2016/05/31

顔を隠す=女性差別!?必ずしもそうとは思わないインド在住日本人の主張



写真:ドバイ在住イラストレーター、Sara Japanwallaによるイラスト


中東諸国のドバイに初めて降り立った、ある年の10月。

ドバイでの観光を一人楽しんでいたのだが、真昼間にジュメイラ・ビーチ沿いを歩いていた時、ふと思った。


「そこら辺でよく見かけるアラブ女性たちの格好のように、私も黒いベールで顔を隠したい!!!」


ある人たちは、 イスラム教徒(特にアラブ諸国)の女性たちが、黒いベールや衣装で顔や全身を覆い隠していることに対して、彼女たちは男性たちから蔑まれているのだ、との見解を示している。

全身を覆う黒い衣装が女性軽視の象徴かどうかは、私にはわからないが、必ずしもそういうわけではないと思う。

だって、日本人である私さえも、ドバイにいる時に、顔を隠したいと思ったのだから。

それは、郷に従って、というわけではなかった。

ただ単に、ドバイの日差しがあまりにも強すぎて、日焼け防止として顔を隠したくなったのだ。肌がヒリヒリするほどの日差しに当たっていると、顔を隠すことがとても当たり前に思えてくる。

ビーチ沿いを歩いていた真昼間、私は黒いベールなんてもちろん持っていなかったから、代わりに、サングラスを着用し、スカーフで顔を覆いながら歩く。でも、スカーフの巻き方が下手くそすぎて、見た目的には全くもっておしゃれではない。黒いベールを被った方が、まだ見るに耐えるファッションである。そう考えると、あのベールはますます合理的なものに見えてくる。

ドバイで見かけるヨーロッパ人たちは、日焼けに情熱を燃やしているのか、それとも、暑さをしのぐには薄着がいいと思っているのか、アラブ人たちとは対照的に肌の露出範囲が広いが、正直、ちょっとおバカさんなのではないかと思ってしまう。こんなところで日焼けをしたら、お肌に悪いし、肌を露出すると、逆に熱を吸収して余計暑いではないかと。

そんなわけで、肌を隠すための黒いベールと衣装に興味を持った私は、ベールはヒジャブ、衣装はアバヤと呼ばれていることを学んだ。

ヒジャブやアバヤのデザインも豊富で、リーズナブルなものから、ドバイモールでショッピングをするアラブ人マダム達が着そうな高級なものもある、ということもドバイ滞在中に見て取れた。

おしゃれなヒジャブとアバヤを買って帰りたいと思うものの、結局どこで買えるのかわからずに日本帰国日となってしまったことが残念である。

今現在、私はインドにいるが、未だにヒジャブとアバヤへの未練が断ち切れない。

インド女性の民族衣装としてサリーがあり、布で体を覆うという点ではアバヤと似ているのだが、サリーの生地は基本薄いので、日焼け防止にはならない。

アバヤが日焼け防止対策になるのに加え、ヒジャブは、インドの埃や塵から守ってくれるマスク代わりにもなりそうだ。こんなに実用的なものはないではないか!インドでも流行るべきだ!

オールドデリーでは、イスラム教徒たちが多く住む地域だからか、ヒジャブとアバヤを着用する女性たちを見かける。だから、インドでもきっとヒジャブとアバヤが販売されているはずだけれども、私は購入先を知らずじまい。

2016年初旬に発表されたドルチェ・アンド・ガッバーナのアバヤコレクションは、すっごくキュートでオシャレだから憧れるものの、インドで着るには勿体無いし、私には購入するお金もない。

願わくは、一刻も早く、ユニクロがインドネシアだけではなく、日本でもアバヤコレクションを販売してくれますように。ぜひ数着購入して、インドに持ち帰りたい。


ドルチェ&ガッバーナのアバヤコレクション


ユニクロ、アバヤコレクション




2016/05/28

インド在住者による、ちょっと手荒いオートリキシャの乗り方を伝授!





インドに来る旅行者にとって、色々とストレスを感じることはあると思いますが、その中の一つの原因としては、間違いなくオートリキシャでしょう。



非常に、あなたの気持ちがよくわかります!!!



だって、インド在住3年目の人にとっても、未だにオートリキシャに乗ることはストレスだから。



そこで、インド在住者から、オートリキシャの乗り方をアドバイス!!!



正直、 オートリキシャに乗る際のストレスが減少されることはないかと思いますが、ある程度の事前覚悟にはなると思います。


ここで紹介するリキシャの乗り方は若干、手荒いです。
心が優しい人には、向いていないかも・・・


【基礎編:リキシャに乗る前の事前確認】


①メーター制の地域と、交渉制の地域を事前に確認しておく

例えば、ムンバイやアーメダーバードだと、完全にリキシャの値段はメーター制で、走った距離によって決まります。事前に値段交渉の必要はなし。


ただし、ちゃんとメーター制で走ってもらうように、確認すること。



☆英語のお勉強:  "Meter!!!!" (メーター!!!)



デリーだと、距離を測るメーターが付いているのにもかかわらず、メーターを使ってくれないドライバーがほとんど。


メーターを使ってくれるドライバーに出会うまで気長に待つか、値段交渉するしかないです。


② 目的地までの値段をある程度、事前に把握しておく


旅行中に携帯でGoogle Mapを利用している人も多いかと思いますが、これ、ある程度の値段を把握するのに、使えます。(面倒くさいけど。)


delhitourism.gov.inより



距離と料金の計算方法は、以下のサイトから確認されます↓↓
http://www.delhitourism.gov.in/delhitourism/transport/autos.jsp


通常、


初乗り2km:25ルピー
2km以降は、1kmごとに8ルピーずつ追加
 夜間(夜11時〜朝5時)は、通常料金の25%増し


となっています。


なので、例えば、10kmの距離の場所だと、


25ルピー+(8×8ルピー)=89ルピーとなります。


相場で走ってくれるドライバーは非常に少ないので、この場合だったら、大体100ルピー前後で乗るのであれば、妥当といったところになります。


【初級編:交渉する時の心得】


①道路を流れているリキシャを利用する


ショッピングモールや駅の付近で止まっているオートリキシャは、それなりの料金をふっかけてくるので、交渉する時間が無駄です。


道路を走っているリキシャを止めて、交渉しましょう。


② 交渉する時の姿勢は堂々と!!


おどおどした態度だとふっかけられるので、「自分はインドに住んでて、相場をちゃんと知っているんだ!」という態度で、交渉しましょう。


③「いくら?」とドライバーに先に聞く。


インドでは、先に値段を言った方が負け、という伝えがあるらしいです。
大体の値段を把握してたとしても、ドライバーにまず値段を言わせましょう。


☆英語のお勉強:"How much?"(いくら?)


