2016/01/30

夜中のロディ・ガーデンにて亡霊に遭遇?



delhionline.inより


冬の寒さ凍える1月。

ここ1ヶ月ほど頻繁に会っている彼から、そろそろ恋の告白をされるのではと、ついつい期待してしまうディナーデート。

予想される理想的なシチュエーションとしては、当たり障りのない会話と美味しい食事を楽しんだ後、ネオンきらめく帰り道を二人で歩き、私が「寒い」と呟くと、「大丈夫?」と彼が私の背中をさすってくれ、私たちはどちらともなく道の真ん中で立ち止まり、お互いに見つめ合って沈黙を共有した後、彼が「あのさ・・・」と沈黙を破り、そして、そして、そして・・・

とはならない。

だってここは、東京ではない。というか、日本のどこでもない。

だってここは、インドの首都デリーなんだもの。

デリーでは一応冬は存在するし、ありえない程の暑さとなる夏を経験した人にとっては結構な寒さを感じるものの、ここ数日間は、もう冬は終わり、春を通り越して夏になったのではないかと思うほど暑い。まだ1月なのに。昨年の1月は、まだ寒かったのに。温暖化現象、バンザーイ。おかげで、「寒い」と呟いて、彼に甘える態度さえ、取れなーい。そして、年がら年中、夜中になれば、ネオンの輝きなんかなーい。

とはいうものの、知恵を絞れば、デリーでだって、ロマンチックなシチュエーションくらい、作れる。

だって、ここはなんせインドの首都デリーなんだから。1100万以上の人々が住む、歴史と現在が融合された大都市なんだから。

そんなわけで、私たちは、ロディ・ガーデンという、デリーっ子にはデートスポットとして、また子供たちの遊び場として、一般市民から親しまれている有名な庭の一画に位置する、名前に全くのヒネリがないレストラン『ロディ・ザ・ガーデン・レストラン( Lodhi - The Garden Restaurant)』でディナーをすることにした。さすがガーデンと言うだけあって、緑豊かな空間となっていて、森林浴効果なのか、レストランの一画に足を踏み入れるとなんだか涼しい。

ヨーロッパにあるレストランで、ヨーロッパ人が外にあるテーブルにてご飯を楽しむように、デリーにあるオシャレなレストランにも、外にテーブルが用意されている。もしもうちょっとだけレストラン一画の気温が暖かければ、そして外の空気が良ければ、外での食事を選んでいたかもしれないものの、私たちは建物の中で食事をすることにした。

メニューのテイストはヨーロッパ風。1人前から頼めるコース(前菜・メイン・デザートのお得なセット)と、適当にもう一品程度(パエリア)を頼む。もちろんワインも。とは言っても、カウンターの奥には豊富な数のワインボトルが並んでいるのに、吟味はせずに、サングリアを。

オシャレな雰囲気と、それなりの値段に見合った、おいしい食事だったのかもしれない。"だったのかもしれない"というのは、私は個人的に、会話に集中していると、味に集中できなくなって、美味しかったのかどうか、よくわからないから。でも、きっと美味しかったのだろう。私たちは食事を終え、レストランを後にする。

ここインドでは、日本人男性は誰だって紳士になることができる。インドで働く日本人男性駐在員(と一部の数少ない女性駐在員、と、日本からの出張者・研修生)たちは、ドライバー付きの車でどこでも移動する。そして私のようなインドで働く独身日本人女性は大抵、普通の交通機関を利用する。そうなると、インドの夜中に一人で帰るのは危ないからと、日本人男性たちは必ず女性を家まで、ドライバー付きの車で送り届けてくれるのだ。

その紳士ぶりを私はいつも楽しんでいるけれども、今日に限っては、あまり嬉しくない。だって、ディナーの後の帰り道を二人歩いている時に告白される・・・という状況にはならないから。車の中で告白されるなんて、ロマンチックではない。絶対嫌。

それでも大丈夫。ちゃんとオプションは用意されているから。そう、" お庭"。綺麗に整備されているロディ・ガーデンを散歩しながらの・・・というは、なかなか悪くない。しかも夜中っていうのが、夜中の公園みたいで、ワクワクする。

