2015/09/24

一冬の恋、ある2月の思い出






1.

『一夏の恋』という表現は、日本だけなのか、それとも、世界共通のものなのかはわからない。一夏の恋というと、一時的に燃え上がる恋、あとに後悔か侘しさが残る、アバンチュールな響きしかない。桑田圭祐がよく歌っているように。

でも、ここインドの殆どの地域では『一夏の恋』なんてあり得ない。だって、夏は気温が平気に40度越えになるから、恋どころか、何もかもする気が起きなくなる。だから、インドで恋をするのであれば、秋から冬にかけての時期だ。南の地域だと冬らしき冬は存在しないが(つまり、一年中恋なんてできない、のかも)、少なくとも私の住むデリーあたりは、10月中旬あたりから秋っぽくなり始め、徐々に涼しく、寒くなっていき、冬は冬らしくなる。気温も下がり、外をほっつき歩きやすくなるから、自然と出会いも多くなる、ということで、恋に落ちやすくなるのだ。

実際に私が彼に想いを寄せたのは、冬の時期だった。

そして、"一冬"の恋— 一夏の恋と同じように、ほろ苦い結末を迎える、でも後悔はない、恋— を経験することとなった。


2.

多分彼に最初に会ったのは、まだ私もインドに来て間もない頃で、夏もまだまだ終わりそうもない頃だった。 仕事の関係で会ったのだが、仕事も慣れずに緊張していた私は、全く彼の存在を気に留めることはなかった。

次に彼に会ったのは、仕事関係ではない、とある飲み会の場で。インドでは違う会社の人たちが集まって飲み会を開くことが多い。その飲み会も毎月開かれるが、主な趣旨は「インドでの孤独死を防ぐために、月一で皆と顔を合わせること」である。ただし実際は、お酒の大量摂取で誰かが死んでしまうのではないかと、心配してしまうような飲み会だった。

私は相当人見知りなのだが、そのせいか、すぐに自分に取って害がない人を嗅ぎ付けて、その人とだけは比較的すぐに打ち解ける傾向にある。そんな性格だからか、一目惚れもしやすい。と言っても、相手が男の場合は、大抵の場合、自分の判断が間違っていることが多いのだが。

今回も、私は彼に一目惚れした。ビジネスとは関係のない飲み会の場だから、緊張せずに話すことができた。彼の何に惹かれたのか、決定的なことはわからない。でも、誰にでもオープンで、豪快で、自由な人柄と、私からしてみれば憧れの経験を持っているという事実に興味を持った。彼との話はとても楽しかったし、彼も私に好意を持ってくれている、なんて会ったばかりだから好意もへったくれもないのに、勘違いした。

だから、もっと彼のことを知りたいと思った。とりあえず、最初のステップとして、飲み会から帰ってきたあとに、Facebookで友達申請を送る。

承認された後、すぐに気づいた。

彼は既婚者だったということ。
そして子供がいること。

どの写真からも家族の仲の良さが滲み出ていて、素敵だった。

その瞬間、意外と私は冷静で良識ある行動を取った。人生の中でまともな恋などしたことがなく、周りの常識など気にせずに行動をとることが私は残念ながら頻繁にあるのだが、この時ばかりは、非常に思慮深い判断をした。

既婚者には興味ない、と。

一目惚れだったとは言え、やっぱり彼のことを一瞬でも好きになったから、一瞬だけでも傷ついた。勝手に失恋した気分になった。

それでもやっぱり、既婚者には興味がなかった。

だから、彼のFacebookの写真から垣間みられる彼の今までの経験に対する憧れは消えはしなかったが、彼に抱いた想いはすぐに忘れようと決めた。


3.

そして、彼と会わない日も、彼との間に何もない日も、彼のことを思い出さない日も続き、インドの暑すぎる夏もようやく収まろうとし、私はトルコ旅行中にトルコ人とアバンチュールを楽しみ、インドではインド人に見た目だけで一目惚れをし、幼稚な恋愛感情を持て余し、失恋とは全く言い難い痛い経験をした。こう書くと相当な月日が流れた、という感じだが、実際は1ヶ月ちょっとの間の話である。

インド人男とのデートなんて二度とごめんだと思った矢先、年の終わりに彼と以降頻繁に会うきっかけとなった出来事があった。彼と会う機会が増えたのだが、やっぱり恋愛感情とは関係無しに、彼のことは好きだった。 彼の人との接し方も、今まで自由に誠実に生きてきた経験が滲み出た見た目も、話し方も、匂いも好きだった。

