2016/05/17

マリリン・モンローにもヨガを教え、
ヨガを世界的に有名にした女性とは!?





ヨガのポーズをするマリリン・モンロー (写真: allplaidout.comより)


実は、マリリン・モンローも美容のために、ヨガを習っていた。

マリリンにヨガを教えていた先生は、インドラ・デヴィ(Indra Devi)という女性。

インド人の名前のようだが、実は彼女はインド人ではなく、リトアニア生まれの欧米人。

本名は、ユージニー・ピーターソン (Eugenie V. Peterson)

一体、ユージニーは、どうしてインドラと名乗り、世界的にヨガの知名度を広げた先生となったのか?

彼女の人生を辿っていこう。 

ユージニー時代


ユージニーは、 1899年に、スイス人銀行家の父と、ロシア人舞台女優の母の間に生まれ、裕福な家庭のもとで育つ。

15歳の頃に、アメリカ人が書いたヨガ哲学に関する本に出会い感銘を受け、いつかインドを訪れることを決意したという。

ロシアで幼少期を送っていたユージニーだが、1917年のロシア革命を機に、ロシアを離れ、その後は、舞台役者として、ヨーロパ各地を転々としていた。

27歳の頃、オランダで神秘思想団体の集会に参加した際にたまたま聞いた、サンスクリット語の祈りの歌にユージニーは感動。この出来事が、彼女の人生を変えるきっかけとなったという。

28歳の頃、金持ちの銀行家からの求婚を受けたユージニーは、「結婚前にインド旅行の旅費を払ってくれるなら、結婚してもいいわ」と返答。銀行家はこの提案を承諾し、彼女はインドに旅立った。

3ヶ月のインド滞在から戻ってきた彼女は、銀行家に「私の居場所はインドにある」と、結婚指輪を返却。自分が持っていた宝石や毛皮のコートを売り払ったお金で、再びインドに向かう。

インドラ・デヴィとして

インドに再訪問してからは、インドラ・ナヴィという源氏名で、ダンサーとして、また映画女優として活躍。

31 歳の頃、在インド、チェコスロバキア大使館で働く商務官の男性と結婚。大使館で働く夫を通じて、インド植民地における白人たちの社交界にも参加する一方、階級を超えた様々なインド人との関わりを求め、ガンジーを始め、インド人の詩人、タゴールや、インド初代首相ジャワハルラール・ネルーらとの交流も深めた。

活動範囲が広すぎたためか、体調が悪くなり、胸に痛みを感じるようになる。4年間治療を受けるものの、一向に改善の兆しは見られなかった。

そんな時に、友人から、「ヨガのプラクティスを行ってみてはどうか?」と勧められた。

女性、かつ、外人であるインドラが、ヨガの修行をするということとは

   
健康回復のために、インドラは、夫のつてで知り合った、『現代ヨガの父』とも呼ばれるヨガの達人、クリシュナマチャリアに、弟子入りをお願いする。

しかし、 クリシュナマチャリアは申し出を拒否。

ヨガの世界では、修行を行うのは代々男性のみであった上に、非インド人がヨガの修行をするなど、以ての外であった。


インドラは、女性、かつ外人、であった。


このことを耳にした、クリシュナマチャリアとインドラ両方を知る、あるマハラジャは、クリシュナマチャリアにインドラを弟子入りさせるよう説得。クリシュナマチャリアはついにそれを承諾することとなる。

弟子入り後は、女性だからと手加減をさせることはなく、男性同様、厳しい規律、食事制限、長時間にわたる修行、冬の間もストーブは使わないなど、ありとあらゆる試練に耐えた。

クリシュナマチャリアは、インドラの修行に対するひたむきさを高く評価。自らインドらに、個別に教えるようにもなったという。

ヨガの修行を行ううちに、長年治らなかったインドラの病気は、完治した。


インドラ・ナヴィ(写真: http://yogadork.comより)

インド国内初の“欧米人”ヨガの先生として

インドラが39歳の頃、大使館に勤める夫が中国に転勤となり、インドを離れることに。中国に渡った後は、師のクリシュナマチャリアの薦めにより、上海にヨガスタジオを設立し、主にアメリカ人、ロシア人の生徒たちにヨガを教えた。

第二次世界大戦の終結後、インドラはインドへ戻り、自身の最初の著書となる『Yoga, the Art of Reaching Health and Happiness』を出版。これは、インドで出版された中では最も古い、欧米人による本だと言われている。

また、インドラは、インドにおける最初の欧米人のヨガの先生となった。

一方、その頃、彼女の夫はチェコスロバキアに帰国後、間もなく死去した。

インドラは上海に一度荷物を取りに戻る。そして、インドに戻り、ヨガを教え続けるか、もしくは、“ある国”に行くことにするか、迷っていた。

ハリウッドセレブたちにヨガを広める

マリリンにヨガを教えるインドラ (写真:relaxandrelease.co.ukより)

インドラはインドに戻らずに、アメリカへ向かった。インドラ、48歳であった。

ハリウッドにヨガスタジオを開くと、ハリウッド俳優やセレブたちにヨガを教える。マリリン・モンローもインドラの生徒の一人であった。

インドラが54歳の頃、アメリカ人医師と再婚。これにより、アメリカの市民権を獲得し、『インドラ・デヴィ』も正式な本名となった。

世界にヨガを広める伝道師に

インドラ・ナヴィ(写真: revistaey.comより)

1960年、インドラはソビエトを訪問。当時のソビエトのトップリーダーと会談し、ヨガは宗教ではないと説得。ヨガの効果について説明し、最終的にロシアでもヨガが合法的に広まるようになった。

その後は精力的に世界中を周り、ヨガの教えを広める活動を行う。

1982年にアルゼンチンを訪問した際に、その国を気に入り、最期の時までアルゼンチンで時を過ごした。

1999年に100歳の誕生日を迎えた時でも、世界を旅しヨガを広めていたが、2002年、102歳でこの世を去った。


参考文献:
http://grimmly2007.blogspot.in/2013/11/photo-indra-devi-teaching-marilyn.html
http://www.amazingwomeninhistory.com/indra-devi-mother-of-western-yoga/



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