2016/06/27

恋愛なんて、本当はただの嗜好品



ある人からの連絡を待ち続けて6日目になる。明日で、ちょうど1週間。「1週間後くらいに連絡します」という彼を信じて、待ち続けるものの、彼の返事が気になって気になって仕方がない。四六時中、彼のことばかり考えている。

と言っても、これは全く恋愛ごとではない。

全くもって恋愛とはかけ離れている事情、もっとシビアで現実的な事情。そう、例えば、就活中の大学生が志望先からの連絡を待ち続けていたり、芸人の卵がオーディションの結果を待ち続けていたり、選挙立候補者が当選結果を待ち続けていたり、そんなことである。つまり、私の今後の人生を左右する結果を下すある人からの連絡を今か今かと待ち続けている。

そんな状況に自分が陥ると、ふと、恋愛なんてくだらないな、恋愛なんて、ただの嗜好品だな、と思ってしまう。

私は映画だったら、絶対にラブコメが好き。ホラーとか絶対に嫌。好きな音楽の歌詞だって、恋愛に関する歌詞が多い。自分のブログでだって、恋愛ネタが多い気がする。でも、それには理由がある。それは、恋愛ネタって、当たり障りもなく、誰にでもわかりやすく普遍的で、かつ、誰も傷つかないと思うから。例えば、政治系の話だったら、人によって好き嫌いが分かれて、時々、ある人を不愉快にし、場合によっては、インターネット上で炎上してしまうかもしれない。それが嫌だから、とりあえずブログでは恋愛ネタをよく使っている。

だから、私は恋愛至上主義者では絶対にない。全ての恋愛ネタは、基本、エンターテイメント、趣味の一つなんだと思う。 心にゆとりがある時でないと、楽しめない。

現実的に、恋愛が上手くいこうが、いかまいが、人生を大きく左右することはないし、世界で起きている出来事からすれば、恋愛なんて大したものでもない。っていうことは、ちゃんと分かっている。分かっていることが悲しく思える時もあるから、非現実的な世界にロマンチックなことを求めてしまう。※心に余裕がある時に※

【恋愛=嗜好品】という表現を頭の中で思いついた時に、おっ、私は新たなキャッチコピーを閃いたのではないか!と思ったものの、こういった考えはすでに世の中に存在しているらしい。Googleで、 【恋愛 嗜好品】と検索してみれば、1番最初の検索結果に『恋愛とは嗜好品である』なんて出てくるではないか。そして、2番目以降の検索結果にも同様の内容のものが。ガーン。なんかショック。



大体、自分が考えていることって、他人も考えるものなのね。新たなアイディアを生み出すっていうことは、ものすごく大変みたい。残念!




デリーにおけるドライブデートの黄金ルート



グルガオンに住んでいる身としては、なぜかデリーに行くとワクワクしてしまう。

グルガオンの方がデリーよりは住みやすいだろうし、ショッピングモールも多くて便利だけれども、やっぱり、グルガオンには歴史も文化もないのだ。首都デリーの街並みは、グルガオンと違って、独特の雰囲気を醸し出している。

そんなデリーへの憧れを持つグルガオン在住の私には、グルガオンからデリーへと向かうお気に入りのルートがある。そのルートは、私がまだインドに来てから3週間くらいの頃に、 グルガオンにあるオフィスからデリーにある客先へのオフィスへ上司と共に向かった時に発見した。私は超興奮して、車の窓越しから写真を撮ろうとしていた横で、上司は全く窓の外には興味を示さずに、パソコンで仕事作業を行っていた。どうして、この景色にこの人は感動しないのだろうかと不思議に思いながら、私は興奮気味に運転手に「この場所、格好いい!」と喋りかけていたっけ。

あれから、そのルートを通ったのは、この2年間で5回くらいしかない。それでも、私は相変わらず、そのルートを通る時は感動してしまう。

ついこの間、バイクでのツーリングが趣味だという、ちょいワルでちょい強面の男性と意気投合し、 日曜日の朝にバイクで私のお気に入りのルートを回ろうかと誘ってもらった。彼が勤める会社からはインドにおいて、自分で車を運転することを禁止されているにも関わらず、「バイクは禁止されていないからね」と子供が言うような言い訳をして、ちゃっかりインドでもツーリングを行っている。私はもちろん、バイクの運転などできないから、彼の後ろに乗っけてもらうだけ。