【中級者編:交渉術】


ドライバーの言い値は間違いなく高いので、その後に、自分の希望料金よりも若干低い値段を言います もしくは、ドライバーの言い値の70%程度の値段を言いましょう。


ドライバーは、もとの言い値を頑固に提示し続けるかもしれません。
その場合は、2通りの対処方法があります。

①こちらからも、自分の希望額を徹底的に、強く、主張し続ける。

こちらの勢いに負けて、ドライバーが「OK、それでいいわ」という態度を示したら、乗ります。


(ドライバーが「その値段じゃ無理だ」と立ち去る場合もあります。それはそれで、問題なし。)


② ドライバーに自分の希望料金を言い、「無理だ」という態度を示されたら、そのドライバーから立ち去る"振り"をする。


「あなたのリキシャには乗りません。違うリキシャを探します」と、立ち去る"振り"をすると、大抵、「おーい、待って」と声がかかります。


そこで、ドライバーを振り返り、もう一度、自分の希望料金を言います。数回。「わかった」という態度を示されたら、乗りましょう。


(「ちょいと待った!」と声をかけてきたくせに、相変わらず、値段を下げてこないドライバーは、完全に無視しましょう。) 


※自分が希望していた値段で乗っけてくれるドライバーがなかなか見つからない場合は、ある程度、妥協した値段で乗ることも、時には必要です。


【上級者編:リキシャに乗ったら】


事前交渉を成立させて、リキシャに乗ったにもかかわらず、ゴチャゴチャ言ってくるドライバーや、理解しがたい行動をするドライバーが時々います。


そんな時は、毅然とした対応をしましょう。


①出発した後に、ドライバーが、成立した料金以上の値段を要求してきた時


→「そんなこと言うなら、今すぐ降りる!降ろしなさい!」と怒る。



☆英語のお勉強:"I get off right now!!!" (今すぐ、降りる!!!)



②移動途中で、ドライバーがガソリンスタンドに寄ろうとした時


→「時間がない!ガソリンスタンドに寄るんだったら、降りる!」と怒る。


英語のお勉強:"No Time!!! I get off right now!!!" (時間ない!降りる!)


①と②で、それでもドライバーがごねる場合は、本当にリキシャから降りる。
お金をドライバーに支払う必要はなし。


(ただし、ここまでの行動をすると、さすがのドライバーも言うことを聞くので、再び同じリキシャに乗り込むか、あるいはお金を払わず立ち去って、違うリキシャに乗るかは、あなた次第。 )


目的地に到着した際に、事前交渉した値段以上の金額をドライバーが要求してきた時


事前交渉で決まった料金のみ渡して、無言で立ち去る。


(ドライバーがゴチャゴチャ言って、お金を受け取らない場合は、投げつけて立ち去る。)



ほんの時々、ドライバーに追いかけられることがありますが、その時は、本当にキレて相手を威嚇するか、周りの人たちを巻き込んで助けてもらいましょう。





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インドの夏の間は失恋中、充電中?





日本にいた頃に知り合ったインド人の女の子は、冬の季節が大好きで、特に日本で雪が見られると嬉しいと言っていた。

冬は寒いし、雪なんか降ると歩きづらくて面倒臭いではないか、春とか秋のほうが過ごしやすいではないか、とその時は彼女の意見に反論したけれど、今なら彼女が言っていた意味がわかる。

日本の冬は、インドの夏よりも1000倍もマシ。
そして、インド在住日本人が大気汚染が酷いから嫌いだというインドの冬でさえも、インドの夏よりは10倍ほどマシ。

今年は、まだ5月なのに、すでに最高気温51度を記録するほどの猛暑となっている。

個人的には、暑いだけであれば、耐えられる。
暑くても、カラッとした晴天で、青空が見れればいい。

でも、なぜか私の住んでいるデリー付近では、晴れているはずなのに、青空が全く見えない。紫外線を大量に浴びていることは認識できるのに、空の色は灰色っぽく、雨が降りそうで降らない天気が続いている。

インドでの夏をすでに2度経験している私の記憶では、5月・6月はまだ雨も降らない時期だったはずなのに、今年は猛暑が早く来たせいか、オフィスからの帰宅時を狙ったように、夕方〜夜の間にゲリラ豪雨が訪れることも多い。雨が降ると、本当は車20分で帰れるところが、1時間近くかかる。

つい最近は、雹も降った。

ひょう??

雹は英語で、”hail”ということを学んだ。

外はものすごく暑いくせに、オフィスは冷房が強すぎて、寒すぎる。私だけユニクロのライトダウンジャケットを着て目立ってしまう。

まったくもって。
うんざり。

と言っても、これでも私は結構前から夏の憂鬱さには身構えていて、覚悟していた。
すでに外の気温が暖かくなってきた2月半ば時点で、私が「あぁ、もうすぐ夏が来てしまう・・・嫌だ」と嘆いているのを見て、私の恋人は笑っていたけれども、全然笑い事ではない。

だって、インドの夏が来ると、恋は逃げてしまうんだもの。

何でそう思うかって?
その前の年がそうだったから。

10月半ば〜12月には、ようやく猛暑も収まって、涼しくなってくる。とともに、インドの祝日もこの時期は多い。インドの正月休暇、ディワリというものがあるため、長期休暇を使って旅行に行く人も多い。インド在住日本人コミュニティーの間でもクリスマスや忘年会などのイベントごとも多い。というわけで、新たな出会いも増える。

デリーであれば寒くなる1月〜2月は、 ちょうど新たな出会いの中で気に入った人とデートをしたり、親交を深めたりするにはちょうど良い時期ではある。 たとえ、大気汚染が著しく悪化して、日本人たちはほぼ皆外出時にマスクをしている季節ではあっても。

でも、3月になると状況が変わってくる。 日本人コミュニティーの中での人の入れ替わりが激しい時期。インドの涼しい季節の間にせっかく仲良くなった人でも、すぐに「さようなら」となることもある。入れ替わりのせいではなくても、暑さのせいで、うまくいかずに「さようなら」もあり得る。

もし「さようなら」となったら。4月以降は、もうサイテー。暑さと、暑さからくる様々なトラブルのせいで、新たな出会いを求める気にもならず、立ち直る気にもならず、何もする気にもならない。惰性で、10月半ばまで孤独。

だから、出会いの季節に出会って付き合い始めた彼とは、夏になったら上手くいかなくなるのではないかと不安になった。

季節の関係で、恋愛関係が影響されることなんてないだろう。
もしそうだったとしても、それはもともとの関係が不安定だったということなのではないか。

と人々は言うだろう。

その可能性は、非常に高い。

ただ、もしそうだとしても、自分たちのせいにするよりは、季節のせいにしたほうが、精神的には負担が若干軽くなるのではないかと思う次第である。

そんなわけで、彼との終わりはそのうち来るだろうと予測して、夏に向けての覚悟をする。そうすれば、もし本当に上手くいかなかったとしても、「ほらね、やっぱりそうだったでしょ」と傷つかなくても済むだろうと思ったから。

それと同時に、彼との関係に賭けてみたいとも思う。だって、彼は他の人たちとは違うかもしれないから。信じてみるのも、悪くはないはずだから。

・・・・・・・・・・

本格的なインドの夏が訪れる前に。
結局、私たちの関係は終わってしまった。

実際そうだったかどうかは関係なしに、シチュエーションとしては、こんなのはどうだろう。

私たちは2人の関係について私の部屋で話し合い、お互い別れることに納得する。彼が私の部屋を立ち去った後も、しばらく私はソファーに座りついたまま、動かない。あらゆることを考えているけれども、何も考えず、ただぼーっとしているだけな気もする。