とは言っても、いくつか、“夜中のお庭”には不安があった。東京の上野公園みたいに、夜中に変態とかホームレスとかウロウロしてないかな、とか。インドらしく、野良犬がウヨウヨしてないかな、とか。ネットで調査すると、ロディ・ガーデンという場所は、15世紀半ばから16世紀にデリーを含めた北インドを支配していた皇帝たちの墓が置かれた霊廟であるらしい。だから、夜中に皇帝の亡霊たちが出没しないかな、とか。

私たちが食事を終えて、広大な庭に入ろうとしたのは夜11時頃。入り口に行くと、庭に人気は全く感じられず、看板には、『夜8時半以降の入場は禁止』と書かれている。入るかどうか迷うものの、入り口のゲートは簡単な作りで、夜8時半以降でも誰でも入れちゃうようだったので、とりあえず入ってみる。

「誰もいないみたいだね・・・」と、夜の静けさにワクワクし、前方左に、なんちゃら・ロディーさんの骨が埋まっているであろう、大きな墓廟を見つけ、観光地を独占しているような気分になったのも束の間、どこからか黒い犬が私たちの前に現れた。

犬は夜になると活動的で凶暴化する傾向があるし、何しろ咬まれて狂犬病になんてかかりたくない。私は犬を刺激しないためにその場に立ちすくみ、彼がなんとかしてくれないかしらと期待を込めて、彼のほうを見る。見れば、彼も動こうとする気配は全くなく、私に「どうする?」と聞いてくる。


私が決めないといけないの???


とりあえず、恐る恐る、犬の存在なんて気にしていませんよ風に前に歩いてみると、黒い犬もまるで、私たちを案内するように前を率先して歩いている。左後ろ足が悪いのか、歩き方にぎこちがない。

「この子は悪い子じゃないと思う」とのほほんと言う彼。それ、本気で言ってるの?

きっとこの犬は庭に住み着いていて、人間に慣れているのだろう。私たちは黒い犬をお供に歩き続け、前方にあった大きな墓廟も今は左に見える。すると、また1匹新たな茶色い犬が登場。念のため私は再度、立ち止まって様子を見る。茶色い犬も攻撃してくる様子はなかったので、桃太郎がお供の者を増やしていったように、お供の犬を増やし、そのまま進む。

2度あることは3度あり、また犬が右方向から現れた。もちろん私は立ち止まる。3匹の犬たちは集まって、それぞれの匂いを嗅いでる感じだけれども、突然3度目に登場した犬が吠えだして、私が犬たちの喧嘩に巻き込まれる状況になる。

どさくさに紛れて咬まれて死ぬのは嫌だと、咬まれるのを覚悟で渦中から逃げ出すと、犬たちの喧嘩から離れた距離にいるのを見つける。

喧嘩している犬たちから離れ、もと来た道に戻りながら、「どうして助けてくれなかったの?」と聞けば、「あの場で入っていってら逆に犬たちを刺激しちゃうだろうから」という彼。利己的な男ってそう。妙に理屈をつけて、自分しか守ろうとしない。

振り向けば、どうやら、3番目に登場した犬は、私たちの案内役気取りの黒い犬に怒っていたらしい。きっと、自分の縄張りに踏み込んでくるな、みたいなことを言いたかったのだろう。

犬たちの喧嘩は落ち着いたようだけれども、どこか遠くからか犬の遠吠えが聞こえる。もう危ない目に会いたくはないので、私は彼に「引き返す」と言った。

黒い犬は最後まで私たちについてきた。彼は、きっと黒い犬が僕たちを守ってくれたんだ。ありがとう。と言っている。

黒い犬は、私たちに最初に遭遇した場所まで来ると、その場に座り込み、それ以上ついてこようとはしなかった。なるほどね、庭の案内役、かつ、番犬ということなのかしら。

犬たちの喧嘩に恐れずに、もっと奥にまでいけば、池も見れたし、もっとたくさんの墓廟を見れたかもしれない。でも、きっと、もっとたくさんの犬に遭遇し、囲まれ、ロマンチックなシチュエーションとはほど遠いことになっていたかもしれない。