日曜日の朝6時、私の住むマンションまで彼に迎えに来てもらい、グルガオンを出発する。サリーを着ているインド人女性が、バイクに乗っけてもらう時にする"オードリー・ヘップバーン風の横座り"を私もどうしても試してみたくて、横座りで彼の背後に座るものの、バイクが走り出すとバランスを保つことができなくて、意外と難しいことに気づき、結局普通の座り方で、バイクに跨る。

さすがに日曜早朝は道も空いていて、ツーリングには最適だ。

今日の目的地はコンノート・プレース。グルガオンからデリーに向かうために、NH8の高速道路に乗る。デリー市内で高速道路を降りるまでの道は全然大したことはない。ただ、風とかバイクのスピードとかをもろ体に受ける感覚を楽しむのみ。

高速道路を降りて、右手側にインドで格調高いITC Mauryaホテルが見えてくると、そろそろ私のお気に入りルートに突入することがわかる。ここら辺から、道は綺麗に整備された、おしゃれな街並みを楽しむことができる。

ITC Mauryaホテルが位置するSardar Patel Marg通りを突き進んでT字路となったところに、ガンジーと彼の支持者が行進している彫刻が見える。ここから本格的に、"デリーにおけるドライブ(ツーリング)デートの黄金ルート"が始まる。

黄金ルート観光スポット①『ガンジーと信者による塩の行進』像


dphotographer.co.ukより

結構、重厚でスケールの大きい像。1930年にグジャラート州でガンジーとその信者によって行われた、イギリスからの独立運動の一環である『塩の行進』の場面を表現している。

黄金ルート観光スポット② "王様の道" Rajpathエリア




『塩の行進像』があるT字路を右折してさらに進んで行き、"黄金ルート"のハイライトの場所へ向かう。その場所とは、Rajpath(ラジパース)、またの名を、『王様の道』。いかにも、って場所でしょ。

ここRajpathエリアは他のどの場所とも違う。とにかく十分にゆとりのある空間が広がり、ゴミは道端に落ちていなく、格調高い大きな建物がいくつか、ドーンと周囲に建っている。なぜここだけ、『王様の道』と呼ぶにふさわしい完璧な空間になっているのかというと、Rajpathエリアは、イギリス統治時代に、イギリス人建築家のエドウィン・ラッチェンスによって"最も重要な場所"として、設計されたから。今ではこの場所にて、年1回、超ド派手なインドの独立記念日パレードが行なわれている。

さて、ガンジー像から、ここRajpathエリアに入ってきましたら、左側をご覧ください。インド大統領官邸がございます。そして大統領官邸から結ばれた反対側には、インド門が見えます。大体いつも、大統領官邸からインド門を眺めると、霧がかっていて、よく見えません。ちなみに、あのインド門は、遠くから眺めるだけで結構です。インド門の近くによると、物売りや人混みの多さにイライラすることでしょう。あ、それから大統領官邸の奥の方に見える円形状の建物は、国会議事堂となっております。

・・・・正直、これらの建物は遠くから眺めていた方が綺麗だし、今回はツーリングを楽しむことが目的なので、私とちょいワルかつちょい強面の2人は通り過ぎるだけ。最終目的地、コンノート・プレイスに向かった。

黄金ルート観光スポット③コンノート・プレース


昔のコンノート・プレイスの様子(citiesandstories.blogspot.com)

言わずと知れた、デリーの観光地。でも、インド在住者からは評判が悪い。"とにかく騙される場所"だと有名。ただ、開拓すれば、素敵なお店は結構ありそうだ。コンノート・プレースには、日本食レストランの『富士』(結構ちゃんとした日本食レストラン)や、美味しいインド料理を安く食べれる『Madras Coffee House』や、おしゃれな内装の『スターバックス』などあるけれども、私たちがコンノート・プレイスに到着したのはまだ朝7時半頃だったので、どの店も開いていない。今回は、コンノート・プレイスにある高級ホテル『The Lalit』内で24時間営業しているレストランにて朝食を食べることとなった。