そう、なぜか今はやけに大きく聞こえるエアコンのファンのジー、ジー、ジーという音に耳を傾けさえすれば、何も考える必要もない。

気づけば、私はベッドの上に横たわっている。
ダブルベッドの上に。
一人で。

こんな時、自分がスモーカーだったら、ちょっとは絵になるのになんて思う。ベッドの上に膝立ちしながら仰向けになり、天井を虚ろな目で見ながら、タバコをスーッと吸うの。ふと、嫌なことを思い出したように、苦い顔をして、チッと舌打ちをしてみたり。

でも、私にはできない。タバコは吸わない。

家にお酒を置いていないから、悪酔いさえもできない。

とりあえずシラフのまま冷静に頭の中に浮かんだことといえば、「あ。私、しくじった。」

時計を見れば、気づけば夜中の3時。私の部屋はマンションの10階にあるのに、窓の外からは、大通りを走る車やトラックのけたたましいクラクションの音が聞こえる。

去年は違かった。去年の今頃、私が好きだった人が姿を消した日の夜中には、家の外からは、野良ブタたちの悲鳴が聞こえていた。野良牛ではない。野良ブタ。あの時、私は、大通りから外れた住宅区にある一軒家に住んでいたから。

あの人が去ってから、夏が来た。私は自暴自棄になり、周りに迷惑をかけ、自分自身も結果、被害を被った。結局、私が完全に立ち直ったのは、夏が過ぎ去りつつある10月半ばだったっけ。

どうでもいい思い出は忘れようと少し眠りにつくものの、いつも通りに目覚ましのアラームが鳴るのが聞こえ、仕方なく起き、仕方なく支度をし、仕方なく仕事に向かうために車に乗る。前の時と同じように。

オフィスに着くまでの20分間、窓の外の景色を見ながら、車の中で考える。

今年も、私はインドの夏に、うんざりさせられ続けるつもり?

私の答えは−−−


Of course not. I won't let this gloomy summer occupy me.




2016/05/25

インドにある日本食居酒屋での、インド在住日本人の行動について





久しぶりに、日本食居酒屋に、会社の人たちとやってきた。

水曜日の夜7時なのに、1階のカウンター席も空きが少なく、2階の座敷テーブルはもう、 仕事帰りのサラリーマン&ウーマン達で埋め尽くされている。

ここ数ヶ月間、仕事帰りに直行で家に戻って、一人の時間を過ごすことに慣れていた私にとっては、密室空間の中での日本人人口の多さにタジタジとする。


あれ、私、インドにいるんだっけ?
ここ、インドだよね!?


今日のゲストの、シンガポール支店からの出張者でさえも、「シンガポールでも、こんな"ザ・日本"というような、居酒屋はない」と 言わせるほど、ここデリーの隣町グルガオンにある、日本食居酒屋の空間は、日本そのものである。

日本の居酒屋と決定的に違う点といえば−私はそこまで日本の居酒屋に行ったことがないので詳しくはないけれども−グルガオンのその居酒屋に行けば、ほぼ100%の確率で知っている人に遭遇するということ。

特にあなたが営業職で、色んなお客さんを抱えているとしたら、だけど。

だから決まって、お客さんたちは食事を楽しみながらも、誰かが通路を通り過ぎる気配を感じれば、一体誰なのかと、こっそりと(周りから見れば明らかに)目で追ってしまう。

そして、知っている人だったら、挨拶をする。

知らない人であれば、無視をする。
あるいは、ちょっと気になって、どんな人なのかを観察する。

(私の場合は、イケメンが通ったら、ガン見。居酒屋でなくても、基本、どこでも♡)

もしくは、自ら進んでテーブル席の団体客をまわっていき、挨拶をする。
もし新しい部下や出張者がいれば、一緒に同行させ、知り合いの人たちと名刺交換をさせる。


ちょっとした、社交場での、社交界デビューである。


こういう出来事は、全体数から見れば、インドにおける数少ない日本食レストランと、小さな日本人コミュニティーという存在があって、成り立つ。


こういった狭いコミュニティー内での深い繋がりが好きかどうかは、あなたの好み次第。

少なくとも言えるのは、インドの日本居酒屋で、本気の仕事の会談はできないし、秘密の関係がある人たちの待ち合わせの場所としては、全くふさわしくない。

ここ日本居酒屋は、あまりにも、オープンすぎる。


そんなわけで、今夜は、同じ会社の日本人たち(通称『マフィア軍団』←40代前後の既婚者、"超肉食系男性"と、若干の30代独身"草食系男性"の構成)と日本人出張者と、焼き鳥だとか餃子とかを食べに来たのだが、相変わらず、彼らはアグレッシブだ。

居酒屋だから、周りの人たちだって、それなりに大きい声でしゃべっているはずなのに、マフィア軍団は、さらにうるさい。

会話の流れの速度も圧倒的に速いし、誰かが何かを1言えば、他の誰かが10で返す勢い。

今時の20代、30代前半の若者たちとは、勢いが全く違う。

だから、私たちのテーブルから少し離れて対になっているテーブルに座っている、比較的若い日本人グループがちょっと気になりつつ、かつ、そのグループの中に、爽やか系若手イケメンを見つけたとしても、マフィア達の凄みには勝てないな、と心の中で思う。


今夜は物凄くお客さんで混んでいるからなのか、注文したものがなかなか来ない。
結局、最後の締めに頼んだ焼きおにぎりは、キャンセルにして、店を出る。


こんな日本居酒屋がインドにでき始めたのは、ここ最近である。
こういったレストランができ始めてから、日本人たちにとっても大分インド(食)生活が楽になったと言われている。

日本食レストランの進出が多いのは、デリーよりも、その隣町グルガオン。

というわけで、もし、あなたが何かしらの理由でインドにいて、日本と日本食が恋しくなったら、グルガオンに来ることをオススメします。







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2016/05/24

暑すぎるインドの夏をどう乗り切る!?【引きこもりインド在住者の場合】

今年のインドは、5月の時点ですでに最高気温50度を記録したほどの猛暑となっています。

それでも、週末にゴルフをする人や、屋外でのサークル活動に励む強者がいますが、私のようなヘタレは、インドの夏は引きこもりシーズンだと割り切っている部分があります。
 
今回は、引きこもりインド在住者の夏の暑さ対策&過ごし方をご紹介。

①住環境を整える

何しろ、基本は家の中に引きこもるのだから、家はそれなりに快適でないといけません。

インドでは夏に電力不足で停電がよく起こり、家にバックアップが完璧に整備されていないと、エアコンが30分付かないとか、平気で起こります。なので、エアコンが24時間稼働する家に住みましょう。

また、夏には虫が活発になるので、虫嫌いの方は、事前にペストコントロールを行うなど、念のために行った方が安心です。

家の中が暑いと、もう何もする気が起きないので、引きこもりタイプは、ちゃんとした家に住みましょう。

②本を読んで知識を増やす


日本から事前に本を持ってくるのもよし、Kindleでダウンロードして読むのもよし。時間つぶしと共に、知識も増えて、一石二鳥!

