2016/08/27

星空は見えない場所で



彼とまともに話をしたのは、もう一年以上前のことだと思えば、実はこんな風に二人きりでレストランにいるのは初めてだと気づく。一年以上前、私たちがよく会っていた頃は、必ず誰かが他にいた。

インドの若者たちの溜まり場となるデリーのお洒落スポット、ハウズ・カス・ビレッジにあるレストランの屋上で、隣で彼がお酒を手に、何やら自分の昔話をしているのを横で適当に聞きながら、私はプカーっと水タバコの煙を上手に出せるよう練習をする。

正直、彼とどんな話をするかにそこまで重きを置いていない。この全く生産性がないであろう、ただ単にゆったりとしていてボケーっとできる時間を彼と共有しているということが嬉しい。

妄想癖がある私は、きっと今ソファーでくつろいでいる私たちは、遠目から見たら絵になるようなロマンチックな状況にいるのだろうと信じ込む。

でも、所詮、映画やドラマや歌のように、最初から最後まで完璧な演出でことは運べない。現実はいつだって、なんか惜しい。

デリーの隣町、グルガオンにあるカレー屋さんで食事をした後に、ハウズ・カス・ビレッジにやってきたが、お洒落スポットという割には、車から降りれば強烈な生ゴミの臭いがするし、 道も舗装されていないから、溝に足を引っ掛けて、見事に転んでしまい、膝から血が出るという始末。結構痛がっている私を見つけた彼は、「相変わらずだな」と笑っている。本当、サイコー。映画用だったら、このシーン、絶対にカットされるんだろうな。

味気ない水タバコが、吸い方のコツを掴めたからか、ピーチ味に変わった。 少ししてから、彼にお会計を済ましてもらい、私たちは外に出る。


車が待っている場所まで歩く途中、もう転ばないようにと、彼の左のズボンポケットの部分を掴む。そうすれば、私が予想していた通り、それが当たり前のように、彼は私の手を取り、お互い無言で前を向いたまま歩き続ける。

車に乗り込み出発すれば、私は彼の太ももの上に、自分の体を預ける。彼も相当単純でおバカなロマンチストなので、ヒロイン気取りの私をちゃんと受け止めてくれる。

大体よくあるパターンで、行きは渋滞のせいで目的地に到着するのに時間がかかるくせに、帰りはあっという間に家に着いてしまう。

私のマンションのゲートの前で車は止まり、私は車から降りる。彼も降りたけど、ドライバーに待つように言い、車に自分の鞄を置いていったから、つまりどういうことなのかは分かる。

もう夜中の1時くらいだから、人気はなくシーンとしている。なぜか私たちはマンションの入り口方面ではなく、その隣にある、子供用の公園エリアの方に向かう。

彼は自分の家に帰ってしまうと分かりながらも、私は彼に「自分の部屋に戻りたくなんてない。今日はずっと一緒にいてくれるんだと思っていました」と言えば、 彼は彼で、困った振りをしながら、キザなセリフを返してくれる。

自分に完全に酔っている人になっていたかというと、実はその真逆だった。何だか心ここにあらずで、今起きていることは他人事のように感じるし、自分が発する言葉も、決められた台本に沿っているだけな気がする。でも、彼も私と同じように感じていたのかはわからない。

抱きしめてくれながら、もうインドで私に会えなくなるなんて寂しいと言う彼。

「この1年間、まともに会おうとしてくれなかったくせに」と私は反論する。

【君が俺に会いたくないのだろうと思っていたから。】

そうやって、私のせいにする彼は卑怯だ。 勝手に私に接近してきたかと思えば、自分の都合で勝手に私から離れていったのは彼のほう。残された私は深く傷つき、彼のことなんて許したくないと思いつつも、彼に配慮して身を引いていただけなのに。

でも、私も彼と同類で卑怯なのかもしれない。許したくないと思っていた相手と、何事もなかったように楽しく過ごし、かつ、自分と彼のやり取りをどこか遠いところから眺めているのだから。きっと、彼よりもタチが悪い。
 
私たちは、マンションの敷地内を軽く散歩した後、マンション入り口に戻ってくる。

本当に最後の別れ際のシーンでは、何を言えばいいのか全くわからない。「日本で会おう」というようなことを言った彼に対し、「おやすみなさい」としか言えなかった。

マンション内に入っていく際に、きっと彼を振り向かないほうが演出的には正しいのだろうと、振り向かなかった。

いや、実際のところは、何だか怖くて、彼に対して振り向けなかった。


その時は全然悲しくなかったのに、2日経ってから、ふと急にものすごく悲しくなってくる。

今ではすでに過去となった2日前を傍観者として振り返ってみれば、彼が私に話した言葉がかなりあやふやになっているのに気がつく。

彼と手を繋いだことも、ハグをしたことも、もちろん覚えているけれども、その感触なんて残ってなどいない。

その曖昧な記憶から、もう彼に会えないということはどういうことなのかを実感し、痛みに心を突き刺され、今頃涙が溢れ出す。

どうして、泣くべき場面で泣けないのだろう。
どうして、本当に言いたいことは伝えられないのだろう。

ずっと伝えたかったことは、彼に会わなくなってからの日々の中で、彼のことを思い出さなかった日は1日もなかったということ。彼に会ったら言おうと頭の中で予行練習をしていたのに、結局その機会が来た瞬間には、すっかり伝えることを忘れてしまっていた。


