2015/06/09

映画『新しい靴を買わなくちゃ』に共感する10のこと





(※完全なネタバレになるので、ご注意ください。というよりも、映画を観てから読まないと、以下、何について書いているのか理解できないです。)

パリに2日間だけ旅行をしてから、観てみたかった日本の映画『新しい靴を買わなくちゃ』(2012年公開)。

どういう話かは知らないけれども、パリで出会った男女を描くラブコメディーだということは知っていた。

観てみると、ストーリーはこんな感じ↓↓↓

妹 に強制的にパリへの旅行へ連れてこられた、カメラマンのセン(演:向井理、以降『向井理』) は、なぜか妹に置いてけぼりにされ、路頭に迷っていた。そこで、「コントか!!」とツッコンでしまうシチュエーションで出会ったのが、パリ在住で日本人向 けフリーペーパーの編集長をしている、(なんだか情緒不安定のような)アオイ(演:中山美穂、以降『中山美穂』)。現実ではあり得ないようなシチュエー ションによって、2人はパリで3日間一緒に過ごし、お互いに惹かれあっていく・・・が、向井理は帰国日にパリに留まることをせずに、妹とともに日本へ帰っ て行った・・・という最後は現実的な感じで幕を閉じるストーリー。

物語の説明に、個人的な解釈を入れてしまって、ごめんなさい。。。

でも、本当にツッコミどころ満載な映画だった!!

だって、中山美穂が向井理が落としたパスポートに躓いてもの凄く変に転んでいるところを助けたのが出会いだなんて、絶対ない!

しかも、この時の中山美穂は完全に情緒不安定なおばさんなのに、向井理が興味を引かれるなんていう設定も、強引すぎる!

それに、ところどころ向井理の妹とその彼氏のストーリーがちりばめられているのも、何なんだ?!という感じ。(ここでは、妹とその彼氏のことについては全く触れませんのでご了承ください。)

でも、そんな批判は他のサイトでも読めるので、とりあえず置いといて。

代わりに、そんなツッコミどころ満載のストーリーの中で、いち海外在住者として(まだまだ私は新米だけど)、また、いち旅行好き人間として、妙に共感してしまう、現実でもあり得る点をご紹介。


1. 日本人向けフリーペーパーというのは存在する


だから、中山美穂がフリーペーパーの編集記者っていうのも、なきにしもあらず。


2. 日本人の微笑みは、時には"拒絶"という意味である


フリーペーパーの記事の題材となるイースターエッグに関する取材で、 フランス人のパティシエをインタビューしに行った中山美穂。記事の写真はイースターエッグのみにしようと思っているのに、パティシエは「自分も一緒に写っ たほうがいいだろう?」とポーズをとり始める。必要ないけれども、仕方なしに写真を撮る中山美穂の微笑みは、まさに拒絶そのもの。邪険な態度にならずにや んわりと断っているつもりで、日本人は微笑むのだと思うけれども、日本人からしてみれば、結構あからさまで逆に失礼な態度ではないかと思う。でも、そん な"拒絶"を意味する微笑みを外国人は理解していないだろうから、構わないのかもしれないけれども。



3. 海外在住が長くなると、生粋の日本人と話す機会があると嬉しくなる(人もいる)


向井理のパス ポートを踏みつけてボロボロにしたくせに、「私忙しいから行かなくちゃ」と 名刺を渡して行ってしまった中山美穂。(この時に中山美穂のハイヒールの踵が取れて、"新しい靴を買わなくちゃ"となる。)そんな忙しそうな中山美穂だか ら、向井理から「パスポート何とかなりそうです」という留守電をもらった時、そのまま、「そうか、よかったわ」とし、そのままにするかと思いきや(まあ、 ここでそのまま終わりだとストーリーが展開しないのだけれども)、電話をかけ直し、わざわざ丁寧に、もの凄く楽しそうに、道に迷ったままの向井理をホテル まで音声ガイドをしてあげる。しかも、ちゃっかり自分もホテルに向かい、向井理をお出迎え。

普通、パスポートをぼろぼろにしちゃったからと、ここまでするかしら?しないと思う!