③室内でできるエクササイズをして、ダイエットに励む


外は暑すぎて運動する気が起きない=結果太る、ということがないように、室内でできるエクササイズを定期的に行います。

例えばヨガや自重トレーニングであれば、ヨガマット1枚の幅で充分だし、定期的に行えばそれなりの効果が見込めるはず。

【マットレス1枚の広さで行える、地味なのに超きついエクササイズ】


最近、個人的にハマっているのが、『バレエ・ビューティフル』というDVDに収録されているバレエ風筋トレ・エクササイズ。

エクササイズは全身行って1時間程度。動きはとても地味なのに、結構きつい。でも、すっごく体が絞られている気がするので、夏に引きこもって集中的に運動すれば、きっと痩せるかも!?男性にもオススメのエクササイズ。

もし、住んでいる場所がマンションであれば、ジムやプールも付いているかもしれないので、積極的に使っていきましょう。

④映画・ドラマを観て、インドにいることを忘れる


YouTubeで動画が見れることはもちろんの他、インドでも日本のテレビ番組が観れるサービスを提供している会社があります。

また、日本でも配信されているオンラインストリーミングサービスの『Netflix』が最近インドにも進出したので、月額500ルピー程度で、アメリカやイギリスの映画・ドラマが見放題になります。

日本語字幕はもちろん出ないけど、英語字幕の表示オプションもあるので、英語の勉強にもなるかも!?
 

⑤友達とホームパーティーをして、孤独死を防ぐ


あまりにも一人で引きこもりを続けると孤独感が増してくるので、孤独死しないように、友達と会いましょう。外に食べに行くのが億劫だったら、友達を呼んで、ホームパーティーをするのも良しです。

⑥食料ストックを充分にして、栄養失調を防ぐ 


インドの夏は本当に暑すぎて、ご飯を作るのも億劫になったり、夏バテで食欲がなくなることもあるかもしれません。そうなった時のために、調理に時間がかからず、かつ、喉に通りやすい食料を充実させることをオススメします。例えば、以下のものは、揃えやすいです。
  • ポカリスエット(やその類似品)の粉:日本から調達する必要あり。
  • 乳製品(チーズ・ヨーグルト等):簡単に食べれる、かつ栄養も取れる。
  • スープの素(例:レトルトのコーンスープとか)
  • フルーツ:インドで調達。夏に旬のスイカやマンゴーは、物凄く安い。
  • 栄養素の高いジュース(自分で作るのもあり)
  • その他、自分の好物
※とにかく水分補給は徹底すること!!


以上、引きこもりがちインド在住者による、インドの暑い夏を乗り越えるための対策&過ごし方でした。

インドの夏は長いので、工夫して、乗り越えていきましょう!

2016/05/21

インド在住者が困る、日本帰国時でのできごと5選






出張で頻繁に日本に戻る人でない限り、インド在住日本人が、日本に帰国するのは、年2回程度だろう。 

インド在住者が日本に戻ってきた時、久しぶりの日本をどう見るか?
今回は、インド在住者が日本で困った出来事をご紹介。      

①重い荷物を自力で、苦労して運ばなければいけない。

   
大きなスーツケースを転がしながら、空港からホテルまで、もしくは自宅まで、電車を使って向かうことが、どうしてこうも大変なのだろう、とインド在住者は思う。        

インドだったら、空港から自宅まで、お抱えドライバーつきの車で帰れるのに。    
もしくは、どんなに近場の距離の移動でも、道路を走っているリキシャに少しばかりのお金を払って乗っていけるのに。          

日本だとタクシーは高すぎて、近場の距離に使うという贅沢なんてできない。          
だから、自分でスーツケースを持って、階段を上ったり降りたり、駅からホテルに向かって歩いたりするけど・・・          

誰か、お金を払うから、荷物を運んで!!!    
インドにいるポーター(列車の駅とかにいる、荷物を運んでくれる人)を日本にも導入して!!   
 
      

と思っちゃう。     

②お寿司を食べると、お腹がゆるくなる。


普段、生魚を食べないインド在住者のお腹には、お寿司はちょいと刺激的。    
日本帰国時にこの症状になったら、あなたは立派な“インド在住者”だという証拠。      

③商品の種類が豊富すぎて、選べない。


例えば、スーパー売り場にある梅干(ハチミツ味)をとっても、家電良品店にあるシェーバーをとっても、似たような商品だけれども、メーカー、値段が違うものがたくさん置いてある。          

それは、チョイスが多くていいことだけれども・・・         

チョイスが多すぎて、どれを選ぶべきなのか、インド在住者は混乱してしまう。1つの商品を選ぶのに30分かけて決める、なんてこともザラである。      

④実家が狭くて、息苦しい。


インドの住居は、基本、広いし、天井もある程度高い。 だから、実家に戻ると、どうしてこうも、天井が低くて、狭く感じるのだろうかと不思議に思う。      

⑤インドに戻らなければいけない2日前くらいから憂鬱になる。


理由はあえて書かないけれども、『インドに戻る』という事実は、インド在住者にとって、いつだって辛い。







【関連ブログ】
いつの間に日本もインド化してたの!?インド在住者による日本帰国時の恥ずかしい勘違い4選







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フード・イシュー is ビッグ・イシュー





「あなたの長所と短所を教えてください」

と言われたら、どうしても自分の短所のほうが、ポンポンと頭に浮かんでくる。

浮かんでくる自分の短所の一つが、"食への関心が薄いこと"。


周りの人たちは、食べることに幸せを感じるのだろうけれども、私は美味しいとは思っても、幸せは感じられない。

人は集まって食事をしながら会話をするけれども、正直、会話に集中すると、食べ物の味がよくわからないから、本当は、お茶会で済ませられればいいのに、なんて思う。

あることに集中している時(例えば、文章を書いている時)は、全くお腹が空かない。
恋に落ちた時は、食欲が失せる。
失恋した時には、さらに食欲が失せる。

それでも、何か食べなきゃ、という義務感から、とりあえず何か食べるが、それも苦痛である。

そんな時に、Facebookに誰かが投稿した食べ物の写真(特に、明らかに素人っぽい写真)が目に入るのも、好きではない。


そして私は、食べるのが非常に遅い。

小学生の時から、食べるのが遅くて、給食後の休み時間も潰れたのにも関わらず、それでも毎回、ご飯が余っていたくらい。

社会人になってから困るのは、お客さんとの会食のとき。
特に、食事がコースセットになっていると、非常に困る。全て食べきれずに、恥ずかしい思いをする。

こういうことによって、ますます"食べること"に対して、コンプレックスを抱えるのだが、さらにここインドでは、コンプレックスが顕著になる。


なぜなら、私は、インド料理が苦手だから。

辛いものが、ダメなのだ。
インド料理の、カレーの匂いが、ダメなのだ。

(ただし、オールド・デリーにある有名レストラン『カリーム』のバターチキンカレーは私の大好物。年2・3回は食べに行く。あと、インドの炊き込み御飯、ブリヤーニも好き。)
 
だから、インド人と一緒にご飯を食べる、ということが私にとっては、非常に難しい。


昼休みには、会社の食堂には行けない。

仮に、インド料理の匂いに我慢できたとしても、周りのインド人が食べているものとは全く違うものを食べていると、すごく気まずい思いをしてしまう。

そのため、昼ごはんは、一人でひっそりと、自分のデスクで、バナナとかクッキーとかを食べるか、もしくは、昼ごはんは食べない。


インド人はホスピタリティー溢れる人たちで、食事によく誘ってくる。
あるいは、自分が食べているものを、勧めてくる。

私は、本当は嬉しくない。一番、困る。
「ノー・センキュー」と言ったら、とりあえず勧めてくるのをやめてくれると、非常にありがたい。


自分が美味しいと思っているものが、必ずしも相手にとっては、そうだとは限らない。


私は、このことについて、身にしみて知っている。
だから、私だって、誰かに日本食を無理に勧めたりなんてしない。


とは言え、 もっと食への一般的関心が高くて、インド料理にも抵抗なければ、どんなにいいことか、とは思う。

食を受け入れることとは、その文化を受け入れることなのではないだろうか。
人は交流を深めるために、食事を一緒にするのではないだろうか。

そうなると、私は、インドというものを全く受け入れていないということになるし、
人との交流も拒絶しているということにもなり得る。

だから、会社の食堂でご飯を食べられない時、勧められたものを食べられない時に後ろめたさを感じるのではないだろうか。


Food issue is a big issue.


