2017/10/29

運命の占い師はバリにいる 



映画『食べて、祈って、恋をして』のワンシーン


あなたは、運命は自分で切り開くものだと思いますか?


それとも、運命はあらかじめ定められていて、変えられないものだと思いますか?


もし、自分の今後の運命を予言されたら、その予言を信じますか?


"運命"との向き合い方について、古代から現代に至るまで、人々の大事なテーマの1つ。(のはず。)


そして、運命を告げる人は、預言者、占い師。


運命が存在するかどうか、占いが当たるかどうかなんて私にはわかりません。


その代わりに今回は、運命を告げられた人たちが、それをどう受け止めて、どう行動するかについて、古代ギリシャ悲劇の戯曲『オイディプス王』とジュリア・ロバーツ主演の映画にもなった小説『食べて、祈って、恋をして』を例に、また、私が実際バリ島で見てもらった手相占いの体験を含めて、書いていきます。



※※バリに住む日本人占い師さんによる鑑定のお話をすぐに読みたい方は、こちらから※※




運命には逆らえないのか?オイディプス王の場合


紀元前427年頃に書かれたとされる戯曲『オイディプス王』は、ギリシャ悲劇作品の最高峰ともいわれています。


あらすじはこんな感じ:


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「生まれる子供はお前を殺し、お前の妻と結婚するだろう」という神託を受けたテーバイ国の国王は、家来に生まれたばかりの自分の息子を殺すよう命令。理不尽に思った家来は、赤ん坊を殺す代わりに、森の中に捨てていきました。


その赤ん坊を拾ったのが、隣に位置する国のコリントス王夫妻。赤ん坊は、オイディプスと名付けられ、夫妻に育てられました。


立派に成長したオイディプスは周囲からの不審な噂を聞き、神に伺いを立てることに。すると、そこではなんと「自分の父親を殺し、母親と結婚、子を宿すであろう」と告げられたのです。


自分を育ててくれた父親であるコリントス王を殺してしまう運命を恐れたオイディプスは、自ら国を離れることに。


しかし、オイディプスの本当の父親は、テーバイ国の国王。とある道端での争い中に本当の父親を殺してしまいました。


もちろん、自分が殺した相手が実親だとつゆ知らずのオイディプス。日々は過ぎ、ひょんなことからテーバイ国の国王の座につくことに。王妃は、夫が何者か(実はオイディプス)に殺され、未亡人の状態。オイディプスは、ここでも知らずに実親である王妃と結婚するのです。


オイディプスが王座についた後、国では疫病が流行りました。神託によれば、「オイディプスの前の国王を殺した者を追放しなければ、疫病は解決しない。」犯人探しを始めるオイディプスですが、前国王を殺したのは自分だったこと、そして、実の父親を殺していたことに気づくのです。。



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どうしようもなく理不尽で、不都合な運命というイタズラの悲劇をよくここまで描けましたね、作者のソポクレスさん。とつい嫌味を言ってしまいたくなるほど、読者を複雑な気分にさせてくれる、この物語。あらすじを全く知らないまま初めて読んだ時、オイディプスが犯人だと気付いた箇所では涙を流してしまいました。


人は運命から逃れようとしても逃れられないのか?抗っても仕方がないのか?清く受け入れるしかないのか?


とこの物語は投げかけます。


オイディプスは必死に運命に抗っても、最後には受け入れます。全ての不条理を受け入れ、それでも生きていくのです。あぁ、そこも泣ける・・・


一読者として、オイディプスが運命を免れる方法があったのかと、色々考えてみました。例えば、神に仕える者からのお告げを完全に無視して、テーバイ国王がオイディプスを手放さずに、一緒にそのまま暮らしていたら?なんて予想もしてみるのですが、所詮、憶測に過ぎません。


少なくとも言えるのは、オイディプスも、オイディプスの実の父親も、神託(預言者、もしくは今でいう占い師、に告げられた神の言葉)を一瞬でも信じたのです。信じた上で、そうならないようにと行動に移しました。与えられた予言を意識した上で、自分の行動に出たのです。


