芝居の開始時刻は迫っている。カニオは役者として、"道化師"を演じねばならない。道化の衣装をつけ、泣きながら顔に白粉を塗り、支度をするカニオ。

劇が始まり、道化を演じるカニオは舞台の世界と現実の世界の区別がつかなくなってきた。なぜなら、劇中でも、先ほど起こったことと同じシチュエーションが繰り広げられ、道化師演じるカニオは、道化師の妻演じるネッダに「愛人の名前を言え」と迫っているからだ。演技に自然と熱に入るカニオは、ついに途中で道化師としてではなく、カニオ自身として激怒する。観客はカニオの心情にはもちろん気づかず、迫真の演技だと感心する。しかし、カニオの暴走は止まらず、ついにネッダを観客の前で刺し殺してしまう。そして、観客の中に隠れていたネッダの愛人が飛び出してきたところ、愛人も殺害する。動揺する観客を前にカニオはこう締めくくる。「喜劇はこれで、終わりです。」

と、劇中2人も死んでしまう、悲劇的なストーリー。何で人を殺しておいて、締めの言葉が 「喜劇はこれで、終わりです」なのか?というと、もともとは、カニオ演じる道化師が、妻の愛人を突き止めて懲らしめて終わり、という流れになるはずだったから。

このオペラ『道化師』のストーリーを踏まえた上で、映画『ローマでアモーレ』内で繰り広げられるシャワーオペラの演出を考えると、全く持って悲劇を喜劇に変えてしまった、と言ってもいいけれども、ある意味、オペラの核心をついているのではないか?とも考えられるのです。

というのも、 オペラというものは、ストーリーがどんなものであれ、必ずコメディーの要素が入っているのではないかと思うのです。とことん大げさに、非現実さを誇張することによって、第三者である観客に少し滑稽に映るようにしているのではないか、と。 劇中で起こっていることは、所詮他人事であり、ある観客にとっては、笑えてしまう喜劇として捉えられることもあるのではないか。だって、実際に、色々ツッコミたくなるところ、たくさんあるもの。

ウッディ・アレンによって見事コメディーと化けたオペラ『道化師』の中での有名なアリアは、妻に裏切られたカニオが、「それでも舞台に立って、観客を笑わせねばならない」と歌う『衣装をつけろ(Vesti la giubba)』。3大テノール歌手の一人、ルチアーノ・パヴァロッティによる歌が有名。

【動画】ルチアーノ・パヴァロッティによる『衣装をつけろ』(一般バージョン)



((この映像だけ観ると、すごく泣けてくる・・・・))

実は、この曲『衣装をつけろ』の最後の部分が、ロックバンド、クイーンのある曲に使われているのです。

それは・・・"It's a Hard Life"という曲。

【ミュージックビデオ】Queen "It's a Hard Life"


冒頭の"I don't want my freedom. There's no reason for living with a broken heart.(自分の自由なんて欲しくない。傷ついた心を抱えて生きていく理由なんてないさ。)" という部分が、オペラの最後の部分と全く同じです。

ちなみに同じメロディーの部分でオペラでは、"Ah, ridi, Pagliaccio, sul tuo amore infranto.(笑え、道化師よ。お前の愛の終焉に。)"と歌われています。

"It's a Hard Life"の作詞作曲は、フレディー・マーキュリー。"Bohemian Rhapsody"とかクラシック要素のある、ロックでポップな曲を生み出すフレディーは、クラシック好きが高じてか、遂にオペラのメロディーを使っちゃいました。

ミュージックビデオも、元ネタを尊重して(?)か、仮面舞踏会にて、フレディーが"フレディー劇"を繰り広げます。衣装も舞台も演出も全てがやり過ぎで、奇妙で、ちょっと悪趣味・・・なミュージックビデオは、間違いなくフレディーのアイディアだろうな。やり過ぎ感が前面に出ていて、おかしくて笑ってしまう。(そして、安定感のあるコミカルな動きを披露してくれるフレディーにも、いつも通り笑ってしまう。)

オペラってつまらなさそう、曲調も眠くなりそう・・・と敬遠する人もいるかもしれないけれど、オペラって、もっと観てて聴いてて、楽しいもの。劇中の役者たちが大真面目に演じていても、ツッコミ場所があれば、勝手に笑い飛ばせばいい。そうやって楽しむのが—少なくとも、現代においては—オペラ鑑賞の楽しみ方ではないのかな、なんて思います。

【関連ブログ】

プッチーニオペラに登場するダメ女から学んだこと  
イタリア男の実態(R指定)

誰も寝てはならぬ。





プッチーニ作オペラ『トーゥランドット』の有名なアリア『誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)』は、夜に聴くべき曲だ。

それと同時に、あまり夜に聴かないほうがいいかもしれない曲である。
なぜなら、「誰も眠ってはいけない。あなたもだ、姫君よ」と歌っているから。
そして、力強くて感動的な曲調が気分を高揚させてしまって、眠気がとれてしまうから。

それでも、時々、無性に聴きたくなる、聴かざるおえなくなる、もしくはどこからともなく聞こえてくる夜がある。

例えば、「今日、運命の人に出会えたかもしれない」と、早くその人に次会えることを楽しみに待ち構えるあの夜。

例えば、仕事帰りに遅く帰ってきて、一人、静かな部屋にポツンとなり、ふとした虚しさと寂しさを感じるあの夜。

例えば、 誰かに恋をするような心なんて持っていないと思われた友人から、本気で誰かに恋に落ちたことを知らされ、彼の幸運を願った、あの日の夜。

そして、その恋が叶わなかったと後に知った、あの日の夜。

そんなノスタルジックな雰囲気の夜に、この曲では
「夜よ早く消え去れ! 星よ早く隠れてしまえ! 夜明けには、私は勝つ!」
と歌われる。

"死"という影がちらついていながらも、最後には、それに打ち勝つ力強い言葉で締めくくられる。

"夜明けには、私は勝つ。"

そう信じさせてほしい夜。信じ続けたい夜。
愛と希望は、必ずあると、最後には勝つと、確かにしたい夜。

この曲は、きっとあなたを勇気づけてくれる。

【マリオ・デル・モナコが歌う"Nessun Dorma"】


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きっと犬はシアワセ 

2015/08/29

虫さん退治の必殺アイテム5選



インドに来て、「本当に自分はタフになったな〜」って常に思う。
その理由の一つとしては、虫殺しのプロに成長しつつあるから。

6〜8月頃はインドではモンスーンの時期。もう最近は雨が降ってないけれども、ついこの間までは、雨が降ったり止んだりの日々が続いていた。

そんな季節には、虫たちが部屋の中に現れる。ほとんどにおいて、日本では見たことがないような虫だ。私は基本的には"か弱い平和主義者"だから、虫なんて殺したくないけれども、 私の家に勝手に侵入して来た虫たちから自分を守るために攻撃するのは、もちろん正当防衛である。虫には虫の住処があり、人間には人間の住処があるのだから、国境線を越えてはならないのだ。そして、か弱い私を侵略者から守ってくれる王子様がいない現実において、私は自分で自分の身を守らなければいけないのだ。