それに、今回ははっきりと分かった。彼も私に対して好意的な感情を持ってくれていると。別に不倫をしたいとかそんなドロドロのものではなく、ただ単に私のことが好きなのだと。

だから、「ただ単にお互いに好き」ということで、別に何の問題もないとは思ったけれども、それでも彼がどこかで酔っぱらった時に私によこしてきた、酔っぱらった感じのメッセージにはぞっとした。別に卑猥なメッセージでも、何かをほのめかしたメッセージでも何でもない内容だったのだが、それでも彼の家族に対して悪いことをしているのではないかと不安になった。だから彼のメッセージをその日は無視した。

彼のことを好きな気持ちは、それはもう恋愛感情ではないのだから、そのまま持っていても良いと思ったが、それと同時にあまり彼と仲良くなりすぎてはいけないと、頭の片隅に書き留めた。


4.

だからかは分からないが、私はまた違う人に恋をした。今回はインド人ではなく、独身の日本人に。今回こそは、きっと上手く行くだろうと思った。だって、その人のことは一目惚れで好きになったわけではなく、徐々に好きになったから。それに、その人も私のことが好きなのだろうと思った。だって、毎日連絡を取っていたし、私の誕生日とクリスマスの日にも会って一緒に過ごしてくれたし、2人での日帰り旅行に誘ったらついてきてくれたから。特に毎日メッセージが来るということは、私の今までの幼稚な恋愛経験に基づくと、相当私のことが好きだという意思表明だと思った。

私はもうその人のことを恋愛対象として好きなのだから、彼と別のところで、友達の一人として会うことは何の問題はない。ある出来事を機に、彼はよく私をホームパーティーに誘ってくれた。主催者は彼ではなく、彼の知り合いであることが多かった。毎週彼は誰かのホームパーティーに私を誘ってくれ、結果私は毎週彼と会っていた。

それと平行して、私が今恋愛対象を持っている人と連絡を取ったり、数回会ったりしていたのだが、徐々に気づいてきた。徐々に疑問が生じてきた。 私はその人の恋愛対象ではないのではないかと。ただ単に体目的か、よくわからないけれども、キープの対象なのではないかと。

その人の小さい言動—基本的に優しいけれども、私が試してみたいことでも、その人がやりたくないことなら、上手いこと言って回避するとか、口だけで行動に移してくれないとか、私をその人の友達の集まりとかイベントがあっても呼んでくれないとか、日本人のくせにボディタッチをしてくるとか—そんな小さい言動だけれども・・・彼だったら、私にそんな態度をとらない。

彼はいつも私を色んなところに誘ってくれるし、色んな彼の知り合いに紹介してくれる。そんな彼と比べたら・・・あの人は私のことを大切にしてくれていないのだと感じた。そしてその疑問は本当だったと、私は現実を受け入れなければいけなくなった。


5.

その人と日帰り旅行から帰ってきて、彼に誘われたホームパーティーに向かうまで少し時間があったので、その人の家で少し時間を潰すことにした。その日帰り旅行中に、彼に対する疑問が少し生じたものの、その時はまだ、私の勘違いだろうと信じ込んだ。その人の家に行ったのも、その人は私のことが好きなはずだから、きっと今日何か言ってくれるのだろうと期待していたし、まぁ、私もその人に惹かれているからキスぐらいしてもいいかな、なんて思ったからである。

実際、キスはした。服はお互いに脱いでないけれども、キス以上のこともした。でも、その人は私に何も言ってくれなかった。私が「何も『つき合う』とかそういうことを言わずに、こんなことをすると、大抵関係が1回で終わってしまう。日本では、『つき合う』と決める前にこういうことをするのは遊びだと皆が言っている」と伝えても、「好きだ」なんてことを言ってくれなかった。代わりにその人が言ったこと。「これで最後ではないし、もしそういうものだとしても、大体関係は1回だけでは終わらない」と。その時は何を言われているのか理解できなくて、多分、この人は次回私に想いを伝えてくれるのだろうと都合のよい解釈をした。

でも、その人が言ったことは、そのままの意味だった。私はどうやら、とても正直すぎる、不誠実なことをその人に言われていたらしい。らしいっていうか、今考えれば、どう考えても不誠実で酷いことを言われていたのに、どうして私はいつもその場で目が覚めないのだろうか。本当にバカだ。


6.

