2016/10/25

「ボリウッドダンスがあってインド生活が楽しくなった」ダンスを教えるインド人、教わる日本人




インド・デリーNCR(首都デリーとその周辺の地域)に住む一部の日本人から"ヴィクちゃん"と親しまれているボリウッドダンスの先生がいる。

ヴィクラム先生、通称"ヴィクちゃん"。

デリーNCR内に住む日本人駐在員マダム達や日本人子供達で結成されたほぼ全てのボリウッドダンスチームのレッスンを担当しているのが、彼だ。

彼がどうして日本人達にボリウッドダンスを教えるようになったのか?
それは、全くの偶然が重なった結果だった。

The Story of an Indian Bollywood Teacher 

ヴィクラムは1976年のデリー生まれ。デリー育ち・デリー在住の生粋のデリーっ子だ。未だ独身、そしてキリスト教徒であるという彼は、インドにおいては、やや珍しいタイプなのかもしれない。

ダンス講師歴早15年となるヴィクラムは、もともとダンスの先生を目指していたわけでもなければ、ダンサーでもなかった。彼が”ダンスの先生"となるまでには、人材会社に勤めたり、旅行会社に勤めたり、自分でビジネスをしたり・・・と、とにかく様々な仕事を経験してきた。(そしてどれも長くは続かなかった。)ダンスを教えることとなる前はコールセンターの仕事をしていた。

コールセンター時代に、ヴィクラムに転機が訪れる。

ある日、ダンスパーティーで、普通に楽しく踊っていた時のこと。その場で知り合ったイスラエル人女性から、声をかけられる。「あなた、ダンスを教えられるんじゃない?」

「いや、僕には無理だよ」と断ったものの、そのイスラエル人女性と知り合い達にダンスを教えることになった。それは2000年の出来事。最初の生徒達は、イスラエル人女性、フィンランド人女性など外国人6名だった。

最初はコールセンターの仕事の傍ら、ダンスの先生をしていたが、2004年、ダンスの先生一本で食べていくことを決意。2004年に自身のダンス教室を設立した。

デリーに住む外国人コミュニティー内の口コミで、フランス人や日本人など、駐在員マダム達や子供達へのレッスン数が増えていった。

ヴィクラムが教える外国人生徒達は全員、女性か子供達であった。
ある日本人男性が彼にアプローチをしてくるまでは。

 

The Story of a Japanese Expat

2010年12月、木下さんは、インドに駐在員として赴任してきた。当時33歳、インドは初の海外赴任先。住まいは基本、グルガオンという場所で、インド基準で言う”都心部"にあるが、勤務地は、家から車で片道約2時間かかるエリア。日系工業団地として、今でこそ日本食レストランが多く構えているが、当時はほぼ何にもない過酷なエリアだったことは想像がつく。そして、工場勤務なので、インドでは土曜日も出勤日。ただでさえ、インド生活は大変なのに、毎日出勤に片道2時間、週6勤務なんて、本当に、本当に大変だ。

週1のインドの休暇には、ごく一般的な日本人駐在員がそうするように、ゴルフをしたり、サッカーやテニスのサークルにも顔を出していた。一方、一緒にインドに来ている奥さんは、ヴィクラム先生率いる、日本人駐在妻で結成されたボリウッドチームに参加していた。

しかし2013年1月、木下さんのインドでの休暇に変化が訪れることとなる。

駐在員奥様たちがダンスを披露する新年会で、木下さんもパフォーマンスの一部に参加した時のこと。ダンスを見に来た、他の会社に勤める駐在員と話す機会があり、その人は木下さんにこんなことを話した。

「ダンスを踊りたい。男子チームを作りたい。」

実はこの男性、約1年前に木下さんに初めて会った時も、同じことを言っていた。

そんなわけで、その他何人かからの後押しもあり、「じゃあ、作りましょうか」と木下さんはヴィクラム先生にアプローチをする。

こうして、ヴィクラム先生は、自身の初となる男性生徒を持つこととなった。

日本人駐在員男性のみで結成されたボリウッドダンスチームの名は、"DB2 (男子ボリウッドダンス部)"。日曜日のゴルフ終わりでも参加できる時間にしようと、練習日は毎週日曜、夕方5時〜 となった。