好き嫌いなしに、何でも食べられる人が、非常に羨ましい。








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2016/05/20

いつの間に日本もインド化してたの!?
インド在住者による日本帰国時の恥ずかしい勘違い4選




海外生活が長くなると、日本帰国時に、自分が浦島太郎状態になった気がする。

それは、自分が日本から離れている間に、日本がかつて知っていた場所からは変化している、ということもあるけれども、それと同時に、自分自身も海外生活によって変化が起こっているということでもある。

今回は、インドでの生活に慣れきってしまったインド在住日本人が、日本に帰国した際に一瞬驚いた、「まさか、日本って、こんな国だったっけ!?」という恥ずかしい思いをした勘違い4選をご紹介。


①いつの間に、日本でもトイレの水が流れなくなったの!?

(→実際は、ちゃんと日本ではトイレの水は流れます。詰まっていない限り。)

日本帰国1日目に立ち寄った、とあるデパートにて。

女性用トイレに入ると、トイレの側に小さなゴミ箱が置いてありますが、たまたま、ゴミ箱の中にティッシュが捨ててあったのが見えました。

そのティッシュを見た、インド在住者である私は、こう思ったのです。


あれ?日本でも、トイレの水がちゃんと流れないから、トイレットペーパーは使用した後に、ゴミ箱に入れないといけないんだっけ!?

え、日本って、退化したの!?


インドでは一般的にトイレの水圧が弱いために、人々はトイレットペーパーを使用したら、ゴミ箱に捨てます。

トイレに流そうとして、流れなかったら、掃除のおばちゃんに怒られます。

だから一瞬、日本のトイレでも、ペーパーをゴミ箱に捨てなければならないのかと不思議に思ったのですが、


いや、待てよ。日本なんだから、トイレの水は流れるに決まっているでしょ!!


と、インドでの習慣になっている行為を日本ですることを、踏み止め、ちゃんとペーパーは水に流しました。

ホッ、危ないところだった・・・


②いつの間に、日本は電力供給不足になったの!?

(→実際は、停電だと思ったらただの消灯でした。)

東京のオシャレなレストランで、インドで知り合ったお友達とディナーを楽しんでいた時。

窓ガラス越しに見える、レストランのすぐ向かいにある結婚式場が、それまではネオン煌びやかに電気が付いていたのに、一瞬に電気が消えて、真っ暗になったのです。

私は、思わず、


「え、停電!?(ここ日本で???)」


 と慌ててしまったところ、お友達から、「そんなことないよー。ここは日本だから、停電はないでしょ。ただの消灯だよ」とたしなめられる始末。


いやーん、恥ずかしいー。消灯を停電だと勘違いしちゃうなんて!
私は、一体どこの国から来た人なんですか?っていう感じ。


・・・あ、インドから来ました。

インドでは、電力供給不足による停電がよく起こるのです。。


③いつの間に日本人が、インド風の返事の仕方をし始めたの!?

(→実際は、返事をしているのではなくて、キレていたようでした。)

ラーメン屋さんで、注文したラーメンを席で待っていた時のこと。

席が空いていたから座ったのに、どうやら、私が座っている席を狙っていた人がいたらしく、私にイチャモンをつけてきました。

なので私はその人に、「先にここに座ったのは、私です」と反論。

するとその日本人は、「はぁ?(語尾は上向きで)」と言ってきたのです。

私は、その人が理解を示してきたのだと思って、ついこう言いました。

「はー、はー、(語尾は下向きで)That's true.」

そしたら、その人はさらに怒ったのか、「お前何言ってんだよ!」とドヤされました。

きゃっ!やっちゃったー!

インドの言語の一つ、ヒンディー語では、「ハー(ン)」、英語表記で"Haan" は、「はい」"Yes"という意味なのです。返事をするときとか、相槌を打つ時に使います。

だから、

どうして、このキレ気味の日本人は、急にヒンディー語で"Yes"と言っているのだろう?

と不思議に思いつつも、つい、インドにいる時のように、簡単なヒンディー語と英語で返事をしてしまったのです。

でも、日本だと、「はぁ?」は、相手をバカにしている、失礼な表現。主にキレている時に、使う表現。

私に突っかかってきた日本人に腹を立たせながらも、心の中では、日本語をヒンディー語と勘違いした自分がおかしくて笑ってしまいました。


④日本でもPM2.5問題がすごいことになっているの!?

(→実際は、日本人はただのマスクフェチなだけらしい。)

中国を抜いて、PM2.5の数値が世界一高いと問題にされているインドにおいては、都市部では健康を気を使ってマスクをしているインド人も増えてきている。

もちろん、インド在住日本人は、外出する際にマスクをする人たちが圧倒的に多い。

だから日本に帰った時に、マスクをしている日本人の多さにびっくりして、

日本でもそんなに空気が悪くなってしまったのか!?

と思ってしまったけれども、でも、さすがにインドと比べれば大したことはないだろう、と思い出す。

日本でマスクをする意味があまりよくわからないけれども、きっと、花粉症の人たちが多いのか、大気汚染に敏感な人たちが多いのか、あるいは、ただ単にマスクフェチの人が多いのでしょう、ここ日本では。

あぁ、日本人って、なんて不思議な人たち〜、と思ってしまう。


自分の勘違いは棚に上げて。

2016/05/18

まさしく、"インドの宝石"!この絶世の美女は一体誰!?






この絶世の美を誇る、インド人女性は一体、誰でしょう!?

モデルさん?女優さん?

いえいえ、もっともっとゴージャスな方なのです。


彼女の名前は、ガヤトリ・デヴィ(Gayatri Devi)
インド独立前後の激動の時代を生きた、インド最後のマハラーニー

マハラーニーとは、インドの王妃のこと。マハラジャといえば、インドの王様。

正確に言うと、ガヤトリ・デヴィは、最後のジャイプールのマハラジャの第3王妃。
ガヤトリ王妃が職位中に、1946年、インドはイギリスから独立。これにより、王族統治が廃止され、インド中央政府による統治が始まったため、ガヤトリは、ジャイプールの最後のマハラーニーとなる。

ジャイプールといえば、『宝石の都』として有名。

ガヤトリの美しさは、まさに、『宝石の都』を代表するのにふさわしい。



もう、""ジャイプールの宝石、いや、"インドの宝石"と呼ばれるべきではないのか?