私たちは違う日に最後まで試してみたのだが、結局、最後の最後まで、その人は私に好きとは言ってはくれなかった。つまり、そういうことだった。その人はただ遊びたいだけだった。

その後もなぜかメッセージのやり取りをその人とは続けているが、一度私が会おうかと誘い断られた後は、私からも何も誘わず、もちろんその人も何も誘わず、ただ単に自分がどこを旅行しただとか、誰と会っていたなのかを報告され、私はいつこのやり取りが終わるのかと様子を見ているのである。連絡が途切れないということは、好きだということだという私の中の仮定は見事に破られた。

結局のところ、有言実行が大事。態度で誠意を示してくれる人が、恋に落ちるべき相手なのだ。当たり前のことなのに、どうして気づくのにこんなに時間がかかるのだろうか。

その人との宙ぶらりんの関係を彼に話したことも、相談したこともないが、彼は薄々気がついていたらしい。「もし私があの人とつき合っているのであれば、今後はその人も一緒に誘うようにする」と。残念ながらそういう関係ではないので、「そこまでの関係ではないし、あの人も忙しいみたいなので」と言うしかなかった。もし彼に相談したら絶対に私の味方になってくれるだろうが、何だかそういう恋愛の話をするような仲では私たちはなかった。それに、その人との関係を話したら、彼とはもう頻繁に会えなくなるのではないのかと心配だった。


7.

また一つ、くだらない恋に破れ落胆する日々の中、インドの冬は和らぎ、まだ2月のくせに気温は暖かくなっていき、私たち海外に位置する日系企業で働くサラリーマン・サラリーウーマンにとって大事な時期がやってくる。

2月の終わりから3月にかけて、ボチボチと人事異動の発表がされる。それに伴い、私たちは、誰が日本に帰任し、誰がそのまま違う国に移動し、誰がインド国内で異動し、誰が留まるのか分かるのだ。

もしインドで働いている日本人駐在員男性が、日本帰国の指令を受けたのであれば、95%の確率で安堵の表情を浮かべることになるだろう。なぜなら、インドで働くサラリーマンの95%くらいの人たちは、早く日本帰国、少なくともインド任期終了を目指してインドで働いているから。

独身でインド生活をまっとうした人たちは、これがチャンスとなるだろう。日本に帰れば、若返るはずだから。そして、出会いも増えるだろうから。

単身赴任のお父さんは、帰任になればもちろん喜ぶだろう。家族のもとに戻れるのだから。

家族と一緒に来ている人たちは、それはもう、家族ぐるみで喜ぶだろう。もうこれ以上、PM2.5だとか、衛生問題だとか、交通問題とかに悩まされる必要はなくなるのだから。ドライバー付き車の生活から解放され、自分で好きなところに歩いて行ける。子供たちも外で遊ぶことができる。もし日本に戻れるならば、もっと自由な行動ができる。

そして、日本から新しい人がインドにやってくる時期でもある。

未だ独身なのに会社の都合でインドに異動を言い渡させられる可哀想すぎる駐在員(to be)。

単身赴任でやってくる男性。家族なしで大変だと言いながらも、ささやかな自由を手に入れられる。ここインドでの自由は限られていたとしても。

単身赴任のお父さんを追いかけて、区切りの良い時期にやってくる家族。

などなど。

私はここ1ヶ月この件についてソワソワしていた。もし、私の会社の頼れる上司2人が帰任になってしまったらどうしようか、と。そして、もし彼がインド国内異動になってしまったらどうしようか、と。家族同伴できていた上司2人は、仕事だけではなく、プライベートでもホームパーティーに時々呼んでくれたりとお世話になっている。まだまだインドでの経験が浅い私にとっては、いてくれないと困る人たちだ。そして彼のほうは・・・もともと家族が来るかどうかが議題だったところ、それ以前に国内異動になるかどうかという議題が挙った。彼の存在が私の日常生活で当たり前のものになっている今、彼がいなくなることは私にとっての非常事態であった。

私の上司2人は帰任することが決まり、これについては私は頭を悩ますしかない。仕事の観点から言っても、新しい人が私の上司になっても当分頼りにならないだろうから、とても困る。誰に助けを求めれば良いのかわからない。

まだ幸いだったのは、彼がインド国内異動をしないと分かったことである。


8.

