2017/10/29

運命の占い師はバリにいる 



映画『食べて、祈って、恋をして』のワンシーン


あなたは、運命は自分で切り開くものだと思いますか?


それとも、運命はあらかじめ定められていて、変えられないものだと思いますか?


もし、自分の今後の運命を予言されたら、その予言を信じますか?


"運命"との向き合い方について、古代から現代に至るまで、人々の大事なテーマの1つ。(のはず。)


そして、運命を告げる人は、預言者、占い師。


運命が存在するかどうか、占いが当たるかどうかなんて私にはわかりません。


その代わりに今回は、運命を告げられた人たちが、それをどう受け止めて、どう行動するかについて、古代ギリシャ悲劇の戯曲『オイディプス王』とジュリア・ロバーツ主演の映画にもなった小説『食べて、祈って、恋をして』を例に、また、私が実際バリ島で見てもらった手相占いの体験を含めて、書いていきます。



※※バリに住む日本人占い師さんによる鑑定のお話をすぐに読みたい方は、こちらから※※




運命には逆らえないのか?オイディプス王の場合


紀元前427年頃に書かれたとされる戯曲『オイディプス王』は、ギリシャ悲劇作品の最高峰ともいわれています。


あらすじはこんな感じ:


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「生まれる子供はお前を殺し、お前の妻と結婚するだろう」という神託を受けたテーバイ国の国王は、家来に生まれたばかりの自分の息子を殺すよう命令。理不尽に思った家来は、赤ん坊を殺す代わりに、森の中に捨てていきました。


その赤ん坊を拾ったのが、隣に位置する国のコリントス王夫妻。赤ん坊は、オイディプスと名付けられ、夫妻に育てられました。


立派に成長したオイディプスは周囲からの不審な噂を聞き、神に伺いを立てることに。すると、そこではなんと「自分の父親を殺し、母親と結婚、子を宿すであろう」と告げられたのです。


自分を育ててくれた父親であるコリントス王を殺してしまう運命を恐れたオイディプスは、自ら国を離れることに。


しかし、オイディプスの本当の父親は、テーバイ国の国王。とある道端での争い中に本当の父親を殺してしまいました。


もちろん、自分が殺した相手が実親だとつゆ知らずのオイディプス。日々は過ぎ、ひょんなことからテーバイ国の国王の座につくことに。王妃は、夫が何者か(実はオイディプス)に殺され、未亡人の状態。オイディプスは、ここでも知らずに実親である王妃と結婚するのです。


オイディプスが王座についた後、国では疫病が流行りました。神託によれば、「オイディプスの前の国王を殺した者を追放しなければ、疫病は解決しない。」犯人探しを始めるオイディプスですが、前国王を殺したのは自分だったこと、そして、実の父親を殺していたことに気づくのです。。



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どうしようもなく理不尽で、不都合な運命というイタズラの悲劇をよくここまで描けましたね、作者のソポクレスさん。とつい嫌味を言ってしまいたくなるほど、読者を複雑な気分にさせてくれる、この物語。あらすじを全く知らないまま初めて読んだ時、オイディプスが犯人だと気付いた箇所では涙を流してしまいました。


人は運命から逃れようとしても逃れられないのか?抗っても仕方がないのか?清く受け入れるしかないのか?


とこの物語は投げかけます。


オイディプスは必死に運命に抗っても、最後には受け入れます。全ての不条理を受け入れ、それでも生きていくのです。あぁ、そこも泣ける・・・


一読者として、オイディプスが運命を免れる方法があったのかと、色々考えてみました。例えば、神に仕える者からのお告げを完全に無視して、テーバイ国王がオイディプスを手放さずに、一緒にそのまま暮らしていたら?なんて予想もしてみるのですが、所詮、憶測に過ぎません。


少なくとも言えるのは、オイディプスも、オイディプスの実の父親も、神託(預言者、もしくは今でいう占い師、に告げられた神の言葉)を一瞬でも信じたのです。信じた上で、そうならないようにと行動に移しました。与えられた予言を意識した上で、自分の行動に出たのです。