ガヤトリは美貌を誇るだけではなく、そのファッションセンスから、イギリスのダイアナ妃やキャサリン妃がそうであるように、ファッションアイコンとして注目を集めていた。


それでは、ここで、マハラーニーから学ぶ、ファッションTips♡


①サリーの生地はシフォンを選ぶべし!


インドの王妃たちは、好んでシフォンの生地のサリーを着ていた。
ガヤトリは、なんと、フランス・リヨンで、シフォンのサリーを仕立ててもらっていたとか。

なんともゴージャス!


②シフォンのサリーには、パステルカラーを選ぶべし!




ターコイズ、アイボリー、ローズピンク、シトロンなどの淡い色を選んで、女性らしい柔らかな雰囲気を演出しましょう。


③ アクセサリーには、パールとエメラルドを選ぶべし!


日本人女性には朗報!ガヤトリは、パールのアクセサリーをよく身につけていたとか。

また、エメラルドのアクセサリーをつける際には、同色の服は避けるように。
ガヤトリは、お祖母様から、「エメラルドのアクセサリーには、ピンクのサリーがお似合いよ」とアドバイスを受けていたとのこと。


④メイクは最小限で!


インド人美女といえば、アイメイクばっちりのイメージだけど、マハラーニーに近づくには、メイクは最小限に。

上品な色の口紅と、額につけるビンディーがあれば、ばっちり。

いわゆる、スッピンメイクが流行っている日本人にとってみれば、マハラーニーは最高のお手本かも!?


参考文献:
http://www.theluxecafe.com/fashion/clothes-accessories/royal-style-diaries-for-the-princess-in-you/








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2016/05/17

マリリン・モンローにもヨガを教え、
ヨガを世界的に有名にした女性とは!?





ヨガのポーズをするマリリン・モンロー (写真: allplaidout.comより)


実は、マリリン・モンローも美容のために、ヨガを習っていた。

マリリンにヨガを教えていた先生は、インドラ・デヴィ(Indra Devi)という女性。

インド人の名前のようだが、実は彼女はインド人ではなく、リトアニア生まれの欧米人。

本名は、ユージニー・ピーターソン (Eugenie V. Peterson)

一体、ユージニーは、どうしてインドラと名乗り、世界的にヨガの知名度を広げた先生となったのか?

彼女の人生を辿っていこう。 

ユージニー時代


ユージニーは、 1899年に、スイス人銀行家の父と、ロシア人舞台女優の母の間に生まれ、裕福な家庭のもとで育つ。

15歳の頃に、アメリカ人が書いたヨガ哲学に関する本に出会い感銘を受け、いつかインドを訪れることを決意したという。

ロシアで幼少期を送っていたユージニーだが、1917年のロシア革命を機に、ロシアを離れ、その後は、舞台役者として、ヨーロパ各地を転々としていた。

27歳の頃、オランダで神秘思想団体の集会に参加した際にたまたま聞いた、サンスクリット語の祈りの歌にユージニーは感動。この出来事が、彼女の人生を変えるきっかけとなったという。

28歳の頃、金持ちの銀行家からの求婚を受けたユージニーは、「結婚前にインド旅行の旅費を払ってくれるなら、結婚してもいいわ」と返答。銀行家はこの提案を承諾し、彼女はインドに旅立った。

3ヶ月のインド滞在から戻ってきた彼女は、銀行家に「私の居場所はインドにある」と、結婚指輪を返却。自分が持っていた宝石や毛皮のコートを売り払ったお金で、再びインドに向かう。

インドラ・デヴィとして

インドに再訪問してからは、インドラ・ナヴィという源氏名で、ダンサーとして、また映画女優として活躍。

31 歳の頃、在インド、チェコスロバキア大使館で働く商務官の男性と結婚。大使館で働く夫を通じて、インド植民地における白人たちの社交界にも参加する一方、階級を超えた様々なインド人との関わりを求め、ガンジーを始め、インド人の詩人、タゴールや、インド初代首相ジャワハルラール・ネルーらとの交流も深めた。

活動範囲が広すぎたためか、体調が悪くなり、胸に痛みを感じるようになる。4年間治療を受けるものの、一向に改善の兆しは見られなかった。

そんな時に、友人から、「ヨガのプラクティスを行ってみてはどうか?」と勧められた。

女性、かつ、外人であるインドラが、ヨガの修行をするということとは

   
健康回復のために、インドラは、夫のつてで知り合った、『現代ヨガの父』とも呼ばれるヨガの達人、クリシュナマチャリアに、弟子入りをお願いする。

しかし、 クリシュナマチャリアは申し出を拒否。

ヨガの世界では、修行を行うのは代々男性のみであった上に、非インド人がヨガの修行をするなど、以ての外であった。


インドラは、女性、かつ外人、であった。


このことを耳にした、クリシュナマチャリアとインドラ両方を知る、あるマハラジャは、クリシュナマチャリアにインドラを弟子入りさせるよう説得。クリシュナマチャリアはついにそれを承諾することとなる。

弟子入り後は、女性だからと手加減をさせることはなく、男性同様、厳しい規律、食事制限、長時間にわたる修行、冬の間もストーブは使わないなど、ありとあらゆる試練に耐えた。

クリシュナマチャリアは、インドラの修行に対するひたむきさを高く評価。自らインドらに、個別に教えるようにもなったという。

ヨガの修行を行ううちに、長年治らなかったインドラの病気は、完治した。


インドラ・ナヴィ(写真: http://yogadork.comより)

インド国内初の“欧米人”ヨガの先生として

インドラが39歳の頃、大使館に勤める夫が中国に転勤となり、インドを離れることに。中国に渡った後は、師のクリシュナマチャリアの薦めにより、上海にヨガスタジオを設立し、主にアメリカ人、ロシア人の生徒たちにヨガを教えた。

第二次世界大戦の終結後、インドラはインドへ戻り、自身の最初の著書となる『Yoga, the Art of Reaching Health and Happiness』を出版。これは、インドで出版された中では最も古い、欧米人による本だと言われている。

また、インドラは、インドにおける最初の欧米人のヨガの先生となった。

一方、その頃、彼女の夫はチェコスロバキアに帰国後、間もなく死去した。

インドラは上海に一度荷物を取りに戻る。そして、インドに戻り、ヨガを教え続けるか、もしくは、“ある国”に行くことにするか、迷っていた。

ハリウッドセレブたちにヨガを広める

マリリンにヨガを教えるインドラ (写真:relaxandrelease.co.ukより)

インドラはインドに戻らずに、アメリカへ向かった。インドラ、48歳であった。

ハリウッドにヨガスタジオを開くと、ハリウッド俳優やセレブたちにヨガを教える。マリリン・モンローもインドラの生徒の一人であった。

インドラが54歳の頃、アメリカ人医師と再婚。これにより、アメリカの市民権を獲得し、『インドラ・デヴィ』も正式な本名となった。

世界にヨガを広める伝道師に

インドラ・ナヴィ(写真: revistaey.comより)