そんなわけで、私が試行錯誤を重ねた上に厳選した、【虫さん退治の必殺アイテム】を皆様にお教えいたします。

1. コロコロ(粘着クリーナー)*蟻さん・変てこな小さな虫さん用




「ベッドを綺麗にするために持って行きな」とお父さんに勝手にスーツケースに入れられて持ってきたコロコロ。ある日、大理石の床に、蟻の軍隊が行進していたのを発見して、どうやって反撃しようかと考えていたところ、このコロコロが使えるのではないかと頭に浮かぶ。蟻さんたちをコロコロで、コーロコロ、コーロコロ。粘着テープに絡み付いて、あっという間に蟻たちは撃沈。よし。コロコロは、大きな蟻にも対応可。その他、クモや、比較的小さい虫なら何にでも使えます。

注意点:虫が粘着テープに絡まったままだから、処分するときがちょっと面倒。

2. ティッシュペーパーの箱の裏 *比較的小さな虫さん・飛行可能な虫さん用


 

ある日、ハエでも蚊でもないような飛行可能な虫が何匹も部屋に侵入してきた。なぜか壁際付近で飛び回っていたため、私はティッシュペーパーでの攻撃を開始。ジャンプしながら、壁側を飛ぶ虫に向かって、ティッシュペーパーの箱をバーーーン!!! 次々と虫を命中させた。

その他、飛ばない虫でも、壁際や床の上にいる虫なら、基本なんでもOK。

3. カーマアーユルベーダの虫除けスプレー *コバエ用




もし台所のシンクにコバエが小範囲で飛んでいたら、カーマアーユルベーダの虫除けスプレーをコバエに向かってプッシュしたら、瞬く間に動きが止まります。これはオススメ。ちょっと値段は高いけど。

4. 自分の手 *あなたのタフ度によって、何にでも応対可




私は今まで小さい小さい蟻とか、小さい小さいハエとかしか、自分の手でやっつけられなかったのに・・・あぁ、あのか弱き日々は過ぎ去り、今は大きなハエも平気で、アグレッシブに、自分の手でやっつけている私がいる。やだなー、タフな女は、お嫁にいけないよー。

5. 洗濯剤の粉(液体用でも可) *ゴキさん用




ついにここまで来ました。ついに私もコイツに慣れてしまうほど、タフな戦士になりました。これまたある日、でかいゴキやら小さいゴキが現れた時があったのです。私は最初は全くもって怖くて近づくこともできなかったけれども、もうやるしかないので、頑張りました。で、色々試行錯誤を重ねて発見したのが、洗濯剤の粉・液体がヤツには効果的だ、ということ。もちろん、ヤツに粉か液体を振りかける時には、ヤツに近づかなければならないが・・・・まぁ、そのうち慣れる、大丈夫。気にせずゴキさんにアターック!!!

注意点:洗濯剤が効果的だからといって、その他でゴキ退治をしようとなんて思わないように。例えば、ゴキに香水をかけても、何の意味もない。そして、催涙スプレーが暴漢退治ようだから、ゴキにも効果的だろうと思ってはいけない。ヤツは死なないし、逆にあなたに被害が及びます。


この5つの必殺アイテムを自由自在に操れるようになってから、だいぶ虫さんたちに対しての免疫力が上がった気がする。でも、そもそも虫を見なければ、こんな努力なんてしなくていいですよね。実は、虫を侵入させない方法はあるのです。もう、皆さんご存知ですが・・・

番外編:ペストコントロール 


これを最初にすれば、一度潜んでいたゴキやら何やらがドバーッと床の上で死骸となって仰向けになっている光景となり、それこそ大虐殺でも起こったのか?というくらいだが、それ以降は、虫を見かけることはなくなる。つまり、虫と戦う必要もないので、あなたはか弱い乙女で居続けられるというわけです。


じゃぁ、どうして私がペストコントロールをしないかって?


それは、あの虫の大虐殺をもう2度と見たくないことと、 こっちの薬剤は強すぎるのか、ペストコントロールをした日の夜には、体が痛くなるから。

ね、私ってか弱い乙女でしょ?少なくとも、乙女心はちゃんと残っているのよ、ウフフ♡



2015/08/08

外国人への逆ナンパは失敗に終わる




今回のお話の舞台は東京・築地市場

(写真:marui-sakanaya.comより)

夏の猛暑が続く頃、日本に一時帰国をした。

実家には帰らず、東京のホテルを転々とする日々。泊まったホテルがたまたま築地付近だったため、普通だったらあり得ない、3日連続で朝ご飯に、築地市場の寿司屋に行くという贅沢なことをしてみた。

朝から(といっても、そこまで早朝ではない)客で一杯であったが、外国人客の割合も多いように見受けられる。私は一人で寿司を食べに行ったので、3日連続でカウンター席に座った。

マグロちゃん、美味しい♡

エビちゃん、美味しい♡

納豆ちゃん、美味しい♡

みそ汁ちゃん、美味しい♡

新鮮なお魚を朝から食べれるなんて、幸せ!海外暮らしだと、寿司なんて簡単に食べられないからなぁ。。

ということは、どうでもいいとして、 私が多分逆ナンパというものをしたのは、3日目の土曜日。

土曜日の少し遅い朝は、寿司屋は混んでいて、私は2階のカウンター席に連れて行かれた。その後すぐに外国人男性も案内されて、私のすぐ隣の席に座らせられた。

私はすぐにお寿司屋さんに、2日連続で食べているものを注文。

寿司が用意されるのを待つのだが、何だか隣の男性が気になる。メニュー注文もタドタドしくて危ういし感じだし、しかも私の目の端で見る限り、彼は私の好きな、映画の『冷静と情熱のあいだ』に登場するマーヴか、『ティファニーで朝食を』に出てくるポールに、なんとなーく似ている。

マーヴ役のマイケル・ウォン(左)

ブログ『つれづれなるままに ~じゃいあんと・けるぷにくるまれて~ 』より

ポール役のジョージ・ペパード

『ザ・ウォーリアーズ・ブログ』より

この2人の役者さんたち、見た目全然違うよ!だなんて、ツッコミはやめてください。2人とも、誠実で優しそうな見た目という共通点があるじゃないですか。

数年前の私だったら、隣にちょっとタイプのイケメンがいても声をかけるなんて絶対にしなかったけど、図々しい人たちがたくさんいる国(=インド)に1年間過ごした経験によって、隣の人に何気なく話しかけるのは何ら苦でもなくなってきたのです。まさかのインドで、イタリア人っぽくなったみたい(??)。というわけで、私は何ともないように彼に話しかけてみた。


私「一人で旅行しに来たんですか?」

彼「はい、そうです」(←話しかけられて嬉しそう)