その行動には自らの意志が存在していました。例えその意志でさえも、裏で運命に操られていたとしても。



占いが当たるのは、誰のおかげ?『食べて、祈って、恋をして』の主人公の場合



【映画『食べて、祈って、恋をして』予告編】




作家としてのキャリアも順調、素敵な一軒家に長年連れ添う夫と暮らす31歳のエリザベス。それでもいつからか感じていた、ふつふつと湧き上がる違和感がある日確信に変わり、「もうこんな生活は嫌!」と夫との離婚を決意。 家も手放し、仕事も中断し、全てを手放し、"自分探しの旅"に出ることに。イタリア、インド、そしてバリ島へ-


実はエリザベス、夫との離婚協定中に仕事でバリ島を訪れ、そこで"バリアン"(医師やカウンセラー、占い師として敬われる、特殊なパワーを授かった人)に占ってもらったのです。


本当は、(夫とちゃんと離婚できるか?)と質問をしたかったエリザベスですが、そんな低俗な質問をわざわざバリにやって来てまで聞くのは・・と躊躇し、代わりに、「どうすれば神とずっと繋がっていられますか?」と質問します。バリアンは絵を描き、こう告げます。


「バランスを見つけること。それが神様を知る方法」


そして、エリザベスの手相を占いました。


「君は近々、全てのお金を失うだろう。でも、すぐに取り返せる。君は、2回結婚する。短い結婚と、長い結婚。君がそう決めれば、晩年に娘を持つ。それから・・・君は近いうちにバリに戻ってくる。3・4ヶ月バリで過ごして、私の友達になる。私に英語を教えるんだ。そしたら、私が知っている全てのことを君に教えよう。」


2006年に出版されたこの小説『食べて、祈って、恋をして』は、自伝的小説。




実際、主人公エリザベスはバリに戻ってきて、そこで数ヶ月過ごし、そして運命の恋人を見つけました。本の最後では、恋人との再婚をほのめかしており、後に結婚。


この話には現実世界で続きがあり、彼女はバリで出会った夫と2016年に9年間の結婚生活の上、離婚。現在は女性と付き合っています。


以上を踏まえると、バリアンの占いは一部当たり、一部外れました。


当たり:

・エリザベスがバリに戻ってきたこと
・失ったお金を取り返すほどのお金を稼ぐこと→本がヒットしたため
・2度の結婚をしたこと

外れ:

・短い結婚と、長い結婚をすること→2度の結婚の期間はほぼ同年間だったため

保留:

・望めば娘を持つ→養子を希望すれば、そうなるかもしれない。



どちらかと言えば、エリザベスを占ったバリアンは結構当たっている方ですね。


でも、エリザベスに道標を示したのがバリアンでも、占いを当たるように仕向けたのはエリザベス本人の気がします。


バリに戻ることを決めたのは本人。


再婚も多分、「バリアンに言われたから、多分そうなるんだろうな〜」と意識して結婚したのではないかと思うのです。


2度目の結婚は、1度目の結婚よりも長くも短くもなかったけれども、きっと心の中で意識していたに違いないのです。


『食べて、祈って、恋をして』のテーマは自分探しの旅、神様との繋がり、そして恋愛ですが、恋愛についてエリザベスは、「自分を救ってくれるのは王子様(恋人)ではない、自分自身なのだ」と最後に述べています。


映画の中では、「自分自身を愛するために、あなたを愛する必要なんてない!」とジュリア・ロバーツが、ハビエル・バムデルに叫んでました。

正統派イケメンではないのに、セクシーなハビエル様♡

自立心が強いエリザベスにとっては、占い師に予告された運命も同じで、予言は起爆剤にはなったものの、運命を決めたのは自分だったのです。







信じる人は、行動する



バリ島シドメン村での一コマ


ギリシャ悲劇最高峰戯曲と、自分探しの旅のバイブルとなった小説の後に、私個人の話をするのは恐縮ですが、どうかお許しを。


インドを離れてシンガポールにやってきた私は、1ヶ月も経たないうちに「シンガポールに来たのは間違いだったかもしれない・・・」と本気で悩んでいました。新しい職場環境が全く自分に合わなくて、今すぐにでも辞めたかったのです。


今考えれば、たかだか仕事でそんな悩まなくても・・・と思うほどストレスでした。(今もストレスだけど笑)シンガポールに来たばかりで愚痴を言える知り合いもいなく、日本に住む親に相談するような年でもなく、宗教を持っていないので、頼る神様なんていない。。。