早朝のツーリングからのホテルでの朝食って、最高!目の前にいるちょいワルでちょい強面の男性が、白馬の王子様に見えてくる。いや、違う、バイクの王子様か。

グルガオンへの帰り道はやや混んでいたものの、何のストレスもなく家に着いた。バイクの王子様に感謝を述べ見送り、自分の部屋に着くなり、2度寝をする。

もしあなたが、黄金ルートを車で回りたいのであれば、それでも全然構わない。ただ、景色が窓越しになるだけ。でも、もし、バイクで回りたい、でも、誰も運転してくれる人がいない、としたなら。問題ない。バイク野郎を雇えばいいだけだから!インドでも有名な配車アプリ『Uber』では、車だけではなく、バイクも呼べる。しかも、安い。ここで、バイク野郎を雇うというのも手である。

ただし。

安全への考慮は自分で行ってください。


【デリーにおけるドライブデートの黄金ルート】









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2016/06/25

エアロスミスの曲を武器に



メトロの改札口を出れば、何が待ち構えているのか分かっている。
だから今から、色々試行錯誤を練った上に生み出した防犯対策をしなければいけない。

メトロの最終地点Huda City Center駅で電車から降り、ホームの階段を下る最中にイヤホンを耳にセット。改札口を出る直前に、iphoneの音楽を設定。

さあ、お祈り。今から5分間、何も起こらずに、無事に家にたどり着きますように。

ミュージック、スタート。

It ain’t easy livin’ like a gypsy.
Tell you honey how it feels.............

第一関門は、飢えたハイエナごとく、「オート?オート?」とオートリキシャのキャッチセールスをしてくる、うざったいインド男たち。

彼らの声をかき消すために、大音量で音楽を聴いているから、何を言っていたとしても、私は完全に無視しながら歩き続けることができる。

第一関門、突破。

Better check it out cause someday soon  you’ll have to climb back on the wagon...

第二関門は、歩行者のために停まるという観念が全くない車とオートリキシャ。

流れを観察した上で、車と車の間に隙間ができたチャンスを逃さず、ダッシュで道を渡る。

第二関門、突破。

It ain’t easy livin’ like you wanna.
It’s so hard to find a peace of mind. Yes it is.........

そしてすぐに訪れる第三関門。

私の目の前をのうのうと歩く、野良犬・野良ブタ・時々牛たち。

襲われないように、自分の存在をなるべく消して、急いでその場を立ち去る。

第三関門、突破。

ここまで来たら、もうほぼ安心しても大丈夫。

あとは、また車の流れの中を走って渡り、人気が少ないところをゆっくりと歩けば、家路につく。

ちょっと心に余裕ができたから、音楽にノって踊りながら、口ずさみながら、歩き進んでしまう。

Keep in touch with Mama Kin.....

ケン・ケン・パ!

Tell here where you’ve gone and been....

ジャン・ケン・ポン!

Living out your fantasy.......

ヘイ・ヘイ・ホ!

なーんだか、あのインド人、私のこと、変な目で見てる〜♪!!!!

あ、もうスティーブン・タイラーが歌うのをやめちゃった!曲が終わる前に、自分の部屋に戻らないとと、急ぎ足で家につき、階段を駆け足であがる。

ジャーン・ジャーン・ジャーン・・・・♪

部屋の鍵を開けて・・・・間に合った!ちょうど曲が終わる頃に、私は自分の部屋のソファーに無事座って、休憩することができた。

ああ、今回も何の事故もなく生きて戻れて来れてよかった。

何千といるインドの神様のうちの誰か、今日も私を見守ってくれてくださり、ありがとうございます。

そんなことを頭の中で考えながら休憩していると、いつもはエアロスミスの”Mama Kin”の次に入っている曲”Dream On”が勝手に流れてきて、私を勇気づけてくれる。

Dream on, dream on, dream on, dream until your dream comes true.....


2016/06/18

この超絶インド美女のお母さんがスゴイ!






インドを代表する超スーパースター、カトリーナ・カイフ(Katrina Kaif)。その美貌だけではなく、身長180cmを超える圧倒的存在感、強気な態度とド根性で、インドの映画界(並びにメディア界)ボリウッドにて常に注目の的となっている。

カトリーナは、他のスーパースターがそうであるように、ユニークな生い立ちを経験している。

カトリーナは、カシミール出身ビジネスマンのインド人父と、 弁護士で慈善活動家のイギリス人母の元に、当時イギリス領だった香港にて1983年に生まれる。なんとカトリーナは、8人兄弟のうちの一人。上に、姉3人と兄1人。下に妹3人である。両親はカトリーナが幼い頃に離婚し、兄弟たちは皆母親の元で育ったため、父の記憶はないという。

母が仕事で世界中を飛び回ったため、カトリーナも結果的に、様々な国を経験することになる。出身地である香港→中国→日本(!)→フランス→東ヨーロッパ諸国→ポーランド→ベルギー→ハワイ→イギリス(ロンドン)というように。

そんな国際的な環境で育ったカトリーナがインドにやって来た時には、ヒンディー語が全くダメだったが、猛勉強をして、押しも押されぬスターの地位を獲得したのである。



・・・・って、ちょっと待って!

カトリーナもスゴイけど、カトリーナを育てたお母さんの方がもっと凄くない!?

まず、普通に子供を8人ももうけて育てることだって大変なのに(子供一人育てるのだって、大変でしょう?)、離婚を経験し、夫に頼ることなく、子供たちを育て上げるのがスゴすぎる。しかも、子供達8人を一緒に連れて、自分のキャリアと社会貢献のために世界各国を転々とするバイタリティー!並半端なものじゃない。

カトリーナはメディアに対して自身のプライベートについて多くを語らないため、母親についてのことも、以上のことくらいしかわかっていないが、8人の子供を連れて、世界中で働きながら子育てを全うした、という事実だけで、もうお腹いっぱいの情報だ。

スーパースター誕生の裏には、スーパーマザーあり。


キャリアも子育ても妥協したくない女性たちに対して、カトリーナのお母さんには、ぜひ子育て術・キャリア術のご教授をお願いしたいところである。





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2016/06/17

どうしてイタリアは良くて、インドはダメなの?



大学4年生の時に、イタリア・ローマにある大学に1学期だけ短期留学をしていた経験がある。周りの人たちに「イタリアに行ってきまーす」と言うと、みんなから「お!イタリア、いいね。羨ましい!」と言われた。留学前にはイタリアにそこまで思い入れがなかった私も、帰国後には、イタリア自慢を鼻高々にしていた気がする。

少なくとも、イタリアに短い期間でも住んでいたことは、私の自慢だった。

ところ変わって、インド。

インド出発する時は、私はあえて、「インドに行ってきまーす」なんて、周りに知らせようとはしなかった。だって、周りからの反応がだいたい想像できるから。最近になってようやく、日本に一時帰国した際に、見知らぬ美容師さんだとか、鉄板焼き料理店のシェフだとかに、堂々と「インドに住んでるんです」と言えるようになったほど。

幸いなことに、美容師さんやシェフは、私がインド在住であることにネガティブな反応を示してくれなかった一方で、自虐ネタを披露している自分がいることに気づく。

「インドで髪を切ったら、ヒドいことになったんです!」

「インドでは、牛肉食べたら、牢屋に入れられるから、久しぶりに牛肉を食べれて、幸せです!」

自虐ネタを披露すると、相手はやや笑ってくれる。でも、私の性格からして、本来であれば自虐ネタで人を笑わせるようなことはしない人だし、もしイタリア在住だったら、「イタリアでは、こうなんですよ」みたいに上から目線の高飛車女になっているのではないかと思う。どうして、住む国が違うと、発言の仕方も変わってくるのだろう?

それは、きっと、私も世間一般も、世界を平等に見ていないからだ。理想的には、世界は平等であるべきであろうとも、実際にはこの世界は全くもって、平等ではない。一般的には、イタリアはおしゃれでカッコイイ場所、インドはカオスすぎるわけわからない場所なのだ。

だから私が見栄を張って、「イタリアとインドは似ていますよ」なんて言うと、周りから総スカンを食らう。「いやいや、全然違うでしょ」と。きっとインド人だけは、ピンとこないから、何も言わないだろう。

私も半分は冗談で言っている部分もあるけれど、それでも半分は本気で、イタリアとインドは似ている部分があると思う。例えば・・・

古代ローマ人とインド人女性の服装


いきなりこれを言うと、「あ、イタリアじゃなくて、古代ローマの話ね」と皆さんから突っ込まれるのですが・・・


インド人女性のサリー姿は、古代ローマ人のファッションを連想させる。特に、古代ローマ人男性が身につけたトーガという服装。トーガとは体に長い布を巻きつける服装スタイル。ブリーツの作り方や布の巻き方で、ファッションセンスが問われる。

トーガの着方(www.qsl.net)

一方、インド人女性が着ているサリー。こちらも、長い布を体に巻きつけて、ブリーツを作ったり巻き方を工夫したりで、おしゃれを楽しんでいる。

サリーの着方(www.fancy-indian-saris.com)


うん、やっぱり、似てると思う!

実際に、5000年以上(!)もの歴史を持つサリーが、古代ローマ(もしくは、もとをたどった古代ギリシア)の影響を受けたかどうかについては、軽く調べたところ、そうだ、という意見もあれば、いや、古代ギリシア・ローマ以前から、サリーの原型は存在していた、という意見もある。

どちらにしても、私にとっては、この21世紀において、ほんのちょっとだけ古代ローマを想像させてくれる、インド人女性のファッションを見れるのは、楽しい。

お母さんは強し


イタリアといえば、"マンマ(=お母さん)の国"。 いかにも、いい年をしたおっさんが、未だに「おふくろの味が一番」とか言っていそうなイメージがある。イタリア人男性の中には、マンモーネと呼ばれるような、ママに何でもやってもらって依存している男性も多いらしい。

一方のインドでも、お母さんという存在は、特に息子と母親の関係は強い気がする。

あ、でも息子と母親の関係って、もしかして、世界共通?!

交通整理をする警察官が印象的


これに関しても、「世界共通で、インドとイタリアだけじゃないでしょ?」とツッこまれるかもしれない。でも、インドの道路上で、渋滞時の交通整理をしている警察官を見ていると、どうしても、ローマにあるヴェネチア広場で交通整理をしている警察官を思い出してしまうのだ。

【イタリア・ローマで交通整理をする警察官】


【一方、交通整理をしているインド人警察官】



そもそも、イタリア人とインド人って、似てる部分があると思う。テキトーなとことか、楽観的なとことか、保守的なとことか・・・イタリア人に言ったら、間違いなく怒られるけど。。


その他色々、個人的に、イタリアとインドが似ているなという部分はあるけれども、とりあえず私がここで言いたいことは、今となってみれば、イタリアもインドも、私にとっては自慢の国なのだ。そしてどちらも、「住んだことがある」という経験が自信に繋がった国でもある。

(自慢、と、自信、を今掛けたから!!座布団ください!)

だから、正直、周りの人から、イタリア時代を羨ましがられようが、インド時代を可哀相ねと思われようが、どうでもいい。住んでみれば、どちらもそんなに大したことない。住めば都なのだから。

2016/06/12

インド美女ソナム・カプールを日本で見れる日も近い!?「日本は"愛する人と一緒に訪れるべき場所"」





インドで大人気の美人女優、ソナム・カプール(Sonam Kapoor)。30過ぎには全然見えない若々しい見た目とファッションセンスを持つ彼女は、映画ロケや、カンヌ映画祭などの世界的イベントへの参加で世界を駆け回っている。

そんな彼女が訪れてみたい国として、なんと日本と答えている。それは一体なぜ??

「高校生の時に、日本と中国の歴史について勉強していたの。日本のファッションと文化が好きなの。日本のVogueも好き。近々、日本を訪れるわ。でも、日本は、ハネムーン用にお金を貯めて、結婚相手と一緒に行く場所だとずっと思ってた。愛する人を見つける場所であるパリとは違って、日本は、愛する人と一緒に訪れて色々探索する場所だと思うから。」
(抜粋:雑誌『Vogue India』2016年1月号、
新聞『ET Panache Luxury』2016年5月31日号)

こんな美女ならば、日本のVogueだって放っておけない!放っておくべきではない!!来日時には、きっと、日本のVogue紙の表紙モデルを務めるかも!?



ソナムは1985年に俳優一家のもとで生まれる。 2011年に主演した映画『I Hate Lov Storys』がインドでコマーシャル的ヒットとなり、一躍、有名スターとなる。現在のところ、独身。


*写真とVogue Indiaによるソナムのインタビュー詳細はこちらから→http://www.vogue.in/content/sonam-kapoor-i-will-fight-my-own-battles-2/


2018年7月7日追記:

なんと、ソナム・カプール様が日本にやってきた!

2018年5月に結婚した夫と共に、現在日本を満喫中。

Instagramより

 インド映画の認知度が高まってきたことにより、一部日本人ファンの間でも話題に。


Twitterより

2016年のVogue Indiaで語った話が、2年越しに実現。ソナムは、有言実行の女性だと証明した。(日本版Vogueにも出てくれるかしら?楽しみ♡)

ソナムと夫の結婚の詳細はこちらから→


bollywoodshaadisより



2016/06/04

建築物フェチにはたまらない♡独断と偏見によるインドのおしゃれ建築物5選




インドの代表的な建築物といえば?


インドといえばこれでしょう、"世界一美しい霊廟"、タージマハル?

正面から見れば普通なのに、横から見ると幅が薄い不思議な、でもとっても美しい"風の宮殿"、ハワーマハル?

それとも、インドを代表する高級ホテル、タージマハルホテル?(墓のタージマハルはアグラにあるけど、ホテルの方は、ムンバイ。)


インドには世界的に有名な建築物がたくさんあるけれども、それは氷山の一角。世界的には無名の建物でも、廃墟と化している建物だとしても、素敵な建築物がたくさんある。

今回は、あえて、瀕死状態の廃れた建物からインド国内では有名でも世界的には無名の建物までを、独断と偏見でご紹介。

コロニアル様式の建物(金融機関限定)


イギリスによる植民地時代を経験したインドには、当時のイギリスの影響を受けて建てられたコロニアル様式の建物が各都市にいくつも残っている。なぜかネットでコロニアル様式の建物を調べてみると、金融機関の建物の写真が多く見つかったので、ここではおしゃれな金融会社の建物をcheck!

インド国営保険会社『New India Assurance』の本社(ムンバイ)



New India本社(indiadestinationsblog.wordpress.coより)

1936年に建てられた、アールデコ調の建物。空に向かって縦に伸びる建物正面の2つの像はエジプト人、もしくは中東系の顔立ちをしており、一見インドらしからぬ建物に見えるものの、建物に近寄ってよく見ると、インド人農民らの絵の彫刻が施されている。

現在でも本社としての機能を持つものの、建物の保存状態は悪く、改善の必要がある。

国営会社New India Assuranceの本社がある地域カラ・ゴーダには、このようなコロニアル様式の建物が多く残っており、建築物フェチにとっては注目の場所だ。


New India本社建物の細部には農民の彫刻が
urbandesigncollective.wordpress.comより)


Pinterestより)


インドで2番目に古い証券取引所(アーメダバード)


traveltalesfromindia.inより)

完全に人々から気にもかけられず、放置され、廃墟と化してしまった、この建物。ムンバイの次にインドで最も古い証券取引所として、アーメダバードにて1894年に開設された。証券取引所としての存在感は、かつては輝かしかったであろうが、今は見事に無残だ。しかし、私のような外国人にとってみると、アーメダバードの旧市街をフラフラと適当に歩いている中、周りの一般建物と溶け込んでいないこのヨーロピアン風の廃れた建物を見ると足を止めて眺めてしまう。

2012年に、アーメダバード証券取引所のメンバーは、この建物を引き払うことを決めた、というニュースが流れたが、その後、誰かに購入された形跡はない。

モダンな建築物


ガンジー・アシュラム(アーメダバード)


ガンジーアシュラム(www.indiashor.inより)


石造りの建物が多いインドにおいて、木材が使われている建物に出会うと、木の温かみと和みをひしと感じる。

サバルマティ川付近のこの場所にて、"インド独立の父"ガンジーは1917年から1930年まで暮らし、"真実を探すための修行"の一環として、農業や酪農業に励んだ。

1963年、世界的有名インド人建築家のチャールズ・コレアにより、ミュージアムとしてリノベーションされる。ミュージアムのメインとなるパビリオンは、3角屋根の建物が連なって出来ており、来客者は、一つ一つの建物を徐々に移動しながら、ガンジーに関する展示物を鑑賞することができる。木材の扉、石素材による床、セラミックタイルでできた屋根、レンガでできた柱・・・と様々な素材が見事に調和され作られたこの建物は、ガンジー博物館としてふさわしい。

非常に平和的な空気を感じられる場所で、今のところ私の中でh、インドで一番お気に入りな場所♡
おみやげ屋さんでは、ガンジーのキーホルダーや名刺入れなど可愛らしいアイテムも販売しているので、要チェック。


architexturez.netより)

blog.travelyaari.comより)


やや古い時代に作られたインド建築物


インド一美しい階段井戸(パタン)


階段井戸 Rani ki vav

1年を通しての水の安定した供給を保つため、古代に作られた階段井戸は、特に乾燥地域である西インドにて発達した。水の貯蓄のみではなく、美しい装飾が施された階段井戸も多く、インドの特徴的な建築物として楽しめる。

インドの階段井戸の中でも最も美しいとされるのが、11世紀に作られたラニ・キ・ヴァヴ(Rani ki vav)という階段井戸。何せ、ここは2014年に世界遺産に登録された階段井戸なのだ。

シンメトリーに地下に広がる階段井戸を降りていくと、膨大な数のヒンディー教神様の彫刻を目にすることができる。しかもその彫刻がとても美しい。水を神聖なものとするために寺院として建てられたというが、納得。

保存状態は他の階段井戸と比べて非常にいいものの、世界遺産のくせに井戸の中にはごみが捨てられているのが非常に残念。(それでも、他に比べたらはるかにマシなレベル。)

また2001年にグジャラート州で起こった震災の影響から、井戸付近の階段部分に被害が出たため、現在は、井戸付近への立ち寄りは禁止されている。

happytrips.comより)

indianeagle.comより)



無名のジャイナ教寺院(アルワール)



Neelkanth Temple(ourjaipur.comより)


インドでも無名の、アルワールという地域内のとある村にある、ジャイナ教寺院。ナウガザ・ディガンバー(Naugaza Digambar Jain Temple)と名付けられるこの寺院の建築年はいつか定かではない。歩いてすぐのところに、6〜9世紀半ばに作られたシバを祀る寺院もあるが、こちらの一見質素に見える寺院の方が私は圧倒された。なぜなら、寺院に向かって歩いている途中では全く見えなかったのだが、辿り着いた時に、巨大な像に遭遇したから。

iamjaintv.comより)

それがこちら。この像の人物は、ジャイナ教徒の間では"悟りを開いた人"とされる人物なのではないかと想定。高さ5メートル強。のどかすぎる田舎にあるこの遺跡と化した寺院に、こんなに立派な像があるなんて誰が想像するだろうか。この演出はなんともニクい。でも、おしゃれ♡


以上、私の独断と偏見による、おしゃれ建築物を紹介してきました。もしあなたがマニアック志向であれば、気になったところを訪れてみてはいかが!?







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2016/06/01

"Hard Rock Cafe"をインド在住日本人がモジるとどうなる!?




昨夜は、私の知り合いである日本人男性が、約2年半のインド駐在を終え日本に帰任ということで、何名か集まっての送別会が行われた。

場所は、デリーの隣町グルガオンにある日本食レストランにて。また別にある日本食レストランのような居酒屋スタイルではなく、ここの雰囲気は和食レストランスタイル。値段も割とリーズナブルで、例えばチャーハンを頼むと定食セットとしてスープとサラダもくっついてくるから、一人で仕事帰りに来るのもアリだ。

送別会に参加したからには、帰任予定者と仲が良かったのだろうといえば、必ずしもそうではない。彼は仕事を通して知り合った違う会社の方で、プライベートで会ったのは数回くらいしかない。

他に集まった人たちもそうだ。彼と同じ会社で働いている人は、この集まりの中には誰もいない。ただし、会社は違えど、彼のご近所さんであるという人は2人ほどいた。

こういうことは、インドではよくある。会社が違かったとしても、そこまでプライベートでの交流がなかったとしても、日本から離れたインドという国で働いているという共通点があるだけで、ある程度その場の話は盛り上がるし、何か通じるものがあるように感じてしまう。

そんなわけで、送別会はもちろん盛り上がり楽しい時間が過ぎていく。お開きになる間際に、帰任予定者のご近所さんであった男性が用意したTシャツに私たちは各自寄せ書きを書き、お開きの際に、帰任予定者にプレゼントをする。

寄せ書きを書いていた時には気がつかなかったが、Tシャツは『ハードロックカフェ』のものだった。ちゃんとインド仕様になっていて、『Hard Rock Cafe』のロゴデザインの下に、『New Delhi』と印刷されていた。

「お〜、ありがとう」と帰任予定者が喜んでいるすぐ側で、誰かがこんなことを言い、私たちは盛り上がることになる。

「ハードシップカフェ!」

・・・・・・・・・

くだらない!!!

くだらなすぎる!!!

でも、面白い。。

 インド在住者ではない方のために解説しておこう。

会社の都合で勝手に海外に飛ばされる海外赴任者の中でも、「嬉しい赴任先」と「嬉しくない赴任先」というものがある。例えば、タイやシガポールだと、人気国で、「やった!」と思う人も多いらしい。一方のインドはその逆。とにかく生活環境が辛い場所、"ハードシップ"が高い場所、と言われる。

だから、

Hard Rock Cafe

Hard-ship Cafe

ハードシップカフェ

となる。

皆はガヤガヤ、ハードシップなカフェなんて全く人気がなさそうだよね、カフェじゃなくて、ハードシップカレーはどう?なんて、言う始末。

いっその事、Tシャツの"Hard Rock Cafe"を二重線で消して、手書きで"Hard-Ship Cafe"にしようかなんてなるのだが、本当に手書きで修正したかどうかは、想像にお任せしたい。

『インド=ハードシップが高い国』という一般的な認識については、私は正直若干の疑問を感じている。結局、辛いと思うかは人それぞれだし、インドといっても、場所や住む時期によって変わってくるものだと。

インドの大変さの一つとして、(言うことを聞いてくれない、理解してくれない)インド人とのやりとり、というのがあるが、例えば、フランスにも駐在経験のある、とある在住駐在員の話では、「フランス人スタッフの方がよっぽど言うことを聞いてくれず、仕事がやりにくかった」というような話も聞く。また、どこかで読んだ記事では、あるイギリス人が日本かインドかへの赴任を選ばされた時に、「日本では英語が使えないから、より生活が大変だろう」とインドを選んだ、という話もあった。だから、インドだろうと、インドではなかろうと、辛いと思う人はそう思うだろう、ということ。

それに、インドの都市部、特にデリー付近では、日系企業の進出が多くなるにつれて、日本人向けサービスも徐々に充実してきている。数年前は単身赴任できていた人たちが多かったところ、ここ最近は、家族帯同も増えてきている。ただ一方、インドの僻地にある工場に勤務とかであれば、相変わらず、辛い環境ではあるが。

少なくとも、ここグルガオンにある日本食レストランで、『ハードロックカフェ』を『ハードシップカフェ』とモジってふざけ合っているこの日本人たちは全然辛い生活を送っているようには見えない。

実際は、私たちはそれなりにここインドで大変さは感じている。何が大変なのかは個々違うものの。ただ、その大変さに対する対処法は、私たちの間で一致している。

それは、大変さを語り合って、笑い飛ばして、ネタにすること。

ネタにしている限り、大丈夫。そのネタが、インド人の耳に入らない限り。


【ちょっと一昔のインド生活はこうだった!? 単身赴任者による歌『インドでギター、始めました』】 











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