私「どこから来たんですか?」

彼「アメリカです」(→私、少し興味を失う)

私「日本に来たのは初めてですか?」

彼 「東京に来たのは、これが初めてだけど、日本にはこれが5回目です。神戸とか大阪とかに前行きました」

私「5回も日本に来ているのに、東京が初めてなんて、何で?!」

彼「実は全部ビジネストリップで来てるんです」

私「へー、どこの会社に勤めてるんですか?」

(ここら辺で私の注文した寿司が用意され、食べ始める。)

彼「ネスル」

私「え?ネスル?ネスルってどこ?知りません」

彼「ネスカフェコーヒーとか売ってるところです」

私「おー!ネスレ!ネスレね。すごいですね!ということは、アジア専門部門とかで働いているんですか?」(←私、興味を取り戻す)

彼「グローバルマーケティング部門にいます。日本だけではなく、色んな国に出張に行きます。年の半年は海外暮らしです。フランスにマーケット調査で1年いたこともあります」

(ここら辺で彼の注文した寿司も用意される。)

私「へー、いいなー!でもフランス語できなくてもマーケット調査ってできるんですか?」

彼「はい、できます。フランス人も英語で話したがるんです。それに僕が下手くそなフランス語を話すと、理解しようと協力的になってくれます」


と、こんな当たり障りのない会話を私たちは続けていた。私は隣に居合わせたアメリカ人がグローバル企業で働くちょっとエリート(何しろ、日本への出張時に帝国ホテルに泊まらせてもらえるくらい)だということに嬉しくなり、将来の自分のビジネスチャンスのためにも連絡先を教えてもらおうかと思ったものの、なぜか躊躇してしまう。


私「今日のこれからの予定は?」

彼「特に決まってません。とりあえずブラブラしてみようかと。どこかオススメの場所はありますか?」

私「そうですね、明治神宮ですかね。外国人観光客がたくさんいるスポットです。緑豊かで落ち着く場所です」

彼「そうですか!では行ってみます」


「もしよければ、私も比較的時間があるので、一緒に行きますか?」

とは、私は言えなかった。なぜなら、このあと用事があったから。

代わりに、

「実はこれから私の知り合いに会う予定なんです。ピザを食べに行くのですが、一緒にどうですか?その後、明治神宮まで送って行けます」

とも私は言えなかった。何しろ今寿司を食べているのは10時半頃で、12時からピザを食べるのは彼には無理だろうと思ったから。それに、久々に会う知り合いのところに、見ず知らずの人を連れて行くのはおかしいだろうとも思ったから。

というのは、ただの言い訳で、そんなことを言ったら怪しまれはしないかと心配になったから。(多分、日本人的思考が自己主張し始めたのかもしれない。)だって、もし私が海外旅行中に見ず知らずの現地人男性から声をかけられて、「案内してあげるよ」なんて言われたら、怖くて逃げちゃうもん。相手がネスレに務めてて、イケメンなら、ちょっとついて行くかもしれないけれども、いつでも逃げられるように警戒はしておくと思う。

それに、海外慣れしている人っていうのは、 一人でブラブラと知らない場所を歩きたい時がある。一人でご飯を食べるのはちょっと嫌だけど。私がそうだから、もし彼もそうなら、あまりお節介焼かないほうがいいよね、と思うのだ。

そんなわけで、私がお寿司を食べ終わる頃、彼も食べ終わり、追加で刺身を注文したい彼に代わって私が注文し、明治神宮の場所を教えてあげた後、自分の御会計を済ませ、彼に「では、今日一日楽しんで。バイバーイ」とスマートにサヨナラの挨拶をするのだ。

彼の名前も、連絡先も聞かずに。

ちょっとだけ、彼の連絡先を聞かなかったことを後悔している。でも、こんなスマートな“その場を楽しむ”シチュエーションも悪くないと思うのだ。ちょっとイタリア的?!なんて自分で思ったりして。一人でご飯を黙々と食べるよりも、誰かと会話しながら食べるほうが楽しいし。

でも、もしこれが逆ナンパ目的だったら、間違いなく失敗したとしか言えない。もしあなたが外国人男性への逆ナンパに興味があるのなら、以下のことをオススメします。私の体験談からの独断と偏見によるものなので、全く使えないかもしれません。ご了承ください。

1.外国人へ逆ナンパするオススメスポット:築地市場(東京だったら。他の地域は知らない。)


早朝のセリ見学に一人で行ってみるのも悪くないかもしれない。外国人観光客がたくさん来ていて、あなたが日本人だとわかると、色々質問しようとする図々しい人もいる。そんな中で良い人がいたら、答えてあげるのも悪くない。もしくは、市場の寿司屋に一人でカウンター席に座る。偶然に隣に素敵な外国人男性が座ったら、チャンスだと思え。

2.すぐ近くに素敵な外国人男性がいたら:さりげなく声をかける。


別に何でもいいと思う。例えば「靴の紐、ほどけてますよ」とか、「メニューをとってもらってもいいですか?」とか。最初から急に「どこの国から来たんですか?」とか、「あなた○○人ですか?」とか、「日本は初めてですか?」とか聞くのはやめてほしい。私、そんなこと聞かれたら、この人は何目的で私に近づいてくるんだろう?って警戒しちゃう。

3.またどこかでその人に会いたいなら:連絡先を聞きましょう。


でないと、連絡とれなくて、2度と会えない可能性が高いから。


以上、ありきたりな日常の中のありきたりな出会いと、ありきたり過ぎるアドバイスでした。




2015/07/08

雨の日と月曜日は







仕事始めの月曜日だというのに、遊びほうけて夜中遅くに家に帰ってくる。
正確に言えば、もう火曜日だけど。
まだ外は暗いから、月曜日の夜中ということにしておこう。

うーん、眠たい。
うーん、フラフラする。
うーん、もう動きたくないし、言葉も発したくない。

多分お酒を飲み過ぎて、酔っぱらったのだろうと思うものの、いや待てよ、私が飲んだのは、お茶とお水と甘ったるい赤ワイン一杯だけ。

確か私は「ワイン一杯だけで酔っぱらっちゃいましたー」と言えるか弱い女子キャラでもなければ、わざと酔っぱらった振りをする図太い女性でもない(し、する必要もない場所にいたし)。

というのであれば、この目眩がする感覚は一体なんなんだろうと考えながら、何とか自分の部屋に辿り着く。

あーあ、なんだかんだ言って、最終的にはちゃっかり自分で自分の部屋に戻れる意識を持っている自分が嫌。

部屋につくなり、ベッドに飛び込む。
明日ーというか、今日かーは早いからもうこのまま寝ちゃおうかと思いながらも、コンタクトレンズ付けっ放しだし、顔は洗ったほうが良いし・・・と迷う。