"そうだ、バリの手相占い師さんに、占ってもらおう。"



と、閃きました。いつか読んだ『食べて、祈って、恋をして』を思い出したのでしょう。


私が手相を見てもらいたいと思った占い師さんは、松原亜希子さんという方。バリ島・ウブドから車で1時間ほど行った場所にあるシドメンという村に長年住まれているようです。手相占い鑑定以外にも、伝統織物の製作も行っています。


事前にネットで数少ない亜希子さんの鑑定の体験談を読んでみると、最初に自分が聞きたい質問を投げかけるところから始まるみたいでした。なので、私もウブドからシドメンに行く車の中、何の質問をしようかと考えていました。


それと同時にちょっと不安でした。悪いこと言われたらどうしよう・・・とか。自分の今までの悪い行いを見抜かれたらどうしよう・・・とか笑


結局、亜希子さんの住むお家に着いても、最初の重要な質問がまだ定まっていなかったのですが、「何か聞いてみたい質問はありますか?」と聞かれた時は、なぜか、「どうしたら幸せになれますか?」と聞いている自分がいました。


私の手のひらを少し離れたところから見ながら、「この手相の方は、みんなのために生きることを幸せに感じます」と鑑定を始める亜希子さん。言葉途切れることなく、スラスラと、どうすれば幸せになれるかについて語っていきます。


最初の言葉を聞いた時は、かなりのショックでした。私が言って欲しかったことと、真逆のことを言われ、頭の中で、「私はそんなことない!」と反論していました。


とにかく仕事が嫌で嫌で、もう自分会社で働くことなんて向いてないし、好きな物書きの仕事をしながら家庭にでも落ち着きたいなぁ、誰かいい人現れないかなぁ、なんて甘ったれな私は、"個人の幸せの追求"を後押ししてくれるような助言を求めていたのです。


あぁ、それなのに。


「結婚して子供を産んで家庭を持って・・・という一般的には良いとされる小さな幸せを追求しようとすると、この手相の方は上手くいかない傾向にあります。何か選択するときは、常に小さなものよりも大きなものを選ぶようにした方が良いです。将来自分が公の場で、社会の中でどう活躍しているかというイメージを持ちながら行動していけば、本来何も心配はありません」と言われたのです。


スラスラと語る亜希子さんがいる一方、リスナーの私は、予想外のお告げに戸惑い、無口に。そしてまさかの反論。「でも、私、特にやりたいこともないし、今後も見つかる気がしないんです。。」占い師さんもきっと困ったと思います。全くもって、ダメな生徒でごめんなさい。


それでも亜希子さんは「心持ちだけでいいと思いますよ。何を選んでも、皆んなのために、と考えればいいのですよ」と私を見捨てずに、そのまま話続けてくれました。


あとは、占いで鉄板ネタの結婚運を聞いたり、占い師に相談するようなことでもない、「今すぐ転職してもいいのか?」とかを聞いたり。


シンガポールに戻って現実世界に戻った私は、占い師さんに言われたことを思い返しました。


よく考えてみると、私が言われたことは、誰にでも当てはまることなのではないかと思えてきました。皆のための幸せを考えることが、自分の幸せに繋がる。これって全員に当てはまりますよね。


「世界で活躍する・・・」的なことも言われましたが、わざわざバリ島まで来る人たちには、もともと海外に馴染みがある人が多いはずですよね。


それでも、私はバリの占い師さんの言葉を信じることにしました。


ところどころ亜希子さんが鑑定中に例に出していることが、私が考えていることに当てはまっていたからです。そして、悪いことは何一つ、言われませんでした。むしろ、「この手相の方は、本来何も心配することはない」とこれ以上ない最高の運命の予言をしてくれたのです。私の悪友が私に言う酷い言葉よりも、ずっと信じる価値があると思うのです。


皆のための幸せを考えて自分が何をすべきなのか、まだ全くわかりません。未だに私がそんな大それた人になれるとも微塵にも思っていません。でも、時々占い師さんに言われたことについて考え、あーだ、こーだと、自分勝手に解釈をしています。


そして、私なりの解釈をしながら、まずは1つだけ、占い師さんに言われた私の運命を実行に移してみることにしました。


だから、バリ島の占い師さんは、私の運命を示してくれました。


神様がバリに宿るのかは、わかりません。
でも、私の運命の占い師は、バリにいました。




あなたの運命の占い師は、どこにいますか?