だから、現実はいつだって、なんか惜しい。
全てが思うほど、うまくはいかないみたいだ。


【夜空ノムコウ】
 








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2016/08/01

排気ガスと泥水にまみれて気づいたこと



chasingdogtales.comより

数日前は、異常な量の雨が降っていたらしい。

降っていたらしい、というのは、私はその日はずっとオフィスにいて、外の様子なんて見向きもしていなかったから、そもそも雨が降っていたなんて知らなかった。

定時をやや過ぎた頃に、会社のドライバーを呼び、いつものように家に送ってもらう。

オフィスを出発しすぐにわかったことは、どうやら、雨が降っていたらしい。オフィスの入り口に大きな水たまりができている。

そして、さらに2分後にわかったことは、どうやら、いつも以上に雨が降っていたらしい。普通なら渋滞にならないところで酷い渋滞に巻き込まれ、20mほど前進したかと思えばすぐに止まり4分間停止、また20m前進して4分停止・・・を何度も何度も繰り返している。

終いには、完全にスタックしてしまい、時計を見れば、オフィスを出てからすでに約2時間半が経過している。本来ならば、オフィスから家までは30分で着くのに。

こういう時こそ、物乞いや物売りにとっては絶好のビジネスチャンスではないのだろうか。同じ場所にずーっと留まって疲れているドライバーたちに、チャイとかビスケットとかを販売すればいいのに。でも、自分たちも一刻も早く家に帰りたいという気持ちが強まってか、物乞いや物売りは全く見かけない。商売根性が足りないのね。

代わりに見かけるのは、 車と車の間を通り抜けて歩いて家かメトロ駅かに向かう、インド人たち。そこで私は思う。

あ、もしかしたら、私も歩いて帰った方が早いんじゃないのかしら???

私は一瞬迷う。

このまま車内で、泥水と化した雨水に濡れることはなくても、いつ家路にたどり着くかわからないまま、待ち続けるのか。。。

それとも、 排気ガスと泥水にまみれるというリスクを取っても、インドで長距離(今車がスタックしている場所から家まではだいたい4.5km)を歩いたことがないということを考慮しても、車でよりは早く帰れるというチャンス信じて、歩いて家に帰ることにするのか。。。

タイム・イズ・マネー。時は金なり。

ドライバーに「歩いて帰ることにするわ。荷物置いていくから、明日までそのままにして」と伝え、歩くことに決めた。 「え、"歩いて帰る"?僕はどうするの?」(=「歩くんだったら、そもそも俺を呼ぶんじゃねーよ。俺は、このまま渋滞にはまって帰れもしないんだ」)といかにも不満そうだったが、そんなの、私の責任じゃない。

そのときラッキーだったことは5つ。私はたまたま3000円くらいの安物のローヒール靴と安物ののユニクロの7部丈のスパッツを履いていて、まあ、道路に氾濫している水に濡れても平気だったこと。雨はほぼ止んでいたこと。雨が降ってたから、外は涼しかったこと。車は渋滞にはまってほぼ動けない状態だから、クレイジーな運転手たちに轢かれる危険がなかったこと、車が水溜りを通る時に起こる水しぶきの被害の心配がなかったこと。そして、夜暗かったから、インドの道がどれだけ汚いか、道路に氾濫した水がどれだけ濁っているかを気にしなくて済んだこと。

車から出て、歩き出した瞬間、なんだか自由を感じた。

なんていうか、この、外を歩ける自由!
ドライバー付の車に頼らなくていい自由!
自分の立場を考えずに、自分の行動を選択できる自由!

もし上司も一緒に車に乗っていたら、私が歩いて帰りたくても「絶対にやめなさい」と言われ、いつまでも車の中で待っていなきゃいけなかっただろう。トイレに行きたいのを我慢しながら。

今まではずっと、水溜り(というか、ほぼ池状態)に足を突っ込みながら歩いているインド人たちを車の窓越しから見かけるたびに、「いや〜、大変そうだな。私はしたくないわ」と他人事だった。まさか自分が、こんな風に外を歩くことになるとは。

実際、歩いてみて気づいたのは、そこまで大変でも大したことでもないということ。確かに水溜りを避けようと頑張っても、結局はどうしても泥水に足を突っ込まなければならなかったし、もともと道がデコボコしているから、意味不明な大きな穴に落ちそうになって擦り傷ができたりしたし、やっぱり外の空気は悪くて、いつか今日の出来事が原因で肺炎になったりしないだろうかと不安にもなったけれども、全体的に考えれば、全然大したことではなかった。

逆に、ずーっと車の中で待ち続けなければいけない人たちのほうが、かわいそうだなんて思い始める。

川のようになった道を歩き続けていると、非日常的な世界に浸っているようで、勝手にワクワクしてきちゃって、色んな格言が頭に浮かぶ。

『排気ガスにも負けず、泥水にも負けず』(=『アメニモマケズ、カゼニモマケズ』) 
『私は歩いた。私の頭は、空っぽだ。』(=『メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。』)
『一寸先は川』(=『一寸先は闇』)
つまるところ、私はこの遠足を楽しんでいたのだ。途中で、歩き疲れたからと、法外な料金を吹っかけてきたオートリキシャに乗っては、また渋滞にはまったからと途中で降りたり、ちょっとスーパーに寄って、ヤクルトを買って飲んだりと自由気ままだった。

私のアパートが位置する大通りに入ると、トラックが大音量でビートをきかせたインド音楽をガンガン鳴らしているのが聞こえる。そしてそれにノリノリで踊るインド人たちの姿も見かける。道路がこんなに渋滞しても、踊りたがるインド人はすごいな。きっと人類滅亡の最後の日まで生き残るのは、こんな人たちなのだろう。彼らには敵わない。

そんなこんなで、やっとアパートに辿り着く。歩いた時間1時間半。(内、リキシャに乗った時間10分。)部屋に着くなり、急いでバスルームに駆け込みシャワーを浴びた。

【関連ブログ】
雨の日と月曜日は






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