実は中山美穂は、もの凄いお人好しだったから?—いや、違う。

これは絶対に、"日本から来た日本人"に久しぶりに出会って、舞い上がったからだ。

パリ在住の日本人って結構いるけど、中山美穂はあんまり日本人に関わっている感じの役柄ではないし、 それに関わっていたとしても、海外在住の日本人って、"日本に住んでいる日本人"とは、ちょっと違う。

だから、"日本から来た日本人"と接すると、何だか新鮮、ワクワク。

それに、道に迷っている人を助けている私って、ちょっとカッコいいかも、なんて思ってしまう。


4.しかも、その日本人が異性だったら、もう少し一緒に長く過ごしたいと思う(人もいる)


特に中山美穂みたいに、海外で独り身だったら。今生きている世界で、何のロマンスもなかったら、外の世界からやってきた人とのロマンスに期待してみるのも、いけないわけではないはずだもの。


5. そんな時にどうすればいいかと言ったら、一緒にご飯に行った時に、酔っぱらったふりをして、家まで送ってもらうに限る(ご飯にまで誘うことができたなら)


だって、酔っぱらった人を置いてけぼりにする冷たい人なんていないでしょ?


6.  海外在住が長くなれば長くなるほど、日本には帰りづらくなるし、帰っても浮いてしまうんだろうと分かっている。でも、それでも日本に帰りたい思いはある


酔っぱらった(もしくは、酔っぱらったふりを完璧に成し遂げた)中山美穂は、向井理にタクシーで送ってもらい、住所を聞かれた際に、パリの住所ではなく、日本の住所を口にする。そして、「日本に帰りたいなー。東京タワー見たいなー」と。

この中山美穂、もうパリに長くいすぎて、もう日本に帰っても馴染めない感で包まれている。多分、自分でも、日本に馴染むのは難しいと分かっているだろう。

それでも、やっぱり故郷は故郷。どんな場所であっても、自分が離れることを決めた場所であっても、やっぱり故郷に対する愛着はどこかにある。


7. 海外在住者は何かしらの人には言えない大きな悲しみを抱えている(人が多いはず)


中山美穂の人には言えない(出会って間もない向井理には言っちゃったけど)大きな悲しみとは、若かりし頃にフランス人と結婚&離婚を経験し、一人で育ててきた息子も早くに亡くしてしまったという過去を背負っているということ。

こんな話の展開になってしまうと、今までのご都合主義的なストーリー展開も、それまで何だか怪しい動き方、話し方をする中山美穂のこともすっかり忘れて、というよりも、この言動の裏にはこういう過去があったのかと納得してしまうほど、中山美穂に共感してしまう。

だって、こういう何かを抱えている人がいること、知っているから。

何を抱えているのかは知らないけれども。

自分で選んで海外に出て行った人たち、自分の意志ではなく海外に来てしまった人たち、それぞれ、自分の生まれた国に居続けていれば持つ必要もなかったもしれない、それなりの覚悟と、思いと、経験を持っている。

特に、この映画の中山美穂みたいに、自分の意志で海外に出て行った人たちは、それなりの、(自分の国を出て行った)人にはなかなか理解してもらえない理由を持っているし、ある意味いばらの道を歩んでいる。

でも、そんな自分のことを語っても仕方がないから、普通は何も語らない。

8. 旅行中で思い出に残るのは、どこに行って、何を見たか、ではなく、誰と何をしたか



こ の映画の舞台はパリだから、パリの街並み・観光名所が登場するけれども、正直あまりそういうパリの街並みとかが印象に残らない。なんだか、申し訳ない程度 に、「とりあえず、パリの街並みも映像に追加しておきました」っていう感じ。だって、中山美穂と向井理のやり取りが、ほぼ室内で展開されているのだもの。 最初と最後だけ、観光している感じ。