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2017/10/26

英語ができて良かったな、と思う"マニアックな"3つの理由



英語が話せる(理解できる)メリットは何ですか?と聞かれたら、きっと普通は「外国人との交流ができて、世界が広がる」とか、「映画を字幕なしで観れる」とか、「仕事で役に立つ」とかの答えが返ってくるでしょう。

私も最初は、そんな理由で学生の時に「英語が話せるようになれたら良いなぁ」と思ってました。そして、ちなみに言うと、アメリカ人みたいにネイティブな発音で英語が話せれば良いなぁ、との憧れもありました。

私はたまたま外国で働く機会を得て、少なくとも学生時代の時に比べれば、英語の理解度はかなり上がりました。でも、海外在住の割には、そこまで英語ができる方ではないかもしれません。

ハッピーエンドで終わる恋愛映画であれば字幕なしで9割理解できます。でも、役者が早口で会話をしているIT系の内容の映画だったら、何を言っているのか聞き取れません。

英語での読書は必要最低限の内容は理解できます。ただ、中途半端に必要最低限の内容が分かってしまうと、あえて新たに、例えば難しい単語なんかを辞書で引いて意味を調べようなんてすることは面倒くさくなってしまいます。

英語の発音は、完全に自分のオリジナルです。もう、アメリカ英語だとか、イギリス英語を真似しようなんて考えは消え去りました。だって、私のアクセントは、私のアイデンティティーなんだもの。

インド・シンガポールで生活をする上での必要なツールとして英語を使ううちに、"外国人との交流"目的なんかはどうでもよくなってしまって、学生時代に思い描いた憧れは過去のものになりました。

それに、英語だけじゃ足りないんですよね。インド人もシンガポール人も私よりも遥かに英語ができる人たちが多いですが、職場でも道端でも、やっぱり母国語のヒンディー語だとか、中国語だとかを使っているのです。シンガポールでは、ビジネス上は英語かもしれないけれども、生活をするには中国語の方が役に立つのではないかと思います。

なので、「英語は世界共通語なんだから、他の言語の勉強はしなくていいか」と英語至上主義者で、その国の現地の言葉を勉強しなかった私は非常に損をしているはずです。

そんなわけで、 英語に対して過度な期待は持っていないのですが、それでも、英語を一定以上理解できるようになって得したな、と感じることがあります。

前書きが長くなりましたが、ここで、"一定以上英語が分かる人"がきっと共感してくれる(?)私が「英語ができて良かったな」と思うマニアックな理由をご紹介。


日本語では理解できなかった内容が、英語だと理解できる

大好きな映画♡『ロスト・イン・トランスレーション』

私はエクセルが苦手で、日本語の参考書やサイトを見ても理解ができず、使いこなせていませんでした。 でも、仕事でエクセル資料を作成しないといけない機会が出てきて、困った私は、日本語で無理なら英語で調べてみるかと、Googleで "excel study"と検索しました。

すると、エクセルのフォーミュラを簡単に説明してくれるサイトや動画を見つけられました。説明に使われている言葉(単語)が直接的で、易しいので、すぐにエクセルの使い方を学ぶことができました。

どこかで読んだのですが、エクセルとかプログラミング言語は英語を基に作られているから、英単語を知っていると理解しやすいようです。翻訳文を読むよりも原文をそのまま読んだ方が早いということですね、きっと。

IT以外でも、英語の文章を読んだ方がわかりやすいなー、と思うことは結構あります。契約書とか、学術書はそうです。私の場合、論理的な文章はなぜか英語の方が頭に入ってきます。日本語だと、ちょっと回りくどくて、あえて難しい単語を多用しているのではないかと感じることが多いです。

言語が違うと、思考回路も違うのか、表現の仕方も変わってくるみたいです。


英語がわかると、無料でオンライン講座を受けられる

無料オンライン講座サイト『edX』

日本語でも、無料オンライン講座は増えてきているし、 TED動画も日本語字幕付きで見れるものが多いですよね。ただ、やっぱりそれ以上に英語で受けられる無料オンライン講座の数の方が多いです。(もちろん、有料オンライン講座も。)

