2015/09/14

『ティファニーで朝食を』の弾き語りシーンに憧れて




私の階の踊り場から下を見下ろすと、こんな風に寝てるブタちゃんを見かけることがあります。

私の今住むインドのお家は3階建ての一軒家だ。

フロア全体で1つの家庭の部屋となっていて、1階に大家さん、2階に私が住んでいた。3階は、私が住み始めてから数ヶ月間、空き家となっていたが、数日前、日本人男性が引越してきた。

兼ねてより、どうせ誰かが上の階に引越してくるなら日本人のほうがいいと思っていたため、日本人がやって来て、良かった。

そして、新住居人が男性だと知った私は、ちょっとだけワクワクしていたのである。

というのは、オードリー・ヘップバーンの映画『ティファニーで朝食を』の有名なシーンを再現できるのではないか、なんて妄想をしていたから。

有名なシーンとはもちろん、オードリーが自分の部屋の窓際で『ムーン・リバー』を歌っているところ、オードリーの上の階に住んでいるハンサムなアメリカ人男性が(後にオードリーと結ばれる)それを聞きつけて、オードリーに声をかける、というロマンチックなシーン。

【クリップシーン】オードリーの弾き語り『ムーン・リバー』



私が今住んでいる場所はインドで、映画の舞台ニューヨークみたいに煌びやかな場所ではないけれども、緑豊かな一画に位置しており、まあまあ、ロマンチックと言えなくもないのだ。

そして、家のドアの前が踊り場スペースとなっていて、私がもし踊り場スペースに腰掛けて弾き語りをすれば、上の階にいる人が、自分の踊り場から見下ろして、私を見つけることができるような設計となっているのだ。

とは言っても、私はギターを持っていなければ、弾き方も知らないのだが。

ギターの弾き語りではなくても、映画のシーンのようなご近所さん付き合いみたいなものができるのではないかと、思っていたのだ。

ああ、それなのに。
どうして現実はこうも上手くいかないのでしょう。
現実に起こったのは、こういうことです。

数日前に、男性が私の上の階に引越してきました。そして、昨夜、夜中12時過ぎに、その男性は私の部屋の階に降りてきて、ドアの向こうから「すみません」と声をかけてきました。私の部屋の明かりがついているのがわかったからです。私は「こんな夜中に何の用だ」とちょっとイラっとしながらも(もうこの時点でロマンチックではない)、ドアを開けました。すると、彼は私にこう言いました。

「今風呂場の水が全く使えなくて、大家さんに電話しても、もう寝ているのか、電話に出ないんです。シャワーを貸してもらえますか?」

・・・・・・・・・・・・・えーっとねぇ・・・・・・・・・・・

「それは無理です。」

無理に決まってるよね。今何時だと思ってるの。大家さん寝てるの、当たり前だよ!私はまだ起きてるけど、こんな夜中に、見ず知らずの男に風呂場なんて貸したくないよ!そもそも、シャワーを浴びることって、

「急ぎの用事ですか?」

「急ぎではないですけど、寝る前にシャワー浴びたいな、って・・・」と答える男性。

シャワーくらい、1日くらい我慢してよ、ここはインドだから水が止まることだってあるんだよ!と言いたいけれども、私は言わない。なぜなら、私はとってもお人好しだから。

シャワーを浴びたがっている彼に、私は20リットルのボトル・ウォーターをあげ、「これ使っていいですよ」と言うのである。

20リットルの水を持って階段を上がるのは大変だろうが、そんなこと、私には関係ない。

ドアを閉め、自分のベッドに寝転がり、オードリーの弾き語りのシーンをYouTubeで見る。

あーあ、何か本当に残念だったなぁ。何かいいこと、どこか別の場所で、起こってくれないかなぁ。

もし何も良いことが起こらないのであれば、少なくとも、もう上の階の住人が夜中に私を煩わせてきませんように。私をこれ以上ガッカリさせませんように 、と願うばかりである。




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