重たい体を(あ、私の体重は重くないです!)持ち上げて、風呂場に向かう。

むむむ。なんだか暗闇の中に更に黒い物体が見える。

これは・・・あの憎き組織の一味だ。

確か前に洗濯剤の粉でやっつけた記憶があるから、今は粉が見当たらないものの、代替武器として、 私のすぐ隣にある棚に置いてあったシャネルの5番の香水を、ちょっと遠くからながらも振りかけてみる。

翌日思い起こせば、シャネルの5番をゴキブリ退治に使おうと思うなんて、もったいないし、バカげているけれども、その時はなにしろ、月曜の夜中だったのだ。仕方がない。

もちろんゴキブリは死ぬ気配がなかった。そして更に酷いことに、お仲間もう1匹がいることに気がついた。

なんだかそのお仲間は私のほうに近づいてきているような感じだったので、とりあえず無意味な香水を使うのはやめて、怖い人間の存在を示すために、ティッシュペーパーの箱を床にバンバン叩き付けて大きな音を鳴らす。

私の存在に気づいて端っこに逃げてくゴキブリ。と、さっきから同じ場所に居続けるゴキブリ。

彼らが少し距離を置いていてくれる間に、私は急いで風呂場に駆け込み顔を洗う。

風呂場から出て行こうとした時に、弱肉強食の世界を見せつけられる。

とーっても小さい恐竜が、じっと固まっていた大きなゴキブリを餌として口に咥えていたのだ。ゴキちゃん1匹を退治してくれたことには感謝するけれども、この小さな恐竜がちょっと怖い。

きっと本当はヤモリかイモリの巨大バージョンなのだろうが、何しろしっぽが長いところとか、足がしっかりしているところとか、獲物を口にしているところとかが、ティラノサウルスっぽい。

ティラノサウルスは天井を逆さまの状態で走っていき、部屋の見えない隅に逃げていった。

あの大きい餌を子供たちに分け与えるのかしら、だとしたら、ティラノサウルスの子分たちも私の部屋に住んでいるのかしら、と謎に思いながらも、そしてまだ ゴキちゃんもう1匹が、ティラノサウルスに存在を気づかれないように端のところで固まっていることを知っていながらも、(まぁいいか)とベッドに戻る。

ベッドに横たわっていると、部屋の外から"ブヒ〜ン、ウヒ〜ン”という恐竜の鳴き声のような音が聞こえる。そんな耳障りな音がする中では寝れないから、音楽でも聴こうかとipadを開けてみると、wifi接続の選択に“jurassic park”とう接続先を見る。

ああ、そうか。私はジュラシック・パークに来てしまったのか。

と納得しながら、夢の中へ落ちていく。

そして火曜日の朝となり、目覚めると自分の部屋がシャネルの香水の匂いに包まれていることに気がつく。

なんとも優雅な朝になるはずなのだが、相変わらず外からは恐竜の鳴き声のような耳障りな音が聞こえる。

ここはジュラシック・パークではないという現実を考えると、 あの鳴き声は巨大化したヤモリかイモリかと最初は思うものの、最終的には、野良ブタの鳴き声に間違いないと頭の中で解決する。

野良ブタだなんて、まったく。

確か昨夜はゴキブリに遭遇したんだっけと思い出し、遭遇した場所を見渡すものの、もういない。

昨夜起こったことは全部夢だった、消えたゴキブリのように、仕事始めの月曜日の憂鬱なんて消えてしまえば良いのにとグダグダと思いながら支度をし、仕事先へと向かう。

今日は火曜日。
カーペンターズの曲『雨の日と月曜日は(Rainy Days and Mondays)』で歌われている"あの憂鬱な"月曜日は、もう昨日のこと。

それなのに、それなのに。

どうして月曜の次の日に雨が降るの?

しかも今日は7月7日。七夕なのに、織姫と彦星が会えないじゃない。

それに、それに。

どうしてそんなに大した雨でもないのに、さっき雨が降り始めたばかりなのに、どうして水がこんなにも氾濫して、道路が川のようになってしまうの?

わけがわからない。

客先からの帰り道、車の中から窓の外を眺める。

酷いところだと、水が車のタイヤの上まで到達している。
傘をさしていない人たちが、その川の中を歩いていき、ある子供は泳いでいる。
多くの人たちは雨から避難するために、木陰や建物の屋根の下で雨宿りをしている。

車の中にいて雨に濡れる心配のない私には、人ごとのように、その光景がなんだか滑稽に見えてしまう。

とは言いながらも、浸水した道路の上を大きく揺れながら走る車の中で、いつ車が倒れたりしないか、他の車にぶつけられたりしないか、とヒヤヒヤしながら命の危険を感じるのである。

雨ごときで、命の危険を感じるなんて。

職場に戻りたいと言う私を「この雨の中だと、道路もこんな状態で危険だから」とそのまま家に帰るように勧めるドライバー。ええ、知ってますよ、あなたがこれ以上道が渋滞する前に自分の家に帰りたいことは。

本当は仕事が残っているけれども、確かにこの道の状態にはウンザリだから、今日はそのまま家に帰ることにする。

少し早く家に帰ってきて何もすることがないので、自分に問いかける。

私は異国の土地インドで一人、一体何をしているの。
時々無性に感じるこの憂鬱な気分は一体何なの。

すると、こんな答えが聞こえてくるような気がする。 

こんなこと、もう全て投げ出したい。
だって、結局ここにも私の居場所はないから。
こんなところから逃げ出して、誰か私を愛してくれる人を探しにいきたい。

・・・・まったく。私はどうやらカーペンターズの曲に洗脳されてしまっているのかもしれない。

でも、投げ出すつもりなんてない。
だって、知っているもの。
この憂鬱さは、雨の日と月曜日のせいだって。
だから、月曜日が過ぎ去れば、梅雨の時期が過ぎ去れば、全てはきっと元通りになる。

きっと全ては、大丈夫。

【Rainy Days and Mondays by Carpenters】






2015/07/01

上手くいかないのは、全て○○のせい





失恋もして、仕事も上手くいかないから、傷心旅行(イタリアとか、イタリアとか、イタリアとか)に行こうかなと思ったら・・・

お金もない。


うぅ。


こういうことを、私のインド人同僚に言わせればきっと・・・

"Because of climate change. (天候変化のせい)"

超意訳をすれば、「仕方がない。」

ええ、まぁ、天候変化のせいにすれば、楽でしょうけど。

2015/06/28

インドでは列車に乗るのもひと騒ぎ



onlypicsfine.comより

失恋したら旅に出たくなる私は、とある年のとある日に、"ブルーシティー"として知られるジョードプルに一人で観光に行くことにした。

時 間とお金を有効活用したいので、ジョードプルへデリーから飛行機では行かず、夜行列車で行くことに。夕方6時半頃にグルガオン(デリーの近く)駅から出発 し、11時間ほどかけてジョードプルに朝5時頃に着く予定。しかもこれが安い。私がいつも選ぶ2等(AC)席だと片道1300ルピー程度、約2600円。