例えば、『edX』というサイトでは、ハーバード大学やマサチューセッツ大学など超有名大学が提供する無料オンライン講座を検索し受講できます。科目も、IT系、ライティング、経済、歴史など幅広いです。

私は趣味程度に興味があった建築学を現在受講中。動画と共に英語字幕も表示されるので、わからないけど内容を理解するために重要そうな単語は字幕を確認して調べることができます。また、参考資料やクイズも出されます。(私は飛ばしてますが。。汗)

edX :  https://www.edx.org/


メモ書きには英語を使った方が早い


日本語は漢字を使うので、漢字を書くときに画数が多くて時間が取られる・・・と感じたことはありませんか?(え、ない?!)

英語はアルファベットだけなので、早く手書きでメモが取れます。自分のノートは日本語と英語のゴチャ混ぜで人に見せられる代物ではないな・・・と思っていましたが、私の日本人の同僚も同じことをしていました。

・・・ちょっと、この理由はマニアックすぎでした(笑)


まとめ

以上の私が考えるマニアックな英語のメリットを見返すと、結局のところベーシックな理由に辿り着くことに気がつきました。

英語ができる=世界が広がる

英語だけではなく、外国語を身につけると、新しい情報が手に入る。
でも、英語は"一応"、世界共通言語として認識されているので、他言語よりも手に入る情報が多くなるのだと思います。

外国語である英語を身につけるのは大変だし、英語がある程度できるようになって、ものすごく何か得をしたかというと、そんなこともない気がしますが、それでも母国語の日本語以外に、英語という言語を身につけて良かったです。

本当は、あともう1言語、必要な気もしますが・・・





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2017/10/16

同い年の男性に追い抜かれる感覚



シンガポールにいると、アジア近隣諸国へは2・3時間程度でサラッと飛んでしまえるから、週末旅行をする時は、いつも突発的で無計画すぎ。


この前は、ジャカルタへ飛び立つ前日に飛行機の予約を取る始末。前々からジャカルタには行こうと思っていたけれど、例えば1ヶ月後の予定なんてサッパリだから、行ける時に行こうとして前日予約になった、という言い訳をしてみる。


そして当日。


ジャカルタって渋滞ひどいのよね、車だと渋滞に巻き込まれて時間もったいないから、バイクの方がいいのかしら、と、空港から市内のホテルまでUberでバイクを手配。ジャカルタのバイク運転手たちは、ピックアップ場所までなぜか迎えに来てくれない。「俺、バイク駐車場にいるから、そこまで来て」とメッセージで言われ(もちろんインドネシア語で。私わからないから、空港の人に助けてもらって意味を理解する)、空港から、駐車場までトボトボ歩く。そこで多分20分は時間ロス。


市内に入るとやっぱり渋滞している。バイクだから、車と車の間を通り抜けてるから、その分時間セーブしている気がしたものの、なぜか出発してからホテルに着くまで1時間半はかかっていた。後ろに乗っているだけでも、さすがに疲労困憊。運転手にもこの遠さに呆れられて、私の評価☆1(=最低評価)をつけられた。


「空港からバイクで市内に来る日本人初めて知ったわ。普通、タクシーで来るでしょ」と私に言ったのは、私のインド時代からのお友達。彼は現在、インドネシアへの転勤となり、ジャカルタで働いている。


彼には、夕方に無料のオールドタウン・ウォーキングツアーに付き合ってもらおうと思っていたものの、一人観光の際に懲りずに利用していたバイクのせいでさらに疲れ、一通りバイク乗車中にオールドタウンも含め市内の雰囲気をザッと見れたからもういいかなと思い、ウォーキングツアーには行かないことに。


それに、なんとなく分かっちゃった。オールドタウンをバイクで通り過ぎた時に見た建物は、確かに新しい高層ビルが多いジャカルタにおいては歴史的建造物ではあるものの、そこまで古くはないかな、と。ジャカルタの有名なイスティクラル・モスクも外見を見て、多分中身は例えばイスタンブールのブルーモスクには敵わないだろうなと思って中には入らなかったように、オールドタウンも、例えばオールドデリーには敵わないな、と。