そう考えると、きっと、犬たちは、墓に眠るロディー家亡霊たちの家来なのではないか。亡霊たちは夜、動き出す。だから、庭の入り口の看板にも『夜8時半以降には入るべからず』と注意書きがされていたのではないか。亡霊たちの活動を邪魔するべからず、と。ましてや、墓がある場所を、デートスポットにするのは、もってのほかだと。

だから、入り口に入ってからそう遠くない場所で、亡霊たちの家来である犬は私たちに警告したのだ。これ以上、進んではダメだと。で、もし進み続けたら、罰がくだっていたのだろう。

そう考えると、ちょっと納得。

でも、それはいいとして、 せっかくの私の計画が台無し。夜のお庭で彼が何か大事なことを言ってくれると期待していたのに、そういう雰囲気とは全くかけ離れてた。確かに、墓地で告白は、ちょっと奇妙なシチュエーションだったかもしれないけれども、やっぱり残念。

次に期待しようと心の中でため息をつきながら、私は彼の車に乗り込んだ。




2016/01/14

「・・・」が嫌いどす・・・



インド最大級のマッチングサイト『Shaddi.com』ホームページより

会社のインド人女性同僚たちは、ことあるごとに、インド人男性との結婚はどうかと私に聞いてくる。その時には、いつも面白おかしく、話をかわすのだ。(正直、結婚話以外に、フツーのインド人女性と盛り上がれるトピックスがなくて困っている。)

インド人女性同僚たち:
「Momoさん、『Shaadi.com』に登録すれば?」

私:
(『Shadi.com』とは、婚活サイトのことだとすぐにピンと来て)「やだ。だって、変な人からばっかりメッセージくるじゃん」

インド人女性同僚たち:
「そんなことないよ。真面目な婚活サイトだから」

私:
「でも絶対、インド人男からアホ臭いメッセージ送られてくるもん。インドに来たばかりの時に、Facebookの地域コミュニティーページに投稿したら、インド人男たちから、くだらない個人メッセージがたくさん送られてきたの。何が腹立たしいって・・・」

何が腹立たしいかというと、文章の内容もそうだが、それ以上に、書き方である。

"Hi..................." (ハーイ、テンテンテンテンテンテン)

"how r u....................." (ハウアーユー、テンテンテンテンテンテン)

"call me...............0908989XXXX.........."  (コールミー、テンテンテンテンテンテン、電話番号、テンテンテンテンテンテン)

この「テンテンテンテンテンテン」がストーカーぽくて気持ち悪いから、大っ嫌い。

私:
「だから、婚活サイトには登録しない!」

この話に女性同僚たちは大爆笑。今私が言ったことに関して、ヒンディー語で盛り上がってる。そして彼女たちの結論は、

インド人女性同僚たち:
「確かにそういうこともあるかもねー」

あー、話が盛り上がってくれて良かった。次はどんな結婚話題が振られてくるのかなぁ。



2016/01/13

25日に25歳になって変わったこと




先月の25日に、25歳になった。

記念すべき、25日の25歳は、もう2度と訪れない。
そして、そんな記念すべき日は、インドで過ごした。

今までの誕生日のように憂鬱な気分になることはなく、かと言って、特別なお祝いもすることはなく、おかげ様で、珍しく、ここインドで平和な誕生日を迎えることができた。

ただ、25日に25歳になったことによって、小さな変化が訪れた。

1つ目。周りからの言われよう。

働くためにインドに来た時は、私はまだ23歳だった。(正確には23歳と半年。)
和田アキ子が、「あの頃は、ハッ」と歌っているように、あの頃は本当に本当に、インド在住の日本人に会うごとに、「若い、若い」と言われていた。

あの頃、私のことを若いと呼んでいたあの日本人たちは、今ではもう、こんなことを言ってくる。

「おー。25歳か。四捨五入で30歳!」

Well, yeah, that is true.

