2015/07/08

雨の日と月曜日は







仕事始めの月曜日だというのに、遊びほうけて夜中遅くに家に帰ってくる。
正確に言えば、もう火曜日だけど。
まだ外は暗いから、月曜日の夜中ということにしておこう。

うーん、眠たい。
うーん、フラフラする。
うーん、もう動きたくないし、言葉も発したくない。

多分お酒を飲み過ぎて、酔っぱらったのだろうと思うものの、いや待てよ、私が飲んだのは、お茶とお水と甘ったるい赤ワイン一杯だけ。

確か私は「ワイン一杯だけで酔っぱらっちゃいましたー」と言えるか弱い女子キャラでもなければ、わざと酔っぱらった振りをする図太い女性でもない(し、する必要もない場所にいたし)。

というのであれば、この目眩がする感覚は一体なんなんだろうと考えながら、何とか自分の部屋に辿り着く。

あーあ、なんだかんだ言って、最終的にはちゃっかり自分で自分の部屋に戻れる意識を持っている自分が嫌。

部屋につくなり、ベッドに飛び込む。
明日ーというか、今日かーは早いからもうこのまま寝ちゃおうかと思いながらも、コンタクトレンズ付けっ放しだし、顔は洗ったほうが良いし・・・と迷う。

重たい体を(あ、私の体重は重くないです!)持ち上げて、風呂場に向かう。

むむむ。なんだか暗闇の中に更に黒い物体が見える。

これは・・・あの憎き組織の一味だ。

確か前に洗濯剤の粉でやっつけた記憶があるから、今は粉が見当たらないものの、代替武器として、 私のすぐ隣にある棚に置いてあったシャネルの5番の香水を、ちょっと遠くからながらも振りかけてみる。

翌日思い起こせば、シャネルの5番をゴキブリ退治に使おうと思うなんて、もったいないし、バカげているけれども、その時はなにしろ、月曜の夜中だったのだ。仕方がない。

もちろんゴキブリは死ぬ気配がなかった。そして更に酷いことに、お仲間もう1匹がいることに気がついた。

なんだかそのお仲間は私のほうに近づいてきているような感じだったので、とりあえず無意味な香水を使うのはやめて、怖い人間の存在を示すために、ティッシュペーパーの箱を床にバンバン叩き付けて大きな音を鳴らす。

私の存在に気づいて端っこに逃げてくゴキブリ。と、さっきから同じ場所に居続けるゴキブリ。

彼らが少し距離を置いていてくれる間に、私は急いで風呂場に駆け込み顔を洗う。

風呂場から出て行こうとした時に、弱肉強食の世界を見せつけられる。

とーっても小さい恐竜が、じっと固まっていた大きなゴキブリを餌として口に咥えていたのだ。ゴキちゃん1匹を退治してくれたことには感謝するけれども、この小さな恐竜がちょっと怖い。

きっと本当はヤモリかイモリの巨大バージョンなのだろうが、何しろしっぽが長いところとか、足がしっかりしているところとか、獲物を口にしているところとかが、ティラノサウルスっぽい。

ティラノサウルスは天井を逆さまの状態で走っていき、部屋の見えない隅に逃げていった。

あの大きい餌を子供たちに分け与えるのかしら、だとしたら、ティラノサウルスの子分たちも私の部屋に住んでいるのかしら、と謎に思いながらも、そしてまだ ゴキちゃんもう1匹が、ティラノサウルスに存在を気づかれないように端のところで固まっていることを知っていながらも、(まぁいいか)とベッドに戻る。

ベッドに横たわっていると、部屋の外から"ブヒ〜ン、ウヒ〜ン”という恐竜の鳴き声のような音が聞こえる。そんな耳障りな音がする中では寝れないから、音楽でも聴こうかとipadを開けてみると、wifi接続の選択に“jurassic park”とう接続先を見る。