彼にとって良いニュースは、家族がもうすぐインドにやってくることだ。一番正しいシナリオだ。

私は・・・彼にとって本当に良かったと思っている。特に、仲がすごく良い家族ならば、場所がどこであろうと一緒にいるのが一番だから。だからそれ以外に、何も言ってはいけないし、思ってはいけないのだと思う。

家族が来たら、もちろん家族との時間を優先するから、ホームパーティーに参加なんて頻繁にできなくなる。もう彼とは毎週末に会うことなんてないだろうし、連絡も取らなくなるだろう。きっと私は平気だろう。

そのうち彼の家族に会う機会があるだろう。家族の絆と愛情を見ることだろう。でも、きっと私は嫉妬しないだろう。

でも、 どうしても、どうしても、思わずにいられないことがある。私だけ、取り残されている、帰る場所なんてない、と。

単身赴任のお父さんたちが家族を迎えるにあたって、子供の学校入学の手続きをしたり、日本から届いた家族の荷物の段ボールが家に置いてあったりするのを目にする。その段ボールを見た時、涙が勝手にこぼれ落ちてきた。

待っていてくれる、心配してくれる、大事に思ってくれる家族がどこかにいる。どこにでもついてきてくれる家族がいる。家に帰っても、一人ではない。

私にも、そんな家族を見つけられるのかしら?

自分では気づいてなかった大きく空いた穴に気づかされて、もともと持ってなんかいない大切なものを失った気分になる。


9.

彼は私に言う。「良い人を見つけないとなあ」と。良い人と恋に落ちて、良い旦那さんを見つけないと、と。全くもってその通りである。そろそろちゃんとした恋をしないといけない。

でも、私にできるのかしら?

周りとの距離を保って、周りに干渉しないで、自分の自由を確保してきた私が、孤高で自由な精神を持ちながらも、周りに対して寛容さと責任を持つ彼みたいになれるのかしら?彼は良い具体例を見せてくれたけれども、私はそうなる方法を学んでいない。

ちゃんとした恋ができるか? 私は自分に対してYESと答えたい。

多分、私はこれからも、同じ過ちを繰り返すだろう。

多分、当分私は一人孤独になるだろう。

でも、私は少しずつでも学んでいるし、彼との出会いで、まずは大きな一歩、真面目な恋をしなければいけない、と学んだ。


10.

誰になんと言われても、私は本当に彼のことが好きだったし、彼も私のことが本当に好きだった。私たちはこのことについて何も話したこともなければ、行動に移したこともない。何も話すことも、行動に移すことも必要なかったから。

きっと、これを恋と呼ぶことは間違っているのかもしれない。 誰にも責められずに済むためにも、これをただ単に友情と呼ぶか、もしくは私の一方的な常軌を逸した妄想と呼ぶべきなのかもしれない。でも、それは違う。

もしこれが本当の恋ではないのであれば、せめて、ある冬に起きた、ほろ苦い一冬の思い出、一冬の恋と名付けたい。一気に熱して冷めた後に後悔が残る一夏の恋ではなく、一冬の恋は、とても静かで、自然に消え去り、教訓のひと欠片だけがうっすらと残るものであると。


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この文章を書いたのは今年の2月の終わり。

あれからいつの間にか夏になり、雨期が訪れ、再び夏に戻り、暑苦しい日々が続いた。

そして、ようやく夜に涼しくなってきて、つかぬ間の秋と、その後に訪れる冬はもうすぐやって来るのだろうと感じる。

そう、去年みたいに。

この半年間、意外にも、時期外れの日本帰任となった人たちもいた。
ある人は去り、新たな人がやってくる。
来ては去る人たちを眺める私は、ここインドに留まったまま。
「次は私も、きっと・・・」と思いながら。

この半年間、私はやっぱり未だに同じ過ちを繰り返し、一人孤独に過ごしている。
まるで、学んだ教訓をすっかりと忘れてしまったように。
あるいは、学んだ教訓なんて、本当はただの勘違いだったと嘲笑うように。

それでも、夜中にバルコニーで冷たい風を受けていると、あの冬の日々を思い出さずにはいられない。


分かってる。私は恋をしなきゃいけない。


【"I Need To Be In Love" by Carpenters】







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