2 等(AC)席とは、エアコン付きの2段ベッドがある+通路がカーテンで仕切られている車両だ。ちなみになぜ1等車両を選ばなかったのかというと、1等 (AC)車両になると、個室になるのだが、結局その個室を数人で シェアする形なので、一人で列車に乗ると気まずいのだ。そして、ちょっと見た感じだと、個室のドアが鉄格子のような感じで何とも刑務所らしいのだ。しか も、値段も高い。同じ区間で1等席を選ぶと、2000ルピー程度、約4000円となる。なので私はいつも列車に乗る時は2等車両と決めている。

イ ンドの鉄道駅は非常に不衛生だ。おしっこの匂いで包まれている。数年ぶりに夜行列車に乗るのだが、まあ、私もよくこんなところに一人でいて、これから列車 に乗れるものだと、自分で自分に呆れ、少し惨めな気分になってくる。数年前は学生だったからこんなちょっとリスキーな場所にいても若気の至りとして許され たかもしれないが、もう社会人なんだから何で好き好んでこんなところにいるのかと。

それはいいとして、ところで、インドの鉄道の乗り方は非常に難しい。

購入したチケットには何番の何等席の車両の何番シートなのかが記入されているのだが、車両には何番だと書かれていないのだ。正確に言うと、何か数字は書かれているのだが、全く席のランクと一致していないのだ。

周りの人たちに聞いても、この等の車両なら、前側だろう、後側だろうと、意見がバラバラで、よく分かっていない様子。議論好きで目新しい物好きのインド人たちは、外国人の私の周りでワーワーと意見を言い合っているのだが、全く役に立たないのである。

と りあえず比較的お金持ってそうな見た目で、自分と同じように値段が高い席のチケットを購入した人たちの近くで列車を待ったのだが、いざ列車が来た時には、 やっぱり自分の席がある車両はこれではないのではないかと、あたふたと急いで前に後ろにウロウロするのである。通常列車は駅に到着したら5分くらい停まる らしいのだが、その時は違った。

たった1分程度で列車が動きだし、まだ自分の車両が見つからない私は、とりあえず急いで動き出した列車の一番近くのドアから乗り込むのである。

おっとっと。

相当違う車両に乗ってしまった。

中は人でギューギュー。私の後からも誰かが乗ってきて押してくる。

これは、インドの列車と言えば多くの人が想像する、もしくは、バックパッカー外国人が好んで乗り武勇伝を作ろうとする、あのエアコン無しのスリーパークラスの車両に違いない。

車両と車両間を移動できるドアらしきものがあったため、開けて移動しようと思っても、開かない。何のためのドアなの?!

このまま乗車率何百パーセントの混雑した場所で11時間も乗り続けるつもりはもちろんない。私は車両の中に押し込まれないように、誰かに助けてもらうように、なりふり構わず、列車のチケットを握りしめた拳を振り上げ、

「私の2等席車両はどこーーーーーー!?!?」

と騒ぎ立てる。

私はちょうどその時インド人男たちに囲まれていたのだが、この男たちが良い人たちだった。2等席車両の場所についてあれこれ相談してくれている(のだと思う)。彼らがヒンディー語で相談している間にも、私はお行儀悪く、「私の車両どこ?ど こ?」とあたふたしている。そのうち一人の英語を話せるインド人男性が、ドアのない列車の乗車口の外へ手を出し、前を示して、「あっちにあるよ。15分で次の駅に 着くから、その時に移動するといい。そこにいる人が車両を案内してくれるよ」と言ってくれ、私は後ろを振り向くと、また違うインド人男性が「へいへい」と頷く。

次の駅に到着し、インド人と私は今いる車両から降り、私はインド人について行く。「列車がすぐに出発するから、走れー」と走っていき、私も走る。

(こやつを信じていいのか?)と疑問に感じながらも、走る。

数車両分走った後、インド人は「ここだよ!」とその車両を指す。私はありがとうと言い、乗り込むのである。

乗り込んだ車両は・・・ビンゴ。

さっきみたいにギューギューではなく、数少ない乗客たちが十分なスペースがある場所でくつろいでいる。私はどうやら、自分の車両に辿り着いたようだ。

ふぅ。

実は私は知っているのだ。
ギャーギャー騒いで困ったアピールをすれば、必ず誰かが助けてくれると。

だって、ここはインドだから。インド人はお節介焼きで、実は優しいから。

"求めよ、さらば与えられん。"

それが通用する国と人たち。"阿吽の呼吸"が通用しない国と人たち。

そっちのほうに心地よさを感じてきているのは、事実である。

・・・・・でも。

もう列車には乗りたくないかな。だって、車両の中でも、2等席クラスでも、おしっこの匂いがするんだもの!!!

【おまけ】
 インド映画の中の列車のシーンで有名なのがこちら。



1998年公開の"Dil Se Re"という映画のミュージックシーン"Chaiyya Chaiyya"。勢い良く走っている列車の上で俳優さん&エキストラたちが踊っているのは、CGではなく、実写だとのこと。すごい!!



2015/06/19

無意味だったかもしれないクレーム




「これ、タンドリー・ロティじゃない!これチャパティなんだけど!何でチャパティ?私が頼んだのはロティ!チャパティではないの!」

私はいつも通り、怒りを表現するために声を荒げていた。

レストランで、タンドリー・ロティというインドのパンを持ち帰り用に頼んだのだが、今レストランはオープンしたばかりで、他の店から買ってくるから待ってくれと言われた。

10分くらい待つと、誰かが紙袋に入ったインドのパンを持ってきた。

ちょっとお腹が空いていたので、一口食べる。

・・・・・・・ん?私の知ってるロティの味がしない。この味は・・・チャパティ。
パンを見てみると、見た目もチャパティ。

私が知っているロティは、見た目は花びらが何枚も重なったようなパンで、味もバターのまろやかな味がするのだ。

でも、今私が受け取ったのは、見た目が平べったく、粉の味が強いチャパティ。

私が強い口調で指摘をすると、インド人男性スタッフたちは、口々に意見を述べる。

「いや、これはロティだ」

「いや、これはチャパティだ」

「いや、そもそも君が頼んだのはチャパティだ」

「いや、これはロティだ」

「いや、君が頼んだのはチャパティだ」

「いや、これはロティだと思うよ」(←おいっ!)

言いたい放題言わせておけば、好き勝手なことばかり言うんだから、もう!