とは言っても、私はジャカルタは嫌いじゃない。思ったよりも空気が悪いとは感じなかったし、道に落ちてるゴミもそこまで多くない。友達によれば、停電もないそうだ。いいじゃないか、全然住めるじゃないか。結局私は現在シンガポールに住んでいるものの、元インド在住者として、全ての比較対象がインドで期待値がものすごく低いため、多分どこに行っても、こういう感想を持つのだろう。


友達にはツアーに参加する代わりにウィンドウショッピングに付き合ってもらうことに。目ぼしいものもなく、結局何も買わない。


そのまま夜はSKYE Bar & Restaurantという場所に連れて行ってもらった。夜7時頃でもジャカルタの空はすでに暗い。それに、高層階に来ると、やっぱり若干空気が悪くて景色がモヤっとしているのがわかる。私は夜景に全く興味がないけれども、シンガポールに本社を置く銀行UOBのビルが目の前で目立ちすぎているのが、まだ記憶に残ってる。 バーは屋外、レストランは屋内。屋内の方が静かだから、私たちはレストランの方へ。そこで頼んだ牛肉のカルパッチョが美味しかった気がする。


私が彼と知り合った最初の頃は、タバコなんて吸っていなかったのに、いつの間にか彼は喫煙者になっていた。でも、彼のタバコの吸い方はなかなかオシャレだと思う。からかいの気持ちも込めてニヤニヤしながら見てしまう。どうやら友達は、渋い男性に憧れているらしい。葉巻も時々吸うという。


私がインドを離れてから彼に会ったのは、今回で2回目だ。最初はシンガポールで。事前に連絡してくれればいいのに、彼は「今シンガポールにいるよ」と当日に連絡してきた。行き当たりばったりのテキトーなやつだ。そんな人だと分かっているので、私も今回気兼ねなく前日に彼に連絡が取れたのである。


前回会ったのは半年以上前で、しかもよく考えてみると1対1で食事をしながら話すのは今回が初めて。私は知り合いと1対1で話すのが好き。グループで会う時とは違う部分が垣間見られるから。


彼はもともと、正統派イケメンだ。でもイケメンすぎるからか、ちょっと普通の人よりも、外見と中身のギャップが目立つ人のように見えた。完全プライベートの場で会話をしてても、受け答えが適当なことも多く、何を言ってるのか、何を考えているのかよくわからない"不思議君"で、私は彼のことを中身がちょっと残念なイケメンだと、インドにいた時は思っていた。


でも、インドネシアで久しぶりに会った友達は、なんだかマトモな人に成長している感じがした。普通に会話ができたし、彼の仕事に対しての熱心さや、インドネシアでの目標を知れて、すごく嬉しくなった。ああ、この人はインドネシアに来て良かったんだなー、と。彼は普通のサラリーマン人生とは少し違った道を歩んでいて、もしかしたら、それは邪道なのかもしれないけれども、だからこそ成功してほしいと思う。もし彼が自分の目標を達成したら、きっと普通の道を歩んだ同世代の人たちに負けないアドバンテージを手にするだろうから。


私は彼の話を聞いて、成長ぶりを見て嬉しくなったと同時に、実は少し寂しくもなった。ああ、あの幼く感じた同い年の男性に、気付いたらいつの間にか、実力的に追い抜かれてしまうんだなぁ、と。


別に私と彼は同じ会社の人間でもないし、業種も違う。仕事での関わりもないし、対抗するつもりもないけれども、何だか自分が取り残されていく感じがした。それはきっと、私が仕事(キャリア)への情熱も目標もまだなく、なんとなくシンガポールに流れてきただけだから。短期的な目標はあったけれども、今はもう、残念ながらそれも無くなってしまい、また改めて探さなければならなくなった。


26歳はもう、若くない。


シンガポールでの日本人同年代会に初めて参加した時のこと。インドで同い年といえば、知り合いで10人いるのかいないのか位だったのに、シンガポールではその時は50人くらい集まった。自分でも、もう若くはないという自覚はあったものの、比較対象が現れて初めてそれを実感する。同年代会に参加していた男性たちは、もう、おっさんだった。男性同士、初対面の人たちと話すことといえば、ビジネスのこと。名刺を交換して、「いつもお世話になっています」と挨拶し合う。ガハハとサラリーマン風に笑う。