25歳になると、こんなに周囲からの言われようが変わるのかと、 自分の身に起こっていることだけれども、なんだか客観的に見て、女性は大変だなあ、と思ってしまう。それと同時に、この変化を結構楽しんでいる。だって、こういう転換期はそう頻繁には訪れないから。

それに実は、もう「若い」と呼ばれなくなるということに関して、ほっとしている。

インドに来たばかりの頃は、" (インドにおける日本人社会において)とにかく若い女性"ということで、周りに言わせれば、私はチヤホヤされていたらしい。ただ、私から言わせてもらえ ば、"若い"から、自分の意見も言えなかったし、いつもニコニコしてなければいけなくて、辛かった。(多分、このことに反論があがるかもしれないけれど も。)少なくとも、仕事で成果を出しても、「成果が出たのは、自分の能力ではなくて、ただ若い女性であるからだ」という自己暗示があって、自分に全く自信 が持てなかった。

でも、もう、私は若くはないのだから、周りからチヤホヤされる必要もないし、つまり、周りを気にせずに好きなことを言えて、好きな行動をできる。ある程度までは。

それって、すっごく気が楽。だから、「四捨五入30歳」と言われても、全然気にしてない。強がっているように聞こえなければいいのだけれども。

それから2つ目の変化。私の成長。

インドに来てから25歳になるまでずっと、誰か(=99%の確率でおじさんたち)と一緒にご飯を食べる時は、 自分の分は奢ってもらうのが当たり前だと思って、財布を鞄から出すこともしなかった。正確に言うと、インドに来たばかりの頃は、もちろん自分の分を払おう としていたけれども、必ず一緒に食べる人たちに払ってもらってたから、それが当たり前のことなのだろうと思って、仕舞いには、財布を鞄から出すフリをする ことも、なんだか胡散臭い演技な気がしてきて、ただ単に「ありがとうございます!」と言って、毎回奢ってもらう次第であった。

だから、時々他の女性も混じって、おじさんたち(ほんの時たまーに、比較的若い男性たち)と一緒にご飯を食べる際に、なぜ他の女性たちが、"財布を鞄から 出すフリ"をするのか全く理解できなかった。だって、どうせいつもの、「私出します」「いや、いいよ、そんな」「いや、払います」「いや、今日誘ったのは こっちだから」「そうですか、すみません」のやり取りがあって、奢ってもらう、もしくは、男性にかなり多めに払ってもらうことになるのだから。

そんな面倒くさいやり取りをする必要なんてあるの?と、24歳と11ヶ月の頃までには思ってた。

でも、25歳になって、なぜか急に自分の考え方が変わった。

財布を出すフリをするようになった・・・ではなく、奢ってもらうのが、嫌になった。相手に申し訳ないから、自分の分を払いたい、というわけではなく、自分の立場を確保するために、ちゃんと自分の分は自分で払いたい、と思うようになった。

自立心、っていうやつ、きっと。

それで気づいた。 ああ、あの他の女性たちは、フリをしている訳ではなく、本当に払おうとしていたんだと。

色んな人から「お前、チヤホヤされて調子に乗っているんだろ!」とよく言われていて、いや、私はそんなことない、と反発していたけれども、今振り返れば、そう言われても、仕方がないのかもしれない。

調子に乗ってた私から迷惑を被った皆様、大変申し訳ございませんでした。謹んで、お詫び申し上げます。

とりあえず、もう自分の分は自分で払うものの、そうなると毎回誰かからのご飯の誘いを引き受けてしまうと、自分の財布の中が寂しくなってしまう。そんなわ けで、誘いの取捨選択を躊躇せずに行うことができるようになった。これも、自分の意志を尊重できている気がして、すごく嬉しい。年取って、良かったと思っ てる。

とにかく、25歳となった私はもう若くはないらしい。
24歳の君は若かった。若さは面倒くさいものだが、利用できるだけ利用してしまえ。
誰に何と言われようが、チヤホヤされて調子に乗ってても構わない。だって、それが若さだもの。

と、過去の自分を正当化している今日この頃である。

【動画】和田アキ子『古い日記』







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