1960年、インドラはソビエトを訪問。当時のソビエトのトップリーダーと会談し、ヨガは宗教ではないと説得。ヨガの効果について説明し、最終的にロシアでもヨガが合法的に広まるようになった。

その後は精力的に世界中を周り、ヨガの教えを広める活動を行う。

1982年にアルゼンチンを訪問した際に、その国を気に入り、最期の時までアルゼンチンで時を過ごした。

1999年に100歳の誕生日を迎えた時でも、世界を旅しヨガを広めていたが、2002年、102歳でこの世を去った。


参考文献:
http://grimmly2007.blogspot.in/2013/11/photo-indra-devi-teaching-marilyn.html
http://www.amazingwomeninhistory.com/indra-devi-mother-of-western-yoga/



2016/05/15

バスタブのある海外生活




ブリジット・バルドー (写真:pinterestより)

日本に住んでいた頃は、2日に1回は必ずお風呂の湯に浸かり、しかも、風呂に入ったら最低1時間半はバスタブの中で過ごしていた。


何をするかといえば、歌ったり、本を読んだり、ipadで映画を観たり、考え事したり。


だから、海外にいる時は、結構きつい。


インドだけに拘らず、基本日本以外の国では、湯船に浸かるという習慣がないからか、バスタブが設置されているホテルや家が少ない。


それはインドで暮らす前から知っていたので、日本からの荷物を宅急便で送る際に、子供用のビニールプールを追加しようか、非常に迷った。


が結局、ビニールプールをインドに持ってくることは諦め、シャワーのみの生活が続いた。


インドの夏の時期であれば、まだシャワーのみで我慢できる。


でも、インドの冬(そう、デリー付近では、寒い冬が来るのです。)には、どうしても耐えられない。


幸いなことに、私のオフィスのすぐ近くには、日本人向けホテルがあり、その中に、大浴場があった。冬の間は、ホテルの大浴場に最低週1で通っていた。 料金は1回につき500ルピー、約1000円。大きな出費にはなるが、せっせと通っていた。


そんなバスタブ無しのインドでの生活も長くなってきたところ、インドで知り合った日本人の友人のマンションに遊びに行った際に、バスタブを発見。


日本でもお馴染みの、白くて長方形型のバスタブ。


すぐに友人にバスタブのことを聞いてみると、もともと付いていたのだという。


彼女が住んでいる部屋は、一人暮らしにはちょうどいい1LDK。マンション自体も新しく出来たばかりで綺麗だったため、すぐさま同じマンションに引っ越し、バスタブを手に入れる計画を始めた。


不動産を使って、物件を見て回るものの、同じマンションなのに、どの空き部屋を見ても、バスタブが付いている部屋はなかった。

不動産に、「同じマンションに住んでいる友人の部屋にはバスタブがあった」と指摘すると、それはオーナーが勝手につけたもので、普通はやはりバスタブは部屋に備わっていないという。


今回の引っ越しでは、バスタブを手に入れることが、私の中ではハイライトになっていたので、ここは譲れない。だから・・・バスタブをつけてくれるように、大家さんと交渉せねばならない。


予想していたように、この交渉は難しいものとなった。


まず、インド人大家に、なぜバスタブが必要なのかを理解してもらうのが困難だ。普通のインド人であれば、家で、風呂に浸かるという習慣がないのだから。


バスタブに理解を示してくれない大家さんは、こちらも無視。そこの部屋はもちろん借りない。

「バスタブを付けてもいいよ」と言ってくれる大家さんを見つけたかと思えば、「付ける代わりに、家賃は割高だよ」と言ってくる始末。不動産屋によれば、バスタブはそんなに高いものではないらしいとのことなので、バスタブで家賃を上げるような大家の部屋は却下。


ようやく、バスタブも付けてくれる、かつ、家賃もあげない素晴らしい大家さんに出会えた。最初は、「バスタブは付けてあげるけど、費用はあなた持ちね」なんて、とんでもないことを言ってきたのだが、ここは、いつも通りに交渉でなんとかする。


バスタブの費用は、3分の1が私持ち。3分の2が大家さん持ち。決まり。Done。


「君の好みのバスタブにしたほうがいいから、バスタブ見つけたら教えてくれ」と大家さん。大家さんに、バスタブがどの辺りで売っているのかを教えてもらい、バスタブの物色に向かう。


店員には、必要なバスタブの大きさと、「とにかくシンプルで、一番安いものを!」と伝える。サイズ的にオーダーメイドにならざるおえないらしいが、大家さんにも店に来てもらい、いくらになるのか交渉してもらう。


最終的に決まった、アクリル製の白くて長方形型のバスタブの値段は、送料込みの18,000ルピー、約3万6000円。自己負担分は3分の1の1万2000円。うん、悪くない。


備え付け等は大家さんに任せたので楽だったが、バスタブを手に入れる道のりは、正直、長かった。ただ、その分、新居に引っ越した時に、バスルームにバスタブが設置されているのを見たときの喜びは大きい。


バスタブが設置されたからと言って、 簡単に熱いお湯に浸かれるというわけではない。


インドでは、勝手にお湯が出てくることはなく、水をギザと呼ばれる湯沸かし器で温めないとお湯が出ない。しかも、湯沸かし器で温まった分のお湯を使い切ったら、再び沸かさないと、水しか出てこない。もちろん、水を温めるには時間がかかる。


バスタブに湯をためるには、1回湯沸かし器で水を温めただけでは足りず、夏の場合は2回、冬の間は3回以上、沸かす必要がある、ということを学んだ。


冬だと寒くてギザが温まるのにも時間がかかるので、湯を入れていると同時に、自分はキッチンで、鍋とフライパンに水を入れてガスコンロでお湯を沸かし、沸騰したらバスタブにコンロで沸かしたお湯を移し替えるという、涙ぐましくて滑稽な作業を数回繰り返している。


今は夏なので1回お湯を入れて、少し経ってから再度お湯を入れる、というだけで済むので簡単だ。

 
インドでの知り合いたちからは、「そこまでして風呂に浸かりたいのか?」と聞かれる。


うん。そこまでしてお風呂に浸かりたいの。


実際に、バスタブが家にあることで、私の海外生活における快適さと優雅さは格段に上がったと思う。


そう。優雅さ。これ、大事♡


日曜日の朝10時に遅く目覚めて、ちょっとボーっとし、10時半にようやくベッドの外に出る。バスタブにお湯を入れ始めてから、日本から持ってきたアサイーピューレを使ってアサイースムージーを作り、かつ、モッツアレラチーズの塊をスライスし、何切れかかじる。


お湯が充分に張るのは11時頃。スムージーを入れたマグカップとパソコンを持ってバスタブに向かう。


マグカップを風呂の端に置き、パソコンをバスタブの直ぐそばに位置するトイレのふたの上に置く。(トイレとバスタブが分かれていないのは、ちょっと優雅ではないけれども、仕方がない。)


水を浄化するために、ビタミンCの粉末と重曹を入れてから、お湯に入る。
ついでに、お気に入りのインドのコスメブランドForest Essentialのバスオイルも入れて。