私はその人たちを傍観者として眺める。そして、もう同い年だからといって、気軽に心を開ける友達になれるわけではないと気がつく。もう対等な立場ではいられないのだ。男たちとは。仕事上での成長が、人生の成長に直結する彼らとは。


私が仕事の観点から、同い年の男性に追い抜かれてしまったのなら、そして今後年下の人にも追い抜かれてしまうのなら、できることは2つ。頑張って追いつくか、受け入れて仕事以外のことで勝負する。人生は仕事だけじゃないはずだから。今の私は、後者を選ぶのだろう。


インドネシアに住む友達と色んな話をしたら、そろそろお会計の時間に。もちろん支払いは折半で。 この自然体の友達関係は貴重でありがたい。でも、帰りにタクシーで送ってもらった時には、タクシー代を友達に渡そうとは微塵にも思わなかった。それ位はね、ジェントルマンが払ってくれるのは当然だもの。ね。






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2017/10/10

高層マンションだけじゃない!シンガポールで住んでみたいお家あれこれ 



Black-and-White house in Alexandra Park

日本人がシンガポールに赴任してくる際は、コンドミニアムという高層(高級)マンションに住むか、HDBと呼ばれる公営住宅のお部屋を借りることが一般的です。

【以前こんなことも書きました⇒ 私が独身男性だったら住みたいコンド】

私も一応、シンガポールではかなり年季が入っているコンドミニアムのお部屋をシェアで借りていて、内装はワードローブの色がティファニーブルーだったり、床が寄木張りで西洋風だったりと、嫌いではないのですが、本当は一軒家に住んでみたいのです。

今回はシンガポールで見られる一軒家を紹介します♪

ブラック・アンド・ホワイトハウス




1898年から1941年の植民地時代に建てられた、黒の木造枠と白の壁のコントラストがクールな一戸建て建築。 内装は天井が高く、部屋の一つ一つがゆったりとした作りとなっています。窓も大きく、天気が良い日は、日差しが上手い具合に入ってきます。

日本人が大好きなオーチャードエリアにある超高級住宅街Nassim Road上にブラック・アンド・ホワイトハウスを見かけることができるので、興味がある方は外からでも見てみるのはいかがでしょうか?

もし、中に入ってみたい場合は、イースト・コースとエリアにあるヨガ教室 Art of Yoga がブラック・アンド・ホワイトハウスの中にあるので、クラスを受けてみるのもオススメ。広々とした趣きある空間でヨガができます。

Art of Yoga



ショップハウス


Joo Chiatで見かけるショップハウス


もともとは1階はお店として、2階以上は住居として建てられたために名付けられたショップハウス。このショップハウスは単体で建てられていなく、数軒連なって建てられています。鮮やかな色と西洋式の装飾が特徴的なこのお家は、15世紀後半からマレーシアやシンガポールにやってきた、中国系移民の子孫の"プラナカン人"達によって造られたものです。

現在ショップハウスは、レストランやお稽古教室、サービスアパートとして使われていることが多いですが、もちろん賃貸で借りることもできます。

意外とどこでもショップハウスを見かけることはできますが、観光がてらでしたら、チャイナタウンに行けば見れます。

でも、本当におしゃれなショップハウスが見れるのは、Joo Chiatというエリア。 ちらほらカメラを持った観光客がやってきます。

その他、可愛らしいヨーロピアン風の名もないお家



ざっくりしていて、ごめんなさい。。。なんて名付ければわからなかったのです。とりあえず、一軒家です。

一軒家が連なる住宅街の小道に迷い込んでみると、おしゃれなお家を観察できるのが、シンガポールの良いところ。個人的には、マリーナ・ベイ・サンズの観光地よりも、ただの住宅街を散歩している方が楽しいです。

ヨーロッパのお城のようなお家もあれば、日本のお城のようなお家もたまーに見ます。もちろんモダンな家もあります。

そういった住宅街は緑豊かな場所が多いんですね。ガーデニングをしているお家も多く、お花や木を眺めながら歩いていると、幸せな気分になります。なんだかお婆ちゃんなコメントですが笑




最近、ティファニーブルーのゲートを発見して写真を撮っていたら、 そこのお家の番犬に吠えられました。犬には注意です。



以上、シンガポールで住んでみたいお家あれこれでした。






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