「“思う”って何よ!あなた、インド人でしょうが!インド人なんだから、チャパティとロティの違いくらい、知ってるでしょ!私が外国人だから、味の違いがわからないなんて思っていたら、大間違いだからね。私、チャパティの味が嫌いなの。しかも、私この前ここのレストランに来た時に同じタンドリー・ロティを頼んだけれども、こんな見た目じゃなかったもの。今すぐ変えるか、払った50ルピー返してちょうだい!」

なぜかクレームを付けているときが、一番英語がスムーズになる。
ああ、私は完全なるクレーマー。

「いや、ちょっと待ってて・・・・」

という言い訳を遮り、「それだったら、すぐにお金を返してちょうだい!」とピシャリ。

本当はそこまで怒ってはいないのだけれども、私の迫力に圧倒されたのか、「ははー、ただちに返金いたしまする」とインド人。

超高飛車な女帝のごとく、その場を立ち去る私。

家に帰ってから、ちょっとだけチャパティとロティの違いに疑問を持って、Googleで検索をしてみた。

チャパティとロティ、それぞれGoogleイメージの写真で見てみたら・・・・

えーっと・・・

違いが、よくわからない。

Googleで見つけた、タンドリーロティ

Googleで見つけた、チャパティ

私が頼みたかったもの。どうやら、パラタというらしい・・・

もう少し調べてみると、チャパティは全粒粉だけを使って発酵させないで鉄板で焼いたもの、ロティは強力粉と全粒粉を使ってイーストで発酵させたものらしい。

が、ある人は、チャパティとロティは同じだと言うらしい。

・・・・・・・

あーあ、またやっちゃった。

また私の勘違いで勝手にクレームをつけて、わがままを通して、周りのインド人たちを圧倒させちゃったのかもしれない。

でも、たとえチャパティとロティの違いが曖昧だったとしても、やっぱり、私が同じレストランで前に頼んだロティとは、違かったもの!やっぱり、同じメニューを頼んだら、同じ料理が出てくるのが当たり前だもの!

そう自分で、怒った理由を正当化する。

クレーマー、クレーマー。
少しは、気をつけないと・・・

でも、あの私が食べたかったバター風味の花びらの形をしたインドのパンの名前は、一体何て言うんだろう?

気になる。

2015/06/12

インドだって、「オシャレ物件」だったら日本になんか負けてない




ただ家賃と立地と広さだけを考慮に入れた物件探しから、デザイン性・個性も重要視して物件探しをする人たちが、少しずつじわじわと日本の表に現れ始めたらしい。

部屋のデザイン性にこだわりたい私としては、とても歓迎すべきことだ。だって、日本でオシャレな空間を持つ物件を見つけることは、とっても難しいもの。

ちなみに私の実家は一軒家。外見まあまあ広そうなお家なのに、中はなぜか狭く感じるのだ。変な間取りのせいで、リビングも寝室もキッチンも狭いし、天井が低過ぎてさらに狭い。どういう理由で、こんな間取りになったの?といつも私は文句を言っていた。

そんな狭い家から離れるために、一人暮らし用の物件を探していたけれども、やっぱりどこも狭くて、オシャレではなくて、どこも似たような味気ない部屋だった。本当に、自分が住みたい!と思える物件は見つからなかった。

そんな狭くて味気ない物件に不満を持っている人たちの手助けとなる、「オシャレ物件」「ユニーク物件」だけ!!を集めた不動産サイトが日本で注目され始めているらしい。

例えば、 『東京R不動産』(http://www.realtokyoestate.co.jp/)。結構この不動産サイトは昔からあったみたいだけれども、特に最近勢いづいているみたいだ。だって、最近、東京テレビの「ワールドビジネスサテライト」で取り上げられていたもの。ただ単にオシャレ物件を集めているだけではなく、その紹介を丁寧にしているところが売りらしい。

『東京R不動産』サイトから切り抜き(2015年6月現在)

この物件、すーーーーっごく素敵!買いたい!買えるなら!

オンラインショッピングサイトでファッションのウィンドウショッピングをしている時のように、こんな素敵な物件が集まる不動産サイトをただ眺めるのは、すっごく楽しい。

いつか私が日本に帰ったら、こういう味のある物件に住むんだ!物件を決めてから、仕事を探そう!と本気で思っている。

とは言っても、分かっているのだ。現実問題、日本に帰っても、そんなに魅力的な家には住めないと。だって、魅力的な家は、家賃が高いもの。

そう考えると、私が今いるインドはなかなか悪くない。なかなかの「ユニーク物件」に出会う確率が、日本よりもあるのではないかと思う。

あ、「ユニーク物件」と聞いて、あなたは、


こんな中での生活が外様に筒抜けになるようにできている、壊れかけの(もしくは作りかけの)家だとか・・・


いつ、何かがあっても全くおかしくない、ハラハラドキドキのお家を思い浮かべたでしょう!!

違うから!!!(まあ、そいうのも、たーーーーくさんあるけど・・・)

インドには、意外にも、内装がオシャレな物件が、ちゃんと探せばある。

例えば、今私が住んでいる物件。家賃約5万円のスタジオルーム(一人暮らし・カップル用の物件。インドで探すのはちょっと苦労する)だけれども、日本で同じ額だけ払って借りられる部屋と比べたら、圧倒的に広いし、付属品も充実しているし、そしてオシャレ。

お家の玄関。デザインはヨーロピアン風でオシャレだけど、実は問題があり・・・

天井まで伸びている収納ラック。この物件の決め手になった一つ。
 こんな感じ。

部屋は1フロア全部を使っていて、部屋の中にミニ階段がついているから、空間に立体感が出ていて、独特な部屋作りとなっている。インドではよくあるのだが、ベッドやエアコンやソファーなど全て最初から備わっていて("Furnished apartment"という)、そのセンスもインドでは運がいいことに、統一感があってなかなか洗練されているので、ほぼ全てにおいて、私の完璧なお部屋なのだ。

”ほぼ”というのは、やっぱり問題点も結構あるから。

インドは結構家の見た目にはこだわるみたいだが、家の構造だとか機能性を重要視していないらしい。

そのおかげで、家に隙間があって、外から塵が入ってきて毎日掃除しなければいけないし、毎日ヤモリさんに遭遇する羽目になる。そして、1週間に1回程度はにっくきゴキブリ様にもお会いする。

しかも、ドアはオシャレだけれども、ガラス素材を使っているから、泥棒がドアを壊して入って来れるようになっている。セキュリティーが最悪なのだ。

それに、停電もあるし、水の質も悪いし・・・(これは家の作りの問題ではないけど。)

でも、そんな不都合があっても、私は今の家が好きだ。インドにも高層マンションがあって、まあまあ建物の作りがしっかりしているマンションもあるけれども、"清潔"ではあるかもしれないが、"オシャレ"ではないところが多い気がする。私はあえて、機能性よりもデザイン性を重視します、ここインドでは。

さて、そんな「オシャレ物件」をインドでどう探すのか? ー これは、日本同様難しい。特に外国人にとっては。私もインド生活半年経った頃から、ようやく物件探しが分かってきた感じだ。

インドでの「オシャレ物件」の探し方、その1:高級住宅地にある物件を探す

例えば、デリーだったらDefence Colonyだとか。高級住宅地にある家は外観からオシャレだし、中もきっとオシャレ。

インドでの「オシャレ物件」の探し方、その2:ネット検索

もちろん、インドにも不動産サイトはある。でも、実際に見学に行くまで、信用はおけない。し、見学の問い合わせをしても意味不明なことが多々ある。

それでも根気よく探せば、いい物件にありつけることもある。

そんな物件に出会えそうな不動産サイトは、例えば、「Magic Bricks」(http://www.magicbricks.com/property-for-sale-rent/residential-real-estate?hpr=LOGO)だとか、「Housing」(https://housing.com/in)。

『東京R不動産』のようなサイトはインドで多分ないだろうけれども、インドのサイト「Housing」は、ちょっと近いのではないかと思う。

(本来であれば当たり前なのだろうが) 検索しやすいし、写真もちゃんとあるし、サイトもモダンな感じ。そして、掲載されている物件の写真を見ると、なかなかオシャレな部屋が多い!