その行動には自らの意志が存在していました。例えその意志でさえも、裏で運命に操られていたとしても。



占いが当たるのは、誰のおかげ?『食べて、祈って、恋をして』の主人公の場合



【映画『食べて、祈って、恋をして』予告編】




作家としてのキャリアも順調、素敵な一軒家に長年連れ添う夫と暮らす31歳のエリザベス。それでもいつからか感じていた、ふつふつと湧き上がる違和感がある日確信に変わり、「もうこんな生活は嫌!」と夫との離婚を決意。 家も手放し、仕事も中断し、全てを手放し、"自分探しの旅"に出ることに。イタリア、インド、そしてバリ島へ-


実はエリザベス、夫との離婚協定中に仕事でバリ島を訪れ、そこで"バリアン"(医師やカウンセラー、占い師として敬われる、特殊なパワーを授かった人)に占ってもらったのです。


本当は、(夫とちゃんと離婚できるか?)と質問をしたかったエリザベスですが、そんな低俗な質問をわざわざバリにやって来てまで聞くのは・・と躊躇し、代わりに、「どうすれば神とずっと繋がっていられますか?」と質問します。バリアンは絵を描き、こう告げます。


「バランスを見つけること。それが神様を知る方法」


そして、エリザベスの手相を占いました。


「君は近々、全てのお金を失うだろう。でも、すぐに取り返せる。君は、2回結婚する。短い結婚と、長い結婚。君がそう決めれば、晩年に娘を持つ。それから・・・君は近いうちにバリに戻ってくる。3・4ヶ月バリで過ごして、私の友達になる。私に英語を教えるんだ。そしたら、私が知っている全てのことを君に教えよう。」


2006年に出版されたこの小説『食べて、祈って、恋をして』は、自伝的小説。




実際、主人公エリザベスはバリに戻ってきて、そこで数ヶ月過ごし、そして運命の恋人を見つけました。本の最後では、恋人との再婚をほのめかしており、後に結婚。


この話には現実世界で続きがあり、彼女はバリで出会った夫と2016年に9年間の結婚生活の上、離婚。現在は女性と付き合っています。


以上を踏まえると、バリアンの占いは一部当たり、一部外れました。


当たり:

・エリザベスがバリに戻ってきたこと
・失ったお金を取り返すほどのお金を稼ぐこと→本がヒットしたため
・2度の結婚をしたこと

外れ:

・短い結婚と、長い結婚をすること→2度の結婚の期間はほぼ同年間だったため

保留:

・望めば娘を持つ→養子を希望すれば、そうなるかもしれない。



どちらかと言えば、エリザベスを占ったバリアンは結構当たっている方ですね。


でも、エリザベスに道標を示したのがバリアンでも、占いを当たるように仕向けたのはエリザベス本人の気がします。


バリに戻ることを決めたのは本人。


再婚も多分、「バリアンに言われたから、多分そうなるんだろうな〜」と意識して結婚したのではないかと思うのです。


2度目の結婚は、1度目の結婚よりも長くも短くもなかったけれども、きっと心の中で意識していたに違いないのです。


『食べて、祈って、恋をして』のテーマは自分探しの旅、神様との繋がり、そして恋愛ですが、恋愛についてエリザベスは、「自分を救ってくれるのは王子様(恋人)ではない、自分自身なのだ」と最後に述べています。


映画の中では、「自分自身を愛するために、あなたを愛する必要なんてない!」とジュリア・ロバーツが、ハビエル・バムデルに叫んでました。

正統派イケメンではないのに、セクシーなハビエル様♡

自立心が強いエリザベスにとっては、占い師に予告された運命も同じで、予言は起爆剤にはなったものの、運命を決めたのは自分だったのです。







信じる人は、行動する



バリ島シドメン村での一コマ


ギリシャ悲劇最高峰戯曲と、自分探しの旅のバイブルとなった小説の後に、私個人の話をするのは恐縮ですが、どうかお許しを。


インドを離れてシンガポールにやってきた私は、1ヶ月も経たないうちに「シンガポールに来たのは間違いだったかもしれない・・・」と本気で悩んでいました。新しい職場環境が全く自分に合わなくて、今すぐにでも辞めたかったのです。


今考えれば、たかだか仕事でそんな悩まなくても・・・と思うほどストレスでした。(今もストレスだけど笑)シンガポールに来たばかりで愚痴を言える知り合いもいなく、日本に住む親に相談するような年でもなく、宗教を持っていないので、頼る神様なんていない。。。



"そうだ、バリの手相占い師さんに、占ってもらおう。"



