2018/04/17

味方してくれる家族の重要性をインドで学んだ




「私の息子はゲイなの!」


声高らかに、快活にそう口にした、かつて私がインドに住んでいた頃の大家さんを、数年経っても忘れられない。


My son is a gay!と言った、当時70代くらいの、肌が白くて、年齢相応に見えない若々しさのチャーミングなインド人女性。


別に私が、息子さんは結婚してるの?と聞いたわけでもない。


ただ単に、私が借りてる部屋の下に住む大家さん家でチャイをご馳走になっていた際に、大家さんが家に飾っている家族の写真に写ってる次男について説明してきたのだ。


「この子は、今イギリスの投資銀行で働いていてね、イギリス人の男性と付き合ってるのよ〜」とニコニコしながら。


私は「へ〜、そうなんだー」と相槌しながら、内心ちょっとビックリした。社会的に同性愛が受け入れられていないインドで、かつ、身内に同性愛者がいたら、親戚全員で折檻するとか、世間からその事実を隠そうとするとかがある、とニュースか何かで読んだことがある中、一方の大家さんは全然何とも思っていない。


ありのままを受け入れて愛してくれる、偉大なる母、それが大家さんだった。


そんな大きな愛情を注いでくれるお母さんのもとで育った息子は、"ものすごくいい人"に育つ。


大家さんの長男はインド在住なので、私も何回か会ったことがあるが、インド人にしては、ものすごくおっとりして、ほんわかした印象。ママ大好きっ子で、頼り甲斐のある奥さんも大好きな愛されキャラだ。


大家さんの家族は、どちらかというとハイステイタスな家庭だから、同性愛も受け入れる先進的な考え方なのかしら、と思っていたら、長男の奥さんは、ちょっと受け入れてはいない様子だった。


「夫の弟はイギリスにいてね・・・まだ結婚していないのよ」と、ちょっと気まずそうに説明。でももちろん、あっけらかんとしている義理母の前では、何の小言も言えない。


この一件で、世間体は関係なしに、自分の味方になってくれる存在が家族にいることがどれだけ素晴らしいのか、家族のコミュニティーの強さがインドの強さだと、私は再確認した。(とてつもなく辛かったインド生活で、良い学びとなった一件が、これ。)


何でこんなことを今更書いたかというと、最近、インドに関するこんなニュース記事を読んだから。


子供のころの性虐待……大人になってから訴追できるように インド女性の闘い
 http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43616314


カナダに移住した53歳のインド人女性は、インドで過ごした幼少期に、親戚(いとこの夫)から性的虐待を受けていたものの、その当時はそれが虐待だとも認識できず、家族に相談することができなかった。

しかし大人になり、カナダで見た性的虐待についてのTV番組を見た際に、それが性的虐待だったこと、そして自分と似たような経験をした他の人もいることを知り、勇気を出して家族に打ち明ける。

カナダに一緒に移住した兄を筆頭に、家族は女性の味方になり、加害者の親戚とは縁を切った。

現在のインドの法では性的虐待の加害者を裁くには、事件があってから3年以内に通報することが条件となっているが、この一件で女性は、虐待加害者による再犯を防ぐため、子供時代の被害を成人してから通報できるようにする法改正を求めるよう声をあげている。

加害者が身内である場合は、インドに限らず、どこでも、どの時代でも珍しいことではない。(『ライオン・キング』の悪役も、主人公シンバの叔父だった。)


この性的虐待を受けたインド人女性の不幸中の幸いは、家族・親戚が味方になってくれたことだ。記事の中に登場した、女性の一番上の兄のように世間体を気にして、加害者に対してではなく被害者に恥を感じる人たちばかりの家族だったら、女性はさらに辛い思いをしたに違いない。


家族というコミュニティーが強く、それが正しい方向に機能した場合、それがセーフティーネットとなる。


そしてそれがインドの強みである証拠は、ニュース記事にある通り、被害者が社会の中で声を上げると、賛同者が多かったり、性的虐待への抗議デモが起きたりする。(インドの抗議デモは大抵、かなり大きい規模になる。人口全体の何%かはおいておいて。)


法改定への賛同者やデモ抗議への参加者たちは、きっと家族の誰かが被害者になったり、社会的に弱い立場になったりしても、絶対に味方になってくれるに違いない。自分をサポートしてくれる家族がインドには多いし、それがインドの強みだ。


それを考えると、日本の家族の存在はそこまで強くないのかもしれない。


例えば、日本の"#MeToo"先駆けとなった、仕事上の知人から強姦されたことを告発した伊藤詩織さんには、賛同の声と同様(かそれ以上)に、世間からの批判を受けたらしい。


日本でも「#MeToo(私も)」の声 伊藤詩織さんの話
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-42526640


「自分が同じ目にあったら・・・」となかなか想像するのは難しいし、もしかしたら、他人のことを考えてあげるほど自分に余裕がないのかもしれない。むしろ、自分のことを考えてほしい!って。


被害者を批判する人たちの中には、本当に共感できなくて批判している人もいるかもしれないけれども、それ以上に、自分のことを共感してくれる、何かあったら味方になってくれる身内が周りにいないのかもしれない。日本の家族って、どちらかというと希薄だから。


私のインドでの実体験をもとに推測してみると、だけど。


家族が安心できる場所だったら、たとえ周りから批判されてもどうってことない。 心に余裕ができるから、自分も周りに寛容になれるのではないか。


もちろん残念なことに家族が恐怖の場所になり得ることもあるので、その場合に、社会での居場所が必要なので、社会全体でのより良い仕組みが重要になってくるけど、仕組みが変わるのは時間がかかるから、それだったら、もっと家族の関係性をよくすることに重視したほうが良いのではないかと思う。

 
最後に。


インドで知り合ったどこかの日本人がこんなことを言っていた気がする。


「インド人の同僚が、『世界中で唯一信用できるのは家族だけだ』と言っていたけれど、家族しか信用できないって、それはちょっと問題なんじゃないか」と。


私は、信用できる家族がいて、そのインド人は幸せだと思った。




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