例えば、こんなの。

『Housing』サイトから切り抜き(2015年6月現在)
1LDKで家賃15万円は高過ぎて私には手が届かないけれども、でももし会社のお金で借りられるんだったら、ここに住みたいなー!ホテルのスイートルームみたいだもん!

こんな感じに、「オシャレ物件」が『Housing』には多い感じだが、気をつけないのは、バックアップ無しの物件が多いということ。どんなにデザイン重視の私でも、さすがに停電したときのバックアップがないという機能性最悪の場所には住めない。

ということで、インドでの物件探しには注意と苦労が必要。。。。でも、「オシャレ物件」に出会ったときの感動は、日本以上。


と、終わりたいのだけれども!!!最後にこれだけは言っておきたい。

西側の芝生は青すぎるーーー!!!

何が言いたいかというと、私は知ってしまったのだ、ドイツの家賃はもの凄く安いと。月400ー500ユーロで借りられるらしい。そしてもちろん、日本の家より広いらしい。

400ユーロと言ったら、約5万円。今の私のインドの家賃と同じ。インドの物価から考えたら、5万円とか高いのに、それと同じ値段で、本場ヨーロピアンのお家に住めるなんて、ずるい!

インドでは、停電とかゴキブリとか塵とかで悩まされて5万円なのに、そんな問題無しに5万で家が借りられるドイツ在住者、ずるい!

ドイツに住める方法を今から考えなきゃ・・・・・

【関連リンク】
突然ですが、インドに引っ越します  

2015/06/09

映画『新しい靴を買わなくちゃ』に共感する10のこと





(※完全なネタバレになるので、ご注意ください。というよりも、映画を観てから読まないと、以下、何について書いているのか理解できないです。)

パリに2日間だけ旅行をしてから、観てみたかった日本の映画『新しい靴を買わなくちゃ』(2012年公開)。

どういう話かは知らないけれども、パリで出会った男女を描くラブコメディーだということは知っていた。

観てみると、ストーリーはこんな感じ↓↓↓

妹 に強制的にパリへの旅行へ連れてこられた、カメラマンのセン(演:向井理、以降『向井理』) は、なぜか妹に置いてけぼりにされ、路頭に迷っていた。そこで、「コントか!!」とツッコンでしまうシチュエーションで出会ったのが、パリ在住で日本人向 けフリーペーパーの編集長をしている、(なんだか情緒不安定のような)アオイ(演:中山美穂、以降『中山美穂』)。現実ではあり得ないようなシチュエー ションによって、2人はパリで3日間一緒に過ごし、お互いに惹かれあっていく・・・が、向井理は帰国日にパリに留まることをせずに、妹とともに日本へ帰っ て行った・・・という最後は現実的な感じで幕を閉じるストーリー。

物語の説明に、個人的な解釈を入れてしまって、ごめんなさい。。。

でも、本当にツッコミどころ満載な映画だった!!

だって、中山美穂が向井理が落としたパスポートに躓いてもの凄く変に転んでいるところを助けたのが出会いだなんて、絶対ない!

しかも、この時の中山美穂は完全に情緒不安定なおばさんなのに、向井理が興味を引かれるなんていう設定も、強引すぎる!

それに、ところどころ向井理の妹とその彼氏のストーリーがちりばめられているのも、何なんだ?!という感じ。(ここでは、妹とその彼氏のことについては全く触れませんのでご了承ください。)

でも、そんな批判は他のサイトでも読めるので、とりあえず置いといて。

代わりに、そんなツッコミどころ満載のストーリーの中で、いち海外在住者として(まだまだ私は新米だけど)、また、いち旅行好き人間として、妙に共感してしまう、現実でもあり得る点をご紹介。


1. 日本人向けフリーペーパーというのは存在する


だから、中山美穂がフリーペーパーの編集記者っていうのも、なきにしもあらず。


2. 日本人の微笑みは、時には"拒絶"という意味である


フリーペーパーの記事の題材となるイースターエッグに関する取材で、 フランス人のパティシエをインタビューしに行った中山美穂。記事の写真はイースターエッグのみにしようと思っているのに、パティシエは「自分も一緒に写っ たほうがいいだろう?」とポーズをとり始める。必要ないけれども、仕方なしに写真を撮る中山美穂の微笑みは、まさに拒絶そのもの。邪険な態度にならずにや んわりと断っているつもりで、日本人は微笑むのだと思うけれども、日本人からしてみれば、結構あからさまで逆に失礼な態度ではないかと思う。でも、そん な"拒絶"を意味する微笑みを外国人は理解していないだろうから、構わないのかもしれないけれども。



3. 海外在住が長くなると、生粋の日本人と話す機会があると嬉しくなる(人もいる)


向井理のパス ポートを踏みつけてボロボロにしたくせに、「私忙しいから行かなくちゃ」と 名刺を渡して行ってしまった中山美穂。(この時に中山美穂のハイヒールの踵が取れて、"新しい靴を買わなくちゃ"となる。)そんな忙しそうな中山美穂だか ら、向井理から「パスポート何とかなりそうです」という留守電をもらった時、そのまま、「そうか、よかったわ」とし、そのままにするかと思いきや(まあ、 ここでそのまま終わりだとストーリーが展開しないのだけれども)、電話をかけ直し、わざわざ丁寧に、もの凄く楽しそうに、道に迷ったままの向井理をホテル まで音声ガイドをしてあげる。しかも、ちゃっかり自分もホテルに向かい、向井理をお出迎え。

普通、パスポートをぼろぼろにしちゃったからと、ここまでするかしら?しないと思う!

実は中山美穂は、もの凄いお人好しだったから?—いや、違う。

これは絶対に、"日本から来た日本人"に久しぶりに出会って、舞い上がったからだ。

パリ在住の日本人って結構いるけど、中山美穂はあんまり日本人に関わっている感じの役柄ではないし、 それに関わっていたとしても、海外在住の日本人って、"日本に住んでいる日本人"とは、ちょっと違う。

だから、"日本から来た日本人"と接すると、何だか新鮮、ワクワク。

それに、道に迷っている人を助けている私って、ちょっとカッコいいかも、なんて思ってしまう。


4.しかも、その日本人が異性だったら、もう少し一緒に長く過ごしたいと思う(人もいる)


特に中山美穂みたいに、海外で独り身だったら。今生きている世界で、何のロマンスもなかったら、外の世界からやってきた人とのロマンスに期待してみるのも、いけないわけではないはずだもの。


5. そんな時にどうすればいいかと言ったら、一緒にご飯に行った時に、酔っぱらったふりをして、家まで送ってもらうに限る(ご飯にまで誘うことができたなら)


だって、酔っぱらった人を置いてけぼりにする冷たい人なんていないでしょ?