と、閃きました。いつか読んだ『食べて、祈って、恋をして』を思い出したのでしょう。


私が手相を見てもらいたいと思った占い師さんは、松原亜希子さんという方。バリ島・ウブドから車で1時間ほど行った場所にあるシドメンという村に長年住まれているようです。手相占い鑑定以外にも、伝統織物の製作も行っています。


事前にネットで数少ない亜希子さんの鑑定の体験談を読んでみると、最初に自分が聞きたい質問を投げかけるところから始まるみたいでした。なので、私もウブドからシドメンに行く車の中、何の質問をしようかと考えていました。


それと同時にちょっと不安でした。悪いこと言われたらどうしよう・・・とか。自分の今までの悪い行いを見抜かれたらどうしよう・・・とか笑


結局、亜希子さんの住むお家に着いても、最初の重要な質問がまだ定まっていなかったのですが、「何か聞いてみたい質問はありますか?」と聞かれた時は、なぜか、「どうしたら幸せになれますか?」と聞いている自分がいました。


私の手のひらを少し離れたところから見ながら、「この手相の方は、みんなのために生きることを幸せに感じます」と鑑定を始める亜希子さん。言葉途切れることなく、スラスラと、どうすれば幸せになれるかについて語っていきます。


最初の言葉を聞いた時は、かなりのショックでした。私が言って欲しかったことと、真逆のことを言われ、頭の中で、「私はそんなことない!」と反論していました。


とにかく仕事が嫌で嫌で、もう自分会社で働くことなんて向いてないし、好きな物書きの仕事をしながら家庭にでも落ち着きたいなぁ、誰かいい人現れないかなぁ、なんて甘ったれな私は、"個人の幸せの追求"を後押ししてくれるような助言を求めていたのです。


あぁ、それなのに。


「結婚して子供を産んで家庭を持って・・・という一般的には良いとされる小さな幸せを追求しようとすると、この手相の方は上手くいかない傾向にあります。何か選択するときは、常に小さなものよりも大きなものを選ぶようにした方が良いです。将来自分が公の場で、社会の中でどう活躍しているかというイメージを持ちながら行動していけば、本来何も心配はありません」と言われたのです。


スラスラと語る亜希子さんがいる一方、リスナーの私は、予想外のお告げに戸惑い、無口に。そしてまさかの反論。「でも、私、特にやりたいこともないし、今後も見つかる気がしないんです。。」占い師さんもきっと困ったと思います。全くもって、ダメな生徒でごめんなさい。


それでも亜希子さんは「心持ちだけでいいと思いますよ。何を選んでも、皆んなのために、と考えればいいのですよ」と私を見捨てずに、そのまま話続けてくれました。


あとは、占いで鉄板ネタの結婚運を聞いたり、占い師に相談するようなことでもない、「今すぐ転職してもいいのか?」とかを聞いたり。


シンガポールに戻って現実世界に戻った私は、占い師さんに言われたことを思い返しました。


よく考えてみると、私が言われたことは、誰にでも当てはまることなのではないかと思えてきました。皆のための幸せを考えることが、自分の幸せに繋がる。これって全員に当てはまりますよね。


「世界で活躍する・・・」的なことも言われましたが、わざわざバリ島まで来る人たちには、もともと海外に馴染みがある人が多いはずですよね。


それでも、私はバリの占い師さんの言葉を信じることにしました。


ところどころ亜希子さんが鑑定中に例に出していることが、私が考えていることに当てはまっていたからです。そして、悪いことは何一つ、言われませんでした。むしろ、「この手相の方は、本来何も心配することはない」とこれ以上ない最高の運命の予言をしてくれたのです。私の悪友が私に言う酷い言葉よりも、ずっと信じる価値があると思うのです。


皆のための幸せを考えて自分が何をすべきなのか、まだ全くわかりません。未だに私がそんな大それた人になれるとも微塵にも思っていません。でも、時々占い師さんに言われたことについて考え、あーだ、こーだと、自分勝手に解釈をしています。


そして、私なりの解釈をしながら、まずは1つだけ、占い師さんに言われた私の運命を実行に移してみることにしました。


だから、バリ島の占い師さんは、私の運命を示してくれました。


神様がバリに宿るのかは、わかりません。
でも、私の運命の占い師は、バリにいました。




あなたの運命の占い師は、どこにいますか?






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