DB2初代メンバーは10名以下だったものの、着々とメンバーが増えていき、今では結構大規模なサークルとなっている。現在のメンバーの平均年齢は38歳。下は30歳から、上は47歳まで、ダンスの練習に励んでいる。

What Bollywood Dance Fascinates

でも、そもそもなぜ、ある一定数の日本人男性(おじさん)は、ボリウッドダンスにハマってしまうのだろうか?何かメンバーに共通する特徴はあるのだろうか?

木下さん分析:
ダンスを披露するパーティーが定期的に開催されていて、一旦観客の前で踊った経験を持つと(モチベーションが上がって、あるいは、成功体験として)ハマってしまうんだと思う。

ヴィクラムさん分析:
ボリウッドダンスにはヒップホップやジャズなど色んなダンスの要素が入っていて、毎回新しい課題が見つかるから、みんな続くんじゃないかな。

木下さん分析、その2:
メンバーには変人が多いのかも。特に、初期メンバーは変人が多かった。インドにいる日本人にはそもそも変人が多いけれども、その中でも、あえてサッカーやバスケのサークルではなく、日本で全然馴染みのないボリウッドダンスに手を出そうとする人は変人のはず。

木下さん分析、その3:
ダンスの練習以外で、メンバーと飲んだりと交流が深まるから。仕事がらみではない人たちとバカなことをするのがすごく楽しい。

実際、ボリウッドダンスにハマる理由は人それぞれだろうが、本当にボリウッドダンスにハマってしまった人たちの例がある。

それは、DB2東京支部があるということ。

DB2東京支部は、インドでの元DB2メンバー、並びにヴィクラム先生のレッスンを受けていた女性や子供たちが日本帰国後にも一緒に集まって練習できるようにできたサークル。2週間に1回ペースで練習が行われているらしい。毎年、東京・原宿で開催される『ナマステ・インディア』やその他のインド関連のイベントのステージでお披露目を行っている。

『ナマステ・インディア』のステージに、元生徒たちと一緒に出演するために、2014年と2016年に、なんとヴィクラム先生もはるばるインドから来日。 日本に帰国した生徒たちと今でも親交を深めている。

【ナマステ・インディア2016のステージで踊る、元インド在住日本人とヴィクラム先生】


Something Definitely Must Have Been Changed

わざわざ元生徒に会うために日本を訪れるなんて、ヴィクラム先生が日本人生徒たちに対して相当思い入れがあると見受けられるが、実際に日本人にダンスを教えることによって、何か人生に変化はあっただろうか?

ヴィクラムさん:
「う〜ん、だいぶ仕事のスケジュールがぎっしりで、かなり忙しくなったかな。日本人の生徒たちは、ダンスに対して時々、自分だったら想像つかないすごいアイディアを提案してくるんだ。 だから生徒たちからも色々学んでいる。それから、日本は僕にとって初めての海外だし、今後まずは東京で、自分のスタジオのフランチャイズを展開していきたいと思うんだ。もちろん、日本人生徒を持つことで、自分の人生に変化はあったと思う。」


一方の木下さんはどうだろうか?ボリウッドダンスチームを結成したことで、インド生活に変化はあっただろうか?

木下さん:
「もう激変。DB2ができる前までは、プライベートというか、インド生活なんて早く終わればいいのにと思っていた。でも、DB2ができてから、インド生活が本当に楽しくなった。『インドなんて早く離れたい』と思っている日本人駐在員は多いと思う。でも、DB2のメンバーは日本に帰国することになった際に、みんな『DB2があったから、インド生活が楽しかった』と言っている。」


一般的には"過酷な地"と言われている異国の場所インドにおいて、楽しい思い出を共有できたメンバーたちの間には、深い絆が生まれるのだろう。そして、その楽しい思い出のきっかけが、たまたま"ボリウッドダンス”であっただけかもしれない。