バスタブに浸かりながら、パソコンを開く。


その時の気分で、こうやって文章を書くこともあれば、ネットサーフィンをしたり、音楽を聴いたり。


そんなことをしていると、あっという間に時間は過ぎてしまい、風呂から出る頃には午後1時になっていたりする。


誰かはきっと、私が時間を無駄にしている、と言うだろう。


そうだと思う。でも、私は、この怠惰な時間が好きだし、必要。


海外にいるくせに、一人、バスルームにこもって、自分の世界という、どこにもない場所にいるのは、 堕落していて、優雅で、かつロマンチックだ。


もう私は、バスタブ無しのインド生活なんて送りたくない。







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2016/05/14

オードリー・ヘップバーン似の、このインド美女は一体誰!?




happening.mediaより

とあるサイトで、たまたま見つけた、オードリー・ヘップバーン似のこのインド人美女に目が釘付け。

あまりインド人ぽくないな、と思ったが、紹介文をよむと、"インドで最も美しい女性の一人"とされているので、どうやらインド人らしい。

pbs.twimg.comより

彼女の名前は、フェローゼ・グジャラル(Feroze Gujral)。 名前もなんだかインドっぽくない。

調べてみると、彼女は、インド人とイギリス人のハーフのお母さんと、インド人とアラブ人のハーフのお父さんの間に生まれたという。

つまり、インド人とその他のハーフ。

なるほど、納得。

vogue.inより

visheshverma.prosite.comより

写真によっては、アメリカのお騒がせセレブ、キム・カーダシアンや、イタリアの女優、モニカ・ベルッチにどこか似ているようにも見える。

どちらにしても、美人である。

知性と気品溢れる容貌を持つフェローゼは、17歳でモデルのキャリアをスタート。90年代に、インドを代表するコスメブランドや、インドでも有名な国際的ファッションブランドの広告塔となり、たちまちインドで一世風靡するスーパーモデルとなった。しかし、わずか数年後、有名建築家のインド人男性と結婚。結婚後、モデルの世界から引退。22歳で子供を授かったー


と、ここで、彼女のストーリーは終わらなかった!


結婚を機にモデルを引退後、フェローゼは大学で法律を勉強し、優秀な成績で卒業。そして、デザインスタジオの経営をしたり、インドでのストリーミングサービス事業を展開する企業の創立者になったりと、ビジネスの世界で活躍。現在は、建築家であり、DLFの副社長である夫が設立した、建築とデザインの会社のダイレクターを務めている。

visheshverma.prosite.comより

また、フェローゼは慈善活動にも積極的だ。

夫と共に、アーティストやアートプロジェクトを支援する慈善団体The Gujral Foundationを運営。Gujral Foundationは、これまでに、2014年にニューヨークにあるソロモン・R・グッゲンハイム美術館にて行われた、インドで活躍する抽象画家のエキシビジョンのサポートや、2015年にヴェニスで行われた国際美術展覧会ヴェネツィア・ビエンナーレにて、初の試みとなるインドとパキスタンの共同展示場を手がけるサポート等、様々な活動を行っている。

フェローゼはGujaral Foundationを手がけることにより、インドにおけるコンテンポラリーアートの促進に多大なる貢献を果たしている偉大なる女性の一人と注目を集めている。

www.artsy.netより

モデルから事業家・慈善活動家への見事なる変貌を遂げた彼女はこう言う。


「私は今まで、自分の意志に従って動いてきたの。インドでは、自分で自分をストップさせる傾向があるけれども、どうしてなのか私にはわからない。私は22歳で子供を産んだ。夫が私を大学に行かせた。そうしてから、何も私の行動をストップさせることができないの!」 


参考文献:
https://en.wikipedia.org/wiki/Feroze_Gujral 
http://www.dnaindia.com/lifestyle/report-age-is-just-a-myth-1256555
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-these-8-women-are-leading-the-indian-art-world
http://www.dnaindia.com/lifestyle/report-how-90s-super-model-became-a-pillar-of-india-s-art-community-2072749








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インド在住日本人の特有!?日本のTKGが恋しい



インドに到着してまだ2週間目の頃、私は日本人上司と共に日系企業の日本人社長の元へ表敬訪問に伺ったのだが、その際にこんな質問をされた。

 
「”TKG”って、何の略かわかる?」

 
私の上司は、「あぁ、あれね」という表情を浮かべていたけど、私にはもちろん、何のことだかは分からない。

 
TKG=Tamago Kake Gohan=卵かけご飯

 
「インドの卵は生で食べれないのよ。サルモネラ菌が殻に付着していて、食中毒を起こすから。日本の生卵は、いいね~!卵かけご飯は貴重だよ」と社長さん。
 
何しろ、1週間ちょっと前までは、日本で何の不自由もなく好きなものを食べてきていた私は、正直、卵かけご飯の貴重さ、ありがたみさなんて、わからなかった。
 
あれからインドで時は過ぎ、早2年。

 
いまだに、卵かけご飯のありがたみがわからない。


会社の出張者がインドに来る際は、インド駐在員たちのお土産として、生卵を持ってくる。出張者が持ってきた卵のパックをはさみで分け、駐在員たちに分け与える。そして時々、私もおこぼれをもらうことがある。

駐在員たちも日本帰国の際は、生卵をお土産に買ってくる。割れないように、卵専用容器に入れて持ち帰る。自分用、会社用、知り合い用、お客さん用として。時々私も、日本一時帰国をした知り合いの駐在員から「“卵かけご飯パーティー”をするよー」と誘われる。 


それでも、私には卵かけご飯のありがたみがわからない。 


日本人って、そんなに卵かけご飯が好きな人種だったのかしら? 

日本にいたときに、自分が卵かけご飯を食べた記憶なんてそこまで多くない。(一時期、ハマって、よく食べていた時期はあるけど。) 

最近では、私もついに周りの日本人たちから無意識に影響されたのか、日本帰国した際に、卵1パックを買ってしまった。

そして、インドに戻ってきたら、友達に「卵かけご飯、食べる?」と聞いている自分がいる。

こうやって、知らず知らずのうちに人は周りに影響され、同化し、卵かけご飯の貴重さ・ありがたみは、インド在住日本人からインド在住日本人へ広まっていき、受け継がれていき、不動の事実となるのだろう。


そ・れ・で・も。


つい最近、駐在員の奥さんから卵1パック(10個入り)をもらったのだが(しかも、自分では絶対に買わないような高級卵)、正直使い道に困っている。

唯一生で食べれる、日本の卵なんだから、卵かけご飯で食べなければいけない、という強迫観念から、卵かけご飯を作るものの、賞味期限を考えて、毎日卵かけご飯、というものに全くありがたみを感じない。

さすがに毎日卵かけご飯はきつい。でも、毎日食べないと、賞味期限が切れて余ってしまい、高級卵がもったいない。

苦渋の策で、パンケーキにもらった卵を使う。1回につき2個。パンケーキを2回作ったから、加熱した卵、4個。なんだか、これももったいない気がする。

結局のところ、私は日本の生卵にも、TKGにも、そこまで魅力を感じていないのかもしれない。

お土産にもらうと、ありがたいという気持ちはあるものの、TKGに卵を使わなかったときの罪悪感がすさまじく、私にとっては、もらってもあまり嬉しいものではない。
  
そんなわけで、願わくば:
 
日本からのお土産は、生卵よりも、蒟蒻畑(リンゴ味)だったらいいのに!

 



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