ああ、そうか。私はジュラシック・パークに来てしまったのか。

と納得しながら、夢の中へ落ちていく。

そして火曜日の朝となり、目覚めると自分の部屋がシャネルの香水の匂いに包まれていることに気がつく。

なんとも優雅な朝になるはずなのだが、相変わらず外からは恐竜の鳴き声のような耳障りな音が聞こえる。

ここはジュラシック・パークではないという現実を考えると、 あの鳴き声は巨大化したヤモリかイモリかと最初は思うものの、最終的には、野良ブタの鳴き声に間違いないと頭の中で解決する。

野良ブタだなんて、まったく。

確か昨夜はゴキブリに遭遇したんだっけと思い出し、遭遇した場所を見渡すものの、もういない。

昨夜起こったことは全部夢だった、消えたゴキブリのように、仕事始めの月曜日の憂鬱なんて消えてしまえば良いのにとグダグダと思いながら支度をし、仕事先へと向かう。

今日は火曜日。
カーペンターズの曲『雨の日と月曜日は(Rainy Days and Mondays)』で歌われている"あの憂鬱な"月曜日は、もう昨日のこと。

それなのに、それなのに。

どうして月曜の次の日に雨が降るの?

しかも今日は7月7日。七夕なのに、織姫と彦星が会えないじゃない。

それに、それに。

どうしてそんなに大した雨でもないのに、さっき雨が降り始めたばかりなのに、どうして水がこんなにも氾濫して、道路が川のようになってしまうの?

わけがわからない。

客先からの帰り道、車の中から窓の外を眺める。

酷いところだと、水が車のタイヤの上まで到達している。
傘をさしていない人たちが、その川の中を歩いていき、ある子供は泳いでいる。
多くの人たちは雨から避難するために、木陰や建物の屋根の下で雨宿りをしている。

車の中にいて雨に濡れる心配のない私には、人ごとのように、その光景がなんだか滑稽に見えてしまう。

とは言いながらも、浸水した道路の上を大きく揺れながら走る車の中で、いつ車が倒れたりしないか、他の車にぶつけられたりしないか、とヒヤヒヤしながら命の危険を感じるのである。

雨ごときで、命の危険を感じるなんて。

職場に戻りたいと言う私を「この雨の中だと、道路もこんな状態で危険だから」とそのまま家に帰るように勧めるドライバー。ええ、知ってますよ、あなたがこれ以上道が渋滞する前に自分の家に帰りたいことは。

本当は仕事が残っているけれども、確かにこの道の状態にはウンザリだから、今日はそのまま家に帰ることにする。

少し早く家に帰ってきて何もすることがないので、自分に問いかける。

私は異国の土地インドで一人、一体何をしているの。
時々無性に感じるこの憂鬱な気分は一体何なの。

すると、こんな答えが聞こえてくるような気がする。 

こんなこと、もう全て投げ出したい。
だって、結局ここにも私の居場所はないから。
こんなところから逃げ出して、誰か私を愛してくれる人を探しにいきたい。

・・・・まったく。私はどうやらカーペンターズの曲に洗脳されてしまっているのかもしれない。

でも、投げ出すつもりなんてない。
だって、知っているもの。
この憂鬱さは、雨の日と月曜日のせいだって。
だから、月曜日が過ぎ去れば、梅雨の時期が過ぎ去れば、全てはきっと元通りになる。

きっと全ては、大丈夫。

【Rainy Days and Mondays by Carpenters】






2015/07/01

上手くいかないのは、全て○○のせい





失恋もして、仕事も上手くいかないから、傷心旅行(イタリアとか、イタリアとか、イタリアとか)に行こうかなと思ったら・・・

お金もない。


うぅ。


こういうことを、私のインド人同僚に言わせればきっと・・・

"Because of climate change. (天候変化のせい)"

超意訳をすれば、「仕方がない。」

ええ、まぁ、天候変化のせいにすれば、楽でしょうけど。
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