だから、正直、この映画の物語はフランスのパリでなくてもよかったんだと思う。

イタリアのローマでも、インドのデリーでもよかったのだ。(うーん、デリーが舞台だと少々状況を変えないといけないかもだけど・・・)

向井理が日本に帰って、友達に「パリはどうだった?どこが良かった?」と聞かれた時、まず思い起こすのはセーヌ川でも、エッフェル塔でもなく、中山美穂である。

自 分は彼女に出会って恋に落ちた。彼女に出会った場所は・・・そう、セーヌ川のほとりだった。 彼女に電話越しでガイドしてもらいながら、ホテルまでの間に凱旋門も見たなあ。パリ滞在の最後の日は、彼女の一番のお気に入りの場所、エッフェル塔をボー トの上から見たっけ。。。

こんな感じ。

もちろん旅の思い出の中に、行った場所 は登場するけれども、それは二の次。強烈な思い出はいつだって、「何をしたのか」。そして「誰と過ごしていたのか」。場所はその引き立て役である。どんな に美しい場所だって、美しい建物だって、「美しいな」と感じさせてくれるけれども、それだけ。(もし、あなたがアーティストだったら、もっと違うインスピ レーションを得られるだろうが。)普通の人は、そこにある存在・事実よりも、ストーリーに心を掻立てられるのである。

9. 旅行中の出会いは、所詮、非現実的なひとときの中での出会い


まさかまさか、この映画の結末は、向井理がそのまま帰国するという、現実的すぎる展開で終わってしまう。でも、向井理が日本に帰ったのは、全くもって正しい。

だって、旅行ってある種の現実逃避だもの。

そんな非現実的な中での出会いは、所詮、非現実的なものだもの。

い くら3日間、お互いに電撃的で、運命的な時間を一緒に過ごしていたとしても、あまりにも今まで生きてきた世界が違いすぎる。たとえ3日間の中で、向井理が 中山美穂の過去を知ったとしても、やっぱり中山美穂に恋に落ちた理由がよくわからない。逆に、中山美穂が向井理に恋に落ちた理由もよくわからない。端から 見ると、お互いに個人を好きになったのではなく、非日常的な存在に対する憧れに恋したのではないかな、なんて思ってしまう部分もある。

もしくは、ある意味、限られた時間の中での出会いだったから、3日間だけでも2人は近い関係になったのかもしれない。終わりがあることは分かっているけれども、それでも一緒にいたいというような。

きっと、非現実的なシチュエーションだったから、非現実的な展開を繰り広げられたのかもしれない。

10. そんな非現実的なシチュエーションでの出会いでも、現実を生きる上では大切な出会いとなりえる



この映画の結末で私が思い出したのは、私が大好きな映画『ローマの休日』 。親善旅行先のローマで宮殿から抜け出した王女のオードリー・ヘップバーンは、一緒に時間を過ごした新聞記者に恋に落ちるも、最後には駆け落ちをせずに、 もとの生活に戻ることに決める。なぜなら、自分が戻らなければいけない場所があるから。

でも、オードリーは映画の最後で、こう言う。

「私が生きている限り、ここ(ローマ)での思い出を大切にします。」

『新しい靴を買わなくちゃ』と『ローマの休日』では、かなり映画の描き方が違うけれども、ストーリーの方向性は同じだと思う。

『新しい靴を買わなくちゃ』はちょっと表現が物足りなかったのではないかと思わずにはいられないが、それでも結末としては、 過去を引きずっていた中山美穂が、向井理と出会ったおかげで、一歩前に踏み出した、また、日本でのキャリアに悩んでいた向井理も、中山美穂と出会ったおかげで、一歩前に踏み出した、というようになっている。

こういうことは、きっと映画の外でもありえる。

だから、こんな映画のような出会いをもし現実で体験することになったらーここまでトントン拍子で上手くことが進むなんてありえないけれどもーその出会いを楽しんで、大切な時間として作り上げるのも、なかなかいいのかもしれない。




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