6.  海外在住が長くなれば長くなるほど、日本には帰りづらくなるし、帰っても浮いてしまうんだろうと分かっている。でも、それでも日本に帰りたい思いはある


酔っぱらった(もしくは、酔っぱらったふりを完璧に成し遂げた)中山美穂は、向井理にタクシーで送ってもらい、住所を聞かれた際に、パリの住所ではなく、日本の住所を口にする。そして、「日本に帰りたいなー。東京タワー見たいなー」と。

この中山美穂、もうパリに長くいすぎて、もう日本に帰っても馴染めない感で包まれている。多分、自分でも、日本に馴染むのは難しいと分かっているだろう。

それでも、やっぱり故郷は故郷。どんな場所であっても、自分が離れることを決めた場所であっても、やっぱり故郷に対する愛着はどこかにある。


7. 海外在住者は何かしらの人には言えない大きな悲しみを抱えている(人が多いはず)


中山美穂の人には言えない(出会って間もない向井理には言っちゃったけど)大きな悲しみとは、若かりし頃にフランス人と結婚&離婚を経験し、一人で育ててきた息子も早くに亡くしてしまったという過去を背負っているということ。

こんな話の展開になってしまうと、今までのご都合主義的なストーリー展開も、それまで何だか怪しい動き方、話し方をする中山美穂のこともすっかり忘れて、というよりも、この言動の裏にはこういう過去があったのかと納得してしまうほど、中山美穂に共感してしまう。

だって、こういう何かを抱えている人がいること、知っているから。

何を抱えているのかは知らないけれども。

自分で選んで海外に出て行った人たち、自分の意志ではなく海外に来てしまった人たち、それぞれ、自分の生まれた国に居続けていれば持つ必要もなかったもしれない、それなりの覚悟と、思いと、経験を持っている。

特に、この映画の中山美穂みたいに、自分の意志で海外に出て行った人たちは、それなりの、(自分の国を出て行った)人にはなかなか理解してもらえない理由を持っているし、ある意味いばらの道を歩んでいる。

でも、そんな自分のことを語っても仕方がないから、普通は何も語らない。

8. 旅行中で思い出に残るのは、どこに行って、何を見たか、ではなく、誰と何をしたか



こ の映画の舞台はパリだから、パリの街並み・観光名所が登場するけれども、正直あまりそういうパリの街並みとかが印象に残らない。なんだか、申し訳ない程度 に、「とりあえず、パリの街並みも映像に追加しておきました」っていう感じ。だって、中山美穂と向井理のやり取りが、ほぼ室内で展開されているのだもの。 最初と最後だけ、観光している感じ。

だから、正直、この映画の物語はフランスのパリでなくてもよかったんだと思う。

イタリアのローマでも、インドのデリーでもよかったのだ。(うーん、デリーが舞台だと少々状況を変えないといけないかもだけど・・・)

向井理が日本に帰って、友達に「パリはどうだった?どこが良かった?」と聞かれた時、まず思い起こすのはセーヌ川でも、エッフェル塔でもなく、中山美穂である。

自 分は彼女に出会って恋に落ちた。彼女に出会った場所は・・・そう、セーヌ川のほとりだった。 彼女に電話越しでガイドしてもらいながら、ホテルまでの間に凱旋門も見たなあ。パリ滞在の最後の日は、彼女の一番のお気に入りの場所、エッフェル塔をボー トの上から見たっけ。。。

こんな感じ。

もちろん旅の思い出の中に、行った場所 は登場するけれども、それは二の次。強烈な思い出はいつだって、「何をしたのか」。そして「誰と過ごしていたのか」。場所はその引き立て役である。どんな に美しい場所だって、美しい建物だって、「美しいな」と感じさせてくれるけれども、それだけ。(もし、あなたがアーティストだったら、もっと違うインスピ レーションを得られるだろうが。)普通の人は、そこにある存在・事実よりも、ストーリーに心を掻立てられるのである。

9. 旅行中の出会いは、所詮、非現実的なひとときの中での出会い


まさかまさか、この映画の結末は、向井理がそのまま帰国するという、現実的すぎる展開で終わってしまう。でも、向井理が日本に帰ったのは、全くもって正しい。

だって、旅行ってある種の現実逃避だもの。

そんな非現実的な中での出会いは、所詮、非現実的なものだもの。

い くら3日間、お互いに電撃的で、運命的な時間を一緒に過ごしていたとしても、あまりにも今まで生きてきた世界が違いすぎる。たとえ3日間の中で、向井理が 中山美穂の過去を知ったとしても、やっぱり中山美穂に恋に落ちた理由がよくわからない。逆に、中山美穂が向井理に恋に落ちた理由もよくわからない。端から 見ると、お互いに個人を好きになったのではなく、非日常的な存在に対する憧れに恋したのではないかな、なんて思ってしまう部分もある。

もしくは、ある意味、限られた時間の中での出会いだったから、3日間だけでも2人は近い関係になったのかもしれない。終わりがあることは分かっているけれども、それでも一緒にいたいというような。

きっと、非現実的なシチュエーションだったから、非現実的な展開を繰り広げられたのかもしれない。

10. そんな非現実的なシチュエーションでの出会いでも、現実を生きる上では大切な出会いとなりえる



この映画の結末で私が思い出したのは、私が大好きな映画『ローマの休日』 。親善旅行先のローマで宮殿から抜け出した王女のオードリー・ヘップバーンは、一緒に時間を過ごした新聞記者に恋に落ちるも、最後には駆け落ちをせずに、 もとの生活に戻ることに決める。なぜなら、自分が戻らなければいけない場所があるから。

でも、オードリーは映画の最後で、こう言う。

「私が生きている限り、ここ(ローマ)での思い出を大切にします。」

『新しい靴を買わなくちゃ』と『ローマの休日』では、かなり映画の描き方が違うけれども、ストーリーの方向性は同じだと思う。

『新しい靴を買わなくちゃ』はちょっと表現が物足りなかったのではないかと思わずにはいられないが、それでも結末としては、 過去を引きずっていた中山美穂が、向井理と出会ったおかげで、一歩前に踏み出した、また、日本でのキャリアに悩んでいた向井理も、中山美穂と出会ったおかげで、一歩前に踏み出した、というようになっている。

こういうことは、きっと映画の外でもありえる。

だから、こんな映画のような出会いをもし現実で体験することになったらーここまでトントン拍子で上手くことが進むなんてありえないけれどもーその出会いを楽しんで、大切な時間として作り上げるのも、なかなかいいのかもしれない。




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