それでも、ボリウッドダンスが、誰かの人生の一部を変えた。



それって、すっごく、ロマンチック。





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2016/10/19

まさかインド・ミュージカルの日本版が上演されていたなんて!日本人のマニアックな探究心は凄し



インドから日本に帰国してからのほうが、インドで住んでいた時以上に、色々とインドに関しての面白い情報を手に入れられるようになった気がする。

例えば、つい最近TV TOKYOで放送された番組『未来世紀 ジパング』では、インドがフィーチャーされていて、日系企業がインドで活躍している模様が伺えた。(三井物産が、インドのあるTVショッピング番組に出資して、番組改善を行い業界トップの座につかせた、だなんて、初めて知った!)

あるいは、今月、東京・大阪にて、インドの最新映画を映画館で字幕付きで見れるフェスティバル『インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン IFFJ2016』が行われ、コアでマニアックな日本人たちが映画館を訪れた。(私が注目していた映画『ボンベイ・ヴェルベット』もなんと上映されていたので、もちろんマニアックな私は観に行った。もう、超感動!)

それ以外にも、ちょくちょく、原宿で大規模なインドフェスティバルがあったり、経済番組でインドが取り上げられたり・・・とあって、日本人の海外の情勢や文化への飽くなき探究心というものは本当に凄いな、と感心ものだが、今日、たまたまYouTubeで見つけた"インド・ミュージカルの日本版”には、感心を通り越して、愕然である。


そのミュージカルがこちら。

http://www.umegei.com/bombaydreams/より




ミュージカルのタイトルは『ボンベイ・ドリームス』。

2002年にイギリス・ロンドンで初演された、アンドリュー・ロイド・ウェッバー、プロデュースによるミュージカル。

アンドリュー・ロイド・ウェッバーといえば、あの『オペラ座の怪人』や『キャッツ』の作曲者で、ミュージカル史を語る上では欠かせない人物。そんな彼が、インドに注目して、この映画をプロデュースしたのだ。

…っていうことは、初演されたのも、ロンドンだし、細かく言えば、イギリスのミュージカルなんじゃないの!?ってなるかもしれないけれども、違う!

だって、作曲者はインド人だし。ベトナムを舞台にしたミュージカル『ミス・サイゴン』の作曲者はフランス人だったけど、この『ボンベイ・ドリームス』は、インド人作曲家による、インド人役者たちが演じた、インドを舞台にしたミュージカルなのだ。

だから、これはれっきとしたインド・ミュージカル。

作曲者は、アカデミー賞映画『スラムドッグ$ミリオネア』の作曲者として有名なA.R.ラフマーン。インドでは誰もが知っていて、ややありきたりな感じ。

ミュージカルの主人公は、ボンベイのスラム街に住む、映画スターを夢見る青年、アカーシュ。ある日、映画監督を目指す女性、プリヤに出会い、恋に落ちる。と同時に、彼女を通じて映画スターへの道を築いていくが、そこでは大きな代償が待っていた・・・というストーリー。

このミュージカルはロンドンでもロングランヒットにはならなかったし、『ミス・サイゴン』のような不滅の作品にもならなかったから、日本で上演されるだなんて、絶対に思っていなかった。


なのに!!!!!


2015年に東京と大阪で日本語版が上演されていた。
しかも、意外とキャストたちも豪華。石田純一の娘、すみれがヒロインを演じているし。

それに、動画を見る限り、ロンドン版オリジナルキャストたちよりも、いい感じに仕上がっている。一体全体、どういうことーーー!!


私の頭の中で色んな疑問が浮かんでくる。

そもそも、なぜ2002年初演のミュージカルが、2015年に日本に上陸されたのか?
誰が企画したのか?
日本で好評だったのか?


私は2015年にはインドにいたので、全然このことは知らなかった。
でも、すっっごく見に行きたかった!!!(どうか、もう1回、上演して。)


それにしても・・・・


超マニアックすぎるミュージカル『ボンベイ・ドリームス』を日本版上演してしまう、日本人のマニアックな探究心・・・・・恐るべし。


オリジナル版『ボンベイ・ミュージカル』動画




日本版舞台映像ダイジェスト







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