2016/06/17

どうしてイタリアは良くて、インドはダメなの?



大学4年生の時に、イタリア・ローマにある大学に1学期だけ短期留学をしていた経験がある。周りの人たちに「イタリアに行ってきまーす」と言うと、みんなから「お!イタリア、いいね。羨ましい!」と言われた。留学前にはイタリアにそこまで思い入れがなかった私も、帰国後には、イタリア自慢を鼻高々にしていた気がする。

少なくとも、イタリアに短い期間でも住んでいたことは、私の自慢だった。

ところ変わって、インド。

インド出発する時は、私はあえて、「インドに行ってきまーす」なんて、周りに知らせようとはしなかった。だって、周りからの反応がだいたい想像できるから。最近になってようやく、日本に一時帰国した際に、見知らぬ美容師さんだとか、鉄板焼き料理店のシェフだとかに、堂々と「インドに住んでるんです」と言えるようになったほど。

幸いなことに、美容師さんやシェフは、私がインド在住であることにネガティブな反応を示してくれなかった一方で、自虐ネタを披露している自分がいることに気づく。

「インドで髪を切ったら、ヒドいことになったんです!」

「インドでは、牛肉食べたら、牢屋に入れられるから、久しぶりに牛肉を食べれて、幸せです!」

自虐ネタを披露すると、相手はやや笑ってくれる。でも、私の性格からして、本来であれば自虐ネタで人を笑わせるようなことはしない人だし、もしイタリア在住だったら、「イタリアでは、こうなんですよ」みたいに上から目線の高飛車女になっているのではないかと思う。どうして、住む国が違うと、発言の仕方も変わってくるのだろう?

それは、きっと、私も世間一般も、世界を平等に見ていないからだ。理想的には、世界は平等であるべきであろうとも、実際にはこの世界は全くもって、平等ではない。一般的には、イタリアはおしゃれでカッコイイ場所、インドはカオスすぎるわけわからない場所なのだ。

だから私が見栄を張って、「イタリアとインドは似ていますよ」なんて言うと、周りから総スカンを食らう。「いやいや、全然違うでしょ」と。きっとインド人だけは、ピンとこないから、何も言わないだろう。

私も半分は冗談で言っている部分もあるけれど、それでも半分は本気で、イタリアとインドは似ている部分があると思う。例えば・・・

古代ローマ人とインド人女性の服装


いきなりこれを言うと、「あ、イタリアじゃなくて、古代ローマの話ね」と皆さんから突っ込まれるのですが・・・


インド人女性のサリー姿は、古代ローマ人のファッションを連想させる。特に、古代ローマ人男性が身につけたトーガという服装。トーガとは体に長い布を巻きつける服装スタイル。ブリーツの作り方や布の巻き方で、ファッションセンスが問われる。

トーガの着方(www.qsl.net)

一方、インド人女性が着ているサリー。こちらも、長い布を体に巻きつけて、ブリーツを作ったり巻き方を工夫したりで、おしゃれを楽しんでいる。

サリーの着方(www.fancy-indian-saris.com)


うん、やっぱり、似てると思う!

実際に、5000年以上(!)もの歴史を持つサリーが、古代ローマ(もしくは、もとをたどった古代ギリシア)の影響を受けたかどうかについては、軽く調べたところ、そうだ、という意見もあれば、いや、古代ギリシア・ローマ以前から、サリーの原型は存在していた、という意見もある。

どちらにしても、私にとっては、この21世紀において、ほんのちょっとだけ古代ローマを想像させてくれる、インド人女性のファッションを見れるのは、楽しい。

お母さんは強し


イタリアといえば、"マンマ(=お母さん)の国"。 いかにも、いい年をしたおっさんが、未だに「おふくろの味が一番」とか言っていそうなイメージがある。イタリア人男性の中には、マンモーネと呼ばれるような、ママに何でもやってもらって依存している男性も多いらしい。

一方のインドでも、お母さんという存在は、特に息子と母親の関係は強い気がする。

あ、でも息子と母親の関係って、もしかして、世界共通?!

交通整理をする警察官が印象的


これに関しても、「世界共通で、インドとイタリアだけじゃないでしょ?」とツッこまれるかもしれない。でも、インドの道路上で、渋滞時の交通整理をしている警察官を見ていると、どうしても、ローマにあるヴェネチア広場で交通整理をしている警察官を思い出してしまうのだ。

【イタリア・ローマで交通整理をする警察官】


【一方、交通整理をしているインド人警察官】



そもそも、イタリア人とインド人って、似てる部分があると思う。テキトーなとことか、楽観的なとことか、保守的なとことか・・・イタリア人に言ったら、間違いなく怒られるけど。。


その他色々、個人的に、イタリアとインドが似ているなという部分はあるけれども、とりあえず私がここで言いたいことは、今となってみれば、イタリアもインドも、私にとっては自慢の国なのだ。そしてどちらも、「住んだことがある」という経験が自信に繋がった国でもある。

(自慢、と、自信、を今掛けたから!!座布団ください!)

だから、正直、周りの人から、イタリア時代を羨ましがられようが、インド時代を可哀相ねと思われようが、どうでもいい。住んでみれば、どちらもそんなに大したことない